触れられない距離

神崎

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シュークリーム

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 芋ご飯のおにぎりは全部はけてしまったが、シュークリームは余ってしまった。それを見て、沙夜は五人に分けようかと提案する。しかしそれを遥人は止めた。
「泉さん。まだ仕事があるんだよね。」
「えぇ。でも栗山さんも仕事ですよね。二時からだと聞きました。」
 遥人はこれから深夜のラジオに出演する。人気があるアーティストがパーソナリティを務めるモノで、遥人とはプライベートでも仲が良いらしく飲みに行ったりすることもあるのだ。
「五人で分けるには数が合わないし、泉さんが持って行けば良いよ。会社ってまだ人がいるんでしょう?」
 確かにこれだけの大がかりな音楽番組のあとで、その雑務となればオフィスにもまだ人がいるのはわかる。朔太郎も担当アーティストを送ったあとに会社に来るはずだ。沙夜はその番組の報告だけでは無く、翔の事故のことも報告しないといけないだろう。そうなるといつ帰れるかわからない。明日も仕事があるのに。
「甘いものを食べると疲れが抜けるよ。な?一馬。」
 一馬に遥人は言うと、一馬も頷いた。
「チョコレートとかが良いらしいが、このシュークリームは美味しかった。まだ胃もたれをするような歳では無いだろう。」
「それはそうですけどね。」
「会社の人とかと分ければ?」
 「二藍」にと奈々子からもらったモノだ。だから少し気を遣ったのだが、それも通じないのだろうか。
「俺、これを今の時間食うと腹がますます出るな。」
 治はおどけたようにそう言うと、純は少し笑って言う。
「それ以上?妊婦みたいになるな。」
「うるさいなぁ。あぁ、俺も一馬みたいにジムへ行くか。」
「治は水泳をすると良い。膝とかへの負担が軽くなる。」
「俺、泳げないんだよ。」
「歩くだけでも良いんだ。」
 一馬はそう言うと、治は少し笑っていた。
「だったら、そうさせていただきます。じゃあ、出ましょうか。栗山さんはマネージャーさんが、近くのコインパーキングで待っているそうです。」
「わかった。」
 それぞれの楽器を持って、六人は楽屋をあとにした。一馬に至ってはエレキベースとダブルベースと二つ持っていて大きな体が更に倍になったように思える。
「美味いシュークリームだったな。三倉さんの相方って、菓子職人か?」
 治がそう言うと、純は首を横に振った。
「看護師だって言ってたな。趣味なんだって。菓子作りは。」
「ふーん。泉さんはお菓子とかは作らないの?」
 治がそう聞くと沙夜は首を横に振った。
「お菓子は手間がかかるので。そうですね……たまに牛乳寒天とかパウンドケーキくらいは作りますが、シュークリームというのは結構難しいので。」
「ふーん。」
 作り方を知っているくらいで、実際に作ったことは無い。だがこのシュークリームはとても手が込んでいる。中のクリームも生クリームでは無くカスタードクリームなのだ。それもバニラの味がして、これを担当しているアーティストやバンドに配ったと思うと、結構な量を作ったと思える。
「今度、牛乳寒天が食べたいな。」
 翔がそう言うと、沙夜は少し頷いた。
「休みの時にでも作りましょうか。沙菜が食べたがっていたし。」
「沙菜ちゃんは、優しいな。気にして電話をしてくれたんだろう。」
 治の言葉に沙夜は少し笑う。
「あんな感じですけど、気は優しいんです。いつも私の事を気にしてくれていて。」
「本当、見た目じゃ無いよな。そう言うの。」
 その言葉に心が痛かった。沙夜は荷物を持つ手に力が入る。
 本当は沙菜からの連絡では無かった。電話の相手は芹だったのだ。芹が一番沙夜を気にしてくれている。それが少し嬉しいと思った。
 夕方に会いに来てくれたのも、本当は用事なんか無かったはずだと思う。わざわざあの出不精が沙夜のために出てきてくれたのだ。会いたくないと言っていた裕太に会うかもしれないリスクよりも、沙夜を心配する方が優先だったのだ。その心が嬉しい。沙夜の中でどんどん芹の事が大きくなる。
