触れられない距離

神崎

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シュークリーム

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 小火が起きたが、ステージは進んでいく。ついにDJバトルから、翔達のステージへつながれた。ぱっと暗くなったステージで流れるピアノの音。シンプルで美しいメロディは、客を黙らせた。
「スピーカーで聴くとますます良い曲だな。」
 だが沙夜の手が震えている。そして今にも倒れそうだと思った。その様子に一馬が沙夜に声をかける。
「泉さん。ちょっと良い?」
 曲が始まったばかりだ。だが気を紛らわせないと、沙夜が倒れてしまうと思ったのだ。
 ステージから少し離れたところで、一馬は少し俯いていった。
「おそらく人為的な小火だと思う。」
「先ほどの火ですか。」
「あぁ……コードが劣化しているのだったらちぎれたような跡がある。なのにあれはナイフとかはさみとかで切られた跡があった。おそらく……そういったモノだ。」
「誰がそんなことを……。」
 すると一馬はステージの方を見る。そしてその向こうにある巨大なプロジェクターの様子を見た。そこには裕太が率いる「Harem」のメンバーが映っていた。
「天草さんが?」
「かもしれない。俺は刑事でも探偵でも無いから、無責任にそうだとは言えないが、可能性はあると思う。」
「どうして……。」
「面白くないんだろう。」
 一馬はそう言ってまたステージの方を見た。そこには緊張している翔の姿がある。裕太と同じくらいの歳で、ただすらっとしていてアイドル並みのルックス。それが翔なのだ。それをちやほやされていると思っているのかもしれない。
「本当にそうだとしたら逆恨みですね。」
「あぁ。けど証拠は無い。裕太では無い人がしたのかもしれないんだ。ただ……俺は裕太という人間をよく知っている。そして俺を……俺だけじゃ無くて妻も陥れようとしたことがあるんだ。」
「……。」
「人を押しのけてのし上がっていかないといけない世界なのはわかる。だが……度が過ぎれば犯罪だ。あの小火だって、火事になれば番組自体が無くなる可能性だってあるんだから。」
「……そんな人なんですか……。」
 芹が言っていた危険な男だという理由がわかった気がする。自分が生き残るために、自己努力をするのでは無く人を陥れることしかしない男なのだ。
「おそらく、あいつがそれをしたならもうこのテレビ局に呼ばれることも無いだろう。だからといって安心は出来ない。泉さん。もしかしたらあんたにも何か危害が加わるかもしれない。そうなったら……。」
 ソロDJが終わるのを待っている翔を見た。まだ翔にスポットライトは当たっていない。ピアノの曲が終わりかけ、旭は音を重ねていく。ピアノの独奏から、ベース、ドラムのリズム、そして派手な電子音が客席を貫いた。するとわぁっと歓声が広がる。
「……心配させてしまって、すいません。本当はあなたたちをバックアップする立場なのに。逆ですね。」
「いいや。違う。」
 一馬は持っているベースのケースに付いているストラップを握りしめていった。
「あんたは「二藍」の六人目のメンバーだと思っている。だからあんたじゃ無いと「二藍」は成り立っていかない。それくらい、うちのバンドには重要なポジションになっているんだ。自覚して欲しい。だからあんたに何かあれば、困るのはバンドなんだ。」
「買いかぶりすぎですよ。大体、会社から「離れろ」と言われたら……。」
「離れさせない。そうさせないと言ったはずだ。」
 音が重なっていき、ピアノの音が消えた。そして新たな曲が流れる。その衝撃に観客が声を上げた。
「そうでしたね……。」
「翔に守ってもらえれば一番良い。あいつはあんたのことが好きなんだろう。」
 すると沙夜は首を横に振った。
「応えられません。」
「……。」
 心にいる人。その人が徐々に沙夜の中で大きくなっていく。だが手を差し出すことは無いだろう。だから翔に振り向くことは無いのだ。
 その時またわっと観客がざわめいた。翔のプレイが始まったらしい。そのキラキラした翔を見て、沙夜はぐっと胸の前で拳を握った。

 翔のステージが終わると、次は「Harem」のステージになる。その間翔はその場に残り、そのステージを見ていた。
 そしてその後に軽く話をして、ステージを降りる。もうテレビでは違うアーティストが歌を歌っていた。
「お疲れさん。千草君。」
「お疲れ様です。望月さん。」
「また君とはしたいなぁ。クラブとかでまた合同でイベントをしたり出来ないかな。ねぇ。マネージャーさん。」
「担当です。」
 沙夜はそう言って翔にパスを手渡した。
「そうだった。でもイベントとかの依頼はそっちでするの?」
「そうですね。そう言った話は、会社同士で話してもらえますか。」
「わかった。そうするよ。気持ちよくてね。久々だよ。こんなに気持ちよくプレイが出来たのは。小火が無ければ、さらに良かったんだろうけどね。」
 小火という言葉に、沙夜は心が痛む。それをしたのは裕太では無いかという疑問があったからだ。
「あの……望月さん。その小火なんですけど。」
「コードが古かったんだろうね。俺のせいだよ。そんなコードを持ってきた俺が。悪いね。慌てさせてしまった。」
 そうじゃない。沙夜はそう言おうとした。だが一馬が首を横に振る。これは旭が気を遣ってそういうことにしておいたのだから、無理矢理そうじゃないと言うことは無いのだ。
「コードは返しておきますね。」
 そう言って旭からコードを預かる。すると旭は少し笑って言った。
「頼める?俺、これからイベントでさ。」
「クラブですか?」
 翔が聞くと、旭は少し頷いた。
「来る?M区にあるクラブだけど。」
「俺、これから「二藍」のステージがあって。」
「そうだった。すっかりクラブDJのつもりで話をしてたな。それにしても……。」
 SNSの画面を見ながら、旭はため息を付く。
「あのピアノ曲の情報は無いな。くそ。どこの誰が作ったくらいわかると思っていたのに。」
「そんなに?」
「もちろんだ。だってあの曲だけでは無いんだ。あの「夜」っていうユーザーの作った曲は全部良い。全部流したいくらいだ。」
 そんな生き地獄があるだろうか。沙夜はそう思いながら、コードを握りしめた。そして通りかかったスタッフにそのコードを手渡す。
「借りていたコードです。」
「あぁ。間に合って良かったですね……。」
 すると旭はそのスタッフに話しかける。
「悪かったね。俺が古いコードを……。」
「そうじゃないですよ。望月さん。今犯人捜しをしています。」
「……え?」
 するとスタッフは咳払いをして旭に言った。
「あのコードは鋭利な刃物で切った跡がありました。だからこのスタジオに入った人間で、スタッフ以外の不審者がいないかってあぶり出しているんですよ。」
 その言葉に一馬は頭を抱えた。せっかくの茶番を演じていたのに、それを全部ぶち壊すのだろうかと。
「あ……俺は気にしていないが……。」
「いいえ。これは番組のことなんです。観客にも、アーティストにも迷惑をかけてしまった。それを追求しないといけないんですよ。泉さん。その報告も会社にしないといけないでしょう。」
 すると沙夜は首を縦に振った。
「もし人為的なことだとするのだったら、報告の義務があります。連絡をしてください。」
「わかりました。」
 裕太があぶり出されるのは時間の問題かもしれない。そう思いながら、沙夜は携帯電話を握りしめた。
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