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シュークリーム
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翔のステージが終わり、四人は純のステージになるまで少し時間があることからトイレへ行ったり楽器を片付けたりしていた。その間、沙夜はコードを返しに機材庫へ向かっていた。そしてそこにいたスタッフにコードを手渡す。
「おかげで助かりました。」
「いいえ。」
先ほど翔とここへ来たときは、ここには誰もいなかった。だが今はバイトのような男が機材のチェックをしている。どうやら先ほどのスタッフの言葉通り誰かが機材に手を加えたと思われているのだろう。不審な人が来ないように見張っているのもあるらしい。
「あの……。」
思わず沙夜がスタッフに声をかける。
「どうしました。」
「人為的な力が加わっている可能性があると聞きましたが。」
「だと思います。こんな太いコードが劣化で断線すれば、誰だってわかりますよ。特に千草さんは元楽器メーカーの職員だったんでしょう?」
「そう聞いています。」
「だったら尚更だと思います。音が途切れそうなモノなんかはここには持ってこないだろうし。」
楽器メーカーでは無くても翔の性格上、そういうことはしないだろう。
「でも、珍しい話では無いですね。」
男はそう言って頷いた。
「どうして?」
「この番組は民間放送ですけど、ある程度名が売れていないと出られないですから。「二藍」さんはデビューしていきなり売れた感じがあるんですよ。だから嫉妬というか……逆恨みを買うこともあるんです。それはアイドルの世界ではもっと露骨ですけどね。」
外を行き交うアイドル達が見えた。同じような顔をした細身の可愛らしい女性達が、甲高い声を上げながらスタジオへ向かっている。沙菜は高校生の時くらいには、こういう立場だっただろう。そしてこんな歌番組に出ることは無かった。
日の当たらない地下のライブハウスで、踊ったり歌ったりしていたのだ。人気はそこまで出なかったが、それでも人を陥れようとはしなかったと思う。その辺は真面目なのだろう。
「……気にすることは無いと思いますか。」
沙夜がそう聞くと、スタッフは首を横に振る。
「どちらにしても番組を潰されかけたんです。あなたの機転でなんとかなりましたけど。今、あのステージに来ていた不審な人を洗い出しています。」
太いコードなのだ。紙を切るような鋏では断線することは出来ない。ということは特殊な工具、またはナイフなどの鋭利なモノを持っている人に限られる。そうなれば洗い出すのは簡単かもしれない。
「ところで、泉さん。」
「はい。」
「手は痛くないですか。」
手と言われて、沙夜は自分の右手を見る。するとそこは赤く腫れ上がり一部は水ぶくれのようになっていた。
「気がつかなかったです。」
「火の中に手を突っ込んだんですよ。救護室へ行った方が良い。」
「はぁ……。でも痛くないし……。」
「今は気を張っていて痛くないのかもしれませんけど、あとで病院なんかへ行けば責任はこちらに追及されますし、出来ることをしておきたいんです。」
わからないでも無い。だったら治療だけでもしておいた方が良いだろう。
「わかりました。救護室はどこでしたかね。」
「一番近いのはここを出て右手。奥から三番目のところに紙を貼っていますよ。」
「ありがとうございます。」
沙夜はそう言ってその部屋を出て行く。
その後ろ姿を見て、痛くないはずは無いと思っていた。それが強がりなのかどうなのかはわからない。
純のステージが終わり、もう少ししたら「二藍」のステージになる。五人は楽屋に戻ると着替えを始めていた。ハードロックのイメージなのか、黒い色が基調の服で、遥人に至っては革パンを履いている。ピタッとしたモノで、細身の遥人にはよく似合っていた。
