触れられない距離

神崎

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シュークリーム

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 スタジオへ向かい、五人は楽器のセッティングをしている。その様子を奈々子と沙夜は並んで見ていた。
 今度のアルバムで奈々子は正式に「二藍」のプロデュース業から退くらしい。新しいバンドとの兼ね合いもあるし、それ以上に奈々子がもう精力的に動くのには少し体力の不安もあったのだ。それにもう奈々子がいなくても「二藍」は五人でやっていける。その自信もあった。
「泉さん。」
「はい?」
 奈々子は少し笑って言う。
「遥人君のステージが二番目に良かったわ。」
「……二番目?」
 そうしたら一番は何なのだろう。沙夜はそう思って奈々子の方を見る。
「あなたが口添えをしたと聞いたわ。ジャズのようなピアノ。演歌のような歌。そして声楽のような声。それが一つの音楽を作って、それもロックに聞こえた。」
「私のような者が口を出すのはどうかと思ったんですけどね。」
 沙夜はそう言うと、奈々子は少し笑って言った。
「いいえ。その後の翔君のステージを見て確信したわ。望月が最初に流したあのピアノの曲を聴いてね。」
「……もしかして三倉さん……。」
 すると奈々子は少し頷いた。
「羨ましいと思うと同時に嫉妬した。才能なんかじゃ無い。おそらく相当音楽と向き合った結果なのね。あなたの音は。」
 沙夜はその言葉に首を横に振った。
「その方はもう二度と音楽を作らない。」
「その方?」
 あくまで自分だとは言いたくないつもりだ。だから第三者のような口調で言うのだろう。それを感じて奈々子はそれ以上言わなかった。
「酷評されたんですよ。その方の音楽は。」
「あれだけ良い音楽を作っておいて?ほら、SNSの画面を見てみなさいよ。」
 そう言ってテレビ画面に映し出されているSNSのメッセージに視線を向けた。そこには先ほどの純のステージの感想や、他のアーティストの感想と混じってまだ望月旭のステージで一曲目に流されたピアノ曲についての反響が止まらないようだ。
「その方は、この曲をあるサイトで流していました。自分が作った曲を、他人にどう受け入れられるかというテストのつもりで。でもその反響は散々たるモノだったんです。」
 あのときのことを思い出すと震えるようだ。心にも無いことを書き込まれ、最終的に沙夜のプライベートまでがさらされそうになった。だからアカウントを削除したのだ。
「……全ての人に受け入れられる音楽は無いわ。好意的なモノもあれば、批判的なモノもある。全ての人に認められようとするのは傲慢ね。」
「そうでしょうか。」
「……私だって自信満々に「二藍」を出したわけじゃ無いわ。そして「二藍」にも批判的な意見はあるのよ。それをいちいち聞いていられない。みんなそう思っているわ。」
「強いですね。みんな。」
 五人だから出来ているのだ。そして五人だから、強くなれるのかもしれない。だがこの五人は元々一人だったのだ。一人でやっていける強さをみんな持っていたからやっていけるのだろう。
「あなたもこの中に入れるはずよ。」
「え?」
「今までのように、我慢しなくても良いわ。一馬君も少しずつ口を出してくれているし。」
 最初は言われたとおりに弾けば良いという感じだった一馬が、徐々に口を出してきたのだ。それはみんながそうなってきたと感じる。だから奈々子はもう自分の出番は終わったと思ったのだ。
「あなたがそれをまとめてくれれば良い。」
「私は……。」
「否定しないで。私が良いと言っているのよ。それを否定されると私まで惨めになるわ。」
 少し笑う。そしてスタッフの声が響いた。
「あと三分です。」
 本番が始まる。「二藍」のステージなのだ。