「遥人以外はもう仕事が終わりか。タクシーじゃ無いと電車もバスも終わっているよな。」
 純がそういうと携帯電話で時間をチェックしていた。もう少しで明日になるような時間だった。
「泉さん。うちのマネージャーが会社まで送ろうかと言っているけど、どうする?」
 遥人はそう聞くと、沙夜は頷いた。
「そうですね。時間に余裕があるならお願いしましょうか。会社に寄ると、遠回りになりますし。」
「時間は大丈夫だよ。二時からの放送で一時にはスタジオに入れば良いから。」
「だったらお願いします。」
 そう言いながら、テレビ局のエントランスへやってこようとした。すると警備員が六人を止める。
「「二藍」さんですよね。」
「そうですが。」
「裏口から出てもらっても良いですか。」
「裏口?」
「そこの通路を行って、一番奥です。」
「はぁ……何がありましたか。」
 沙夜はそう聞くと、警備員は頭をかいて言う。
「出待ちが張っていてですね。」
「出待ち?すげぇ。芸能人みたいだな。」
 治がのんきにそう言うと、遥人は苦笑いをする。
「芸能人なんだよ。自覚しろって。」
 すると一馬はため息を付いて言った。
「前のバンドの時とは大違いだ。そんな輩はいなかったんだがな。」
 前のバンドの時は、女がきゃあと言うようなことは無かったのだ。ジャズバンドということもあったし、ファンは大人しいモノだったかもしれない。だが今はハードロックなのだ。
 ハードロックのファンというのは、激しいファンが多い。それで無くても遥人のファンは女性ばかりだ。元アイドルなのだから仕方が無い。
 裏口を出ると、裏口から出るかもしれないという女性が五人に駆け寄ってくる。だが沙夜は触れさせないように、その女性達の前に立つと五人を行かせようとした。だが女性達は五人に駆け寄ろうとして、沙夜を押しのけようとしている。
「すいません。これから仕事があるので、立ち止まらせないでください。」
「良いじゃん。ちょっと写真を撮るだけだし。」
「写真は駄目です。」
「握手とかぁ。」
「そんな問題ではありません。あっ……。」
 女性の手が沙夜の肩に届き、沙夜は想わず仰向けに倒れてしまった。それを良いことに、女性達は五人に駆け寄ろうとした。だが遥人が厳しい声で言う。
「俺らの担当を怪我させておいてそれでもファンかよ。」
 その言葉に女性達は言葉を詰まらせた。そして翔が倒れた沙夜に駆け寄り、立ち上がらせる。
「怪我は?」
「大丈夫です。」
 泥を払って、立ち上がる。その様子を携帯電話のカメラで女性は撮ろうとした。それに一馬が我慢出来なかったのだろう。その女性の携帯電話をうばいとる。
「ちょっとぉ。」
「怪我をしているかもしれないのに、それを謝らずに写真か。自分の罪を撮しているようなモノだな。」
「……。」
 その言葉に女性達は俯いた。そして沙夜に駆け寄る。
「すいません。大丈夫ですか?」
 沙夜は落ちていた眼鏡を拾い上げて、それをかけると女性達に言う。
「ファンはファンでありがたいですけど、最低限のモラルは守ってください。写真やスキンシップは会社でも禁止されていますので。」
「……でもぉ……。」
 「二藍」はあまり露出が多い方では無い。だから知りたいと思うのはファン心理かもしれないが、無理矢理ふれあおうとするのはあまり感心するようなことでは無い。
「傷害罪にならないだけありがたいと思えばいい。」
 純もそう言うと、治は少し笑って言う。
「今度、野外ライブがあるから、その時は写真撮り放題だしそっちに来てよ。」
「え?本当に?」
 その言葉に沙夜は焦ったように治に言う。
「橋倉さん。その話は……。」
「もう決まっているんだろ?あと何日か後に発表って言ってたし。今言っても後から行ってもすぐにわかる事じゃん。」
「そうですけどね……。」
「わぁ。期待してます。」
 そう言って女性達は沙夜に頭を下げると行ってしまった。そして沙夜はその様子を見ながら、尻を自分でなでる。また怪我が増えてしまったようだ。
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