「しかし、ハードロックってまだこんなイメージなのかね。」
遥人はそのズボンをはいて屈伸していた。動きにくいかもしれないと思っていたが、本当の皮では無いようで割と伸縮性があるようだ。その割には通気が良くない。この足の中で蒸れるかもしれないと思っていた。
「銀の鋲を打たれないだけまだ小綺麗になった方だな。」
治もそう言ってシャツを着る。足下だけは皮の靴なんかは嫌だと言ったので、わからないように黒いスニーカーにしているようだ。足下までは映さないので良いかもしれない。
「あー……。」
純はまだ先ほどのプレイを引きずっていた。肝心のソロでミスをしたのだ。それがミスだとわかったのは、一緒にプレイをしているバンドメンバーやコアなファンくらいしかいないだろうが。
「わかんねぇって。純。あのソロをとちったなんて、俺だってわからなかったから。」
治がそう言うが、純は着替えを終えて椅子に座るとうなだれていた。その様子に一馬と治は顔を見合わせる。
その時楽屋のドアをノックされた。
「はい。」
「着替えは終わりましたか。」
沙夜の声だった。翔がジャケットを着るくらいでもう着替えは終わる。そう思って治はそのドアを開けた。するとそこには沙夜と一緒に三倉奈々子の姿もある。
「三倉さん……。」
「あー。もうやっと解放されたわ。続けて続けてバンドが出てくるんだもの。」
三倉奈々子がプロデュースしたバンドが何組か出ている。それに付き添っていて、「二藍」にはやっと顔を見せられたと言うところだろうか。
「はい。治君。これ差し入れよ。」
そう言って奈々子は治に紙袋を手渡した。そこには、ミニサイズのシュークリームがいくつか入っていた。
「ありがとうございます。」
「お弁当だけでは足りないでしょう?一馬君は。」
すると一馬は少し笑って首を横に振った。
「なんだかんだで差し入れがあって、割と満たされてますよ。」
「でも甘いものは別腹だよな。」
治はそう言って早速シュークリームに手を伸ばした。
「お前、いくつ別腹があるんだよ。」
遥人は呆れたように買ってきたカップのコーヒーを口に入れる。缶コーヒーは嫌いだと、わざわざ外に出てまで買ってきたものだ。
「あ、美味い。手作りですか?」
「うちの相方のね。」
奈々子は女性と一緒に住んでいる。その女性はこういうお菓子を作るのが好きらしく、おそらくプロデュースしたバンドみんなにそれを配っていたのだ。
「純君。」
奈々子がまだくらい顔をしている純に声をかけた。すると純は顔を上げる。
「シュークリームを食べなさい。」
「え?」
「翔君も。あんた、良くミスをしたのにあれだけ巻き返せたわね。」
全部お見通しか。翔はそう思いながらそのシュークリームに手を伸ばした。
「望月がカバーしてくれて良かったわね。」
「えぇ。感謝してます。」
「それから、あんたは感謝する相手がもう一人いるでしょ?」
ちらっと沙夜の方を見る。沙夜の手には、包帯が巻かれていた。水ぶくれになった火傷の治療のためらしい。
「三倉さん。私が勝手にしたことです。」
「でも火の中に手を突っ込むなんて、なかなか出来ることじゃないわ。まぁ……昔のハードロックのライブでは良くあったことだけど。」
「ははっ。そうでしたね。」
治はそう言ってまた次のシュークリームに手を伸ばそうとしていた。それを遥人が止める。
「食い過ぎ。泉さんにも食わせてやりなよ。」
「私は大丈夫ですから。」
包帯が巻かれている手で、沙夜は手を横に振る。しかし、翔は少し笑って言った。
「たまには人の作ったものを食べた方が良いよ。泉さんは。」
「え?」
すると奈々子もそのテーブルに乗っている紙袋を覗いて、沙夜に聞いた。
「あたしもこれをもらって良いかしら。お弁当すら食べる暇が無くてね。」
そう言って奈々子は最後の芋ご飯のおにぎりを手にした。