 ステージが終わると、五人に奈々子が駆け寄った。そして今回の反省点を告げている。この女性には五人とも頭が上がらないようだ。沙夜はそう思いながら、会社にメッセージを送ろうとしたときだった。
「泉さん。」
 ディレクターが声をかけてきた。まだ本番はしているので、沙夜に声をかけるような暇は無いはずなのだが。
「はい。」
「千草さんのステージで、断線させた人が見つかりました。」
 まさか裕太が捕まったのだろうか。沙夜はそう思っててに力を入れる。
「誰が……。」
「うちのADです。」
「AD……。」
「もう少し話は聞かないといけませんけど……どうやら頼まれたような節があって。」
 頼んだのは裕太だろうか。沙夜はそう思ってディレクターに聞く。
「女性ですよね。」
「えぇ……えっ?何でわかったんですか。」
「多分。そうだろうと思って。」
 裕太が男に頼んだ場合、それは金銭的なやりとりくらいでしかそれを実行しないだろう。だが女であれば情に訴えることが出来る。そして情であれば女は口を割ることが少ない。
 自分の感情でステージをめちゃくちゃにしようと思ったなど、おそらく口が裂けても言えないはずだから。
 だから肝心の裕太は責められないだろう。だがそれを女性が裏切られたと思い女性が裕太の名前を口にすれば、裕太は二度とこの番組に出られることは無いだろう。
 一馬の話では、一馬が組んでいたジャズバンドのメンバーはあまり上等では無かったらしい。少し前までサックスだった男がテレビに頻繁に出てタレント業をしていたようだが、最近はあまりテレビで見かけることも無くなった。なのに一馬はこうやってテレビに出ることが多くなり、逆恨みをするならこっちかもしれないと沙夜は思っていたのだ。
「泉さん。なんかわかっているなら教えてくださいよ。こっちも落ち度はあったかもしれませんけどね。」
「いいえ。私にはさっぱり。あぁ、今日は大変お世話になりました。またよろしくお願いします。」
 沙夜の口からは言えないし、言うつもりもないのがわかり沙夜が頭を下げると、ディレクターは口をとがらせて言う。
「一番反響も大きかったし……また冬にこの企画をすると思います。その時は何か別のことを……。」
「えぇ。メンバーとまた話をしてみますね。」
 三倉のそばにいる五人は、まだ話を終えていない。沙夜はそちらへ向かうと六人に声をかける。
「反省会は楽屋でしてください。次のアーティストの邪魔です。それから楽屋は二十四時には撤去ですから。機材は……。」
 五人は楽器を抱えると、スタジオをあとにする。
 沙夜はそのスタジオを見て少しため息を付いた。人気商売なのは自分でもわかる。だが足の引っ張り合いをしていても仕方が無いのだ。裕太はそれがわからないのだろうか。
 五人が楽をしてここまで来たわけでは無い。みんなそれぞれに事情があり、それでも音楽が好きだという気持ちだけでここまでやってきた。それは沙夜も一緒だったかもしれない。
 しかし沙夜にはどうしてもあのときの文字が頭をよぎる。怒りを通り越して、絶望しか無かったあのときのことを思い出した。
 その時だった。沙夜の携帯電話に着信がある。沙夜はそれを手にして相手を見る。
「泉さん?」
 翔が気がついて足を止めた。すると沙夜は手を振って言う。
「先に帰っていてください。衣装は脱いだらハンガーに掛けて楽屋に置いていて結構だそうですから。」
 携帯電話を手にして、六人とは別のところへ向かう。その様子に奈々子が少し笑って言った。
「男ね。」
「男?」
 思わず四人が翔を見た。翔以外の男がいたのかと驚いていたのだ。
「つけようぜ。誰からなんだろうな。」
「治。趣味悪い。」
 遥人がそう言って治を止めようとした。しかし意外にも乗り気だったのは奈々子の方だったかもしれない。
「泉さんの男って気になるわ。どんな人なのかしら。」
「三倉さんまで……。」
「泉さんって少しミステリアスよね。だからちょっと私生活とか気になるわ。」
 その言葉に翔は苦笑いをした。沙夜の私生活は音楽とは無縁であちこちに行っている。そして仕事の事を忘れているのだから。
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