いつも作ってばかりだった沙夜に、作ってもらうありがたさを翔は沙夜に知って欲しいと思う。冷たい人ばかりでは無い。こんなに温かい人が周りに沢山いることを知って欲しかったのだ。
「おかげで助かりました。」
「いいえ。」
先ほど翔とここへ来たときは、ここには誰もいなかった。だが今はバイトのような男が機材のチェックをしている。どうやら先ほどのスタッフの言葉通り誰かが機材に手を加えたと思われているのだろう。不審な人が来ないように見張っているのもあるらしい。
「あの……。」
思わず沙夜がスタッフに声をかける。
「どうしました。」
「人為的な力が加わっている可能性があると聞きましたが。」
「だと思います。こんな太いコードが劣化で断線すれば、誰だってわかりますよ。特に千草さんは元楽器メーカーの職員だったんでしょう?」
「そう聞いています。」
「だったら尚更だと思います。音が途切れそうなモノなんかはここには持ってこないだろうし。」
楽器メーカーでは無くても翔の性格上、そういうことはしないだろう。
「でも、珍しい話では無いですね。」
男はそう言って頷いた。
「どうして?」
「この番組は民間放送ですけど、ある程度名が売れていないと出られないですから。「二藍」さんはデビューしていきなり売れた感じがあるんですよ。だから嫉妬というか……逆恨みを買うこともあるんです。それはアイドルの世界ではもっと露骨ですけどね。」
外を行き交うアイドル達が見えた。同じような顔をした細身の可愛らしい女性達が、甲高い声を上げながらスタジオへ向かっている。沙菜は高校生の時くらいには、こういう立場だっただろう。そしてこんな歌番組に出ることは無かった。
日の当たらない地下のライブハウスで、踊ったり歌ったりしていたのだ。人気はそこまで出なかったが、それでも人を陥れようとはしなかったと思う。その辺は真面目なのだろう。
「……気にすることは無いと思いますか。」
沙夜がそう聞くと、スタッフは首を横に振る。
「どちらにしても番組を潰されかけたんです。あなたの機転でなんとかなりましたけど。今、あのステージに来ていた不審な人を洗い出しています。」
太いコードなのだ。紙を切るような鋏では断線することは出来ない。ということは特殊な工具、またはナイフなどの鋭利なモノを持っている人に限られる。そうなれば洗い出すのは簡単かもしれない。
「ところで、泉さん。」
「はい。」
「手は痛くないですか。」
手と言われて、沙夜は自分の右手を見る。するとそこは赤く腫れ上がり一部は水ぶくれのようになっていた。
「気がつかなかったです。」
「火の中に手を突っ込んだんですよ。救護室へ行った方が良い。」
「はぁ……。でも痛くないし……。」
「今は気を張っていて痛くないのかもしれませんけど、あとで病院なんかへ行けば責任はこちらに追及されますし、出来ることをしておきたいんです。」
わからないでも無い。だったら治療だけでもしておいた方が良いだろう。
「わかりました。救護室はどこでしたかね。」
「一番近いのはここを出て右手。奥から三番目のところに紙を貼っていますよ。」
「ありがとうございます。」
沙夜はそう言ってその部屋を出て行く。
その後ろ姿を見て、痛くないはずは無いと思っていた。それが強がりなのかどうなのかはわからない。
純のステージが終わり、もう少ししたら「二藍」のステージになる。五人は楽屋に戻ると着替えを始めていた。ハードロックのイメージなのか、黒い色が基調の服で、遥人に至っては革パンを履いている。ピタッとしたモノで、細身の遥人にはよく似合っていた。
「しかし、ハードロックってまだこんなイメージなのかね。」
遥人はそのズボンをはいて屈伸していた。動きにくいかもしれないと思っていたが、本当の皮では無いようで割と伸縮性があるようだ。その割には通気が良くない。この足の中で蒸れるかもしれないと思っていた。
「銀の鋲を打たれないだけまだ小綺麗になった方だな。」
治もそう言ってシャツを着る。足下だけは皮の靴なんかは嫌だと言ったので、わからないように黒いスニーカーにしているようだ。足下までは映さないので良いかもしれない。
「あー……。」
純はまだ先ほどのプレイを引きずっていた。肝心のソロでミスをしたのだ。それがミスだとわかったのは、一緒にプレイをしているバンドメンバーやコアなファンくらいしかいないだろうが。
「わかんねぇって。純。あのソロをとちったなんて、俺だってわからなかったから。」
治がそう言うが、純は着替えを終えて椅子に座るとうなだれていた。その様子に一馬と治は顔を見合わせる。
その時楽屋のドアをノックされた。
「はい。」
「着替えは終わりましたか。」
沙夜の声だった。翔がジャケットを着るくらいでもう着替えは終わる。そう思って治はそのドアを開けた。するとそこには沙夜と一緒に三倉奈々子の姿もある。
「三倉さん……。」
「あー。もうやっと解放されたわ。続けて続けてバンドが出てくるんだもの。」
三倉奈々子がプロデュースしたバンドが何組か出ている。それに付き添っていて、「二藍」にはやっと顔を見せられたと言うところだろうか。
「はい。治君。これ差し入れよ。」
そう言って奈々子は治に紙袋を手渡した。そこには、ミニサイズのシュークリームがいくつか入っていた。
「ありがとうございます。」
「お弁当だけでは足りないでしょう?一馬君は。」
すると一馬は少し笑って首を横に振った。
「なんだかんだで差し入れがあって、割と満たされてますよ。」
「でも甘いものは別腹だよな。」
治はそう言って早速シュークリームに手を伸ばした。
「お前、いくつ別腹があるんだよ。」
遥人は呆れたように買ってきたカップのコーヒーを口に入れる。缶コーヒーは嫌いだと、わざわざ外に出てまで買ってきたものだ。
「あ、美味い。手作りですか?」
「うちの相方のね。」
奈々子は女性と一緒に住んでいる。その女性はこういうお菓子を作るのが好きらしく、おそらくプロデュースしたバンドみんなにそれを配っていたのだ。
「純君。」
奈々子がまだくらい顔をしている純に声をかけた。すると純は顔を上げる。
「シュークリームを食べなさい。」
「え?」
「翔君も。あんた、良くミスをしたのにあれだけ巻き返せたわね。」
全部お見通しか。翔はそう思いながらそのシュークリームに手を伸ばした。
「望月がカバーしてくれて良かったわね。」
「えぇ。感謝してます。」
「それから、あんたは感謝する相手がもう一人いるでしょ?」
ちらっと沙夜の方を見る。沙夜の手には、包帯が巻かれていた。水ぶくれになった火傷の治療のためらしい。
「三倉さん。私が勝手にしたことです。」
「でも火の中に手を突っ込むなんて、なかなか出来ることじゃないわ。まぁ……昔のハードロックのライブでは良くあったことだけど。」
「ははっ。そうでしたね。」
治はそう言ってまた次のシュークリームに手を伸ばそうとしていた。それを遥人が止める。
「食い過ぎ。泉さんにも食わせてやりなよ。」
「私は大丈夫ですから。」
包帯が巻かれている手で、沙夜は手を横に振る。しかし、翔は少し笑って言った。
「たまには人の作ったものを食べた方が良いよ。泉さんは。」
「え?」
すると奈々子もそのテーブルに乗っている紙袋を覗いて、沙夜に聞いた。
「あたしもこれをもらって良いかしら。お弁当すら食べる暇が無くてね。」
そう言って奈々子は最後の芋ご飯のおにぎりを手にした。
いつも作ってばかりだった沙夜に、作ってもらうありがたさを翔は沙夜に知って欲しいと思う。冷たい人ばかりでは無い。こんなに温かい人が周りに沢山いることを知って欲しかったのだ。
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