触れられない距離

神崎

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芋ご飯

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 急ぎ足でテレビ局を出る。再び入るにはパスを持っていないといけない。そのパスを手にしたまま、沙夜は建物のそばにある公園を目指した。
 大きな公園で遊具が片隅にはあるが、噴水やベンチなどが主でありそこで近くのビジネスマンやOLは弁当を食べたりするのだろう。沙夜はその公園で一番目立つ時計台の方へ向かった。そこは待ち合わせなんかに便利なのと同時に、ナンパスポットでもある。着飾った女がチャラそうな男について行くのが見えた。だがそんなモノに興味は無い。
 沙夜はその周辺を見ると、明らかにその辺でナンパ待ちをしている人とは違い、異質な雰囲気を持っている男がいた。サンダル履きで色あせたジーンズ。黒いTシャツは体に合っていない。これが芹だった。
「芹。」
 声をかけると芹は携帯電話の画面から目を離し、沙夜の方を向いた。そして携帯電話をポケットにしまう。
「何も無いようだな。」
「何も?」
「タイムスケジュールってどうなっている?」
「どうって……。」
「天草裕太の出番だよ。」
「「Harem」は翔達のあと。スタジオは違うところでするわ。観客を入れてするライブ形式で、「Harem」のライブの前に翔達の映像を流す手はずになっているわ。」
「……客が盛り上がれば良いんだけどな。」
 観客を入れたライブ形式の番組で、ぞろぞろとそこに行くであろう一般の若い女性や男性が入り口へ向かっている。時間的にはもうそんな時間なのだろう。
「「Harem」にはヒットした曲があるわ。耳にしたことがあればお客様は喜んでくれると思うし……。」
 その時芹は沙夜の顔色が悪いことに気がついた。どこか体調でも悪いのだろうか。そう思って髪で隠れている目を覗かせて、芹は聞く。
「あいつに何か言われたのか。」
「裕太さんに?いいえ。特に何も……。望月さんとは会いたくないといっていたくらいで。」
「会いたくないのは自業自得だ。」
 芹はそういってため息を付く。去年のことを噂で聞いた。裕太は望月旭にいらないことを言ったのだ。それはニュースにならなかっただけましだろう。人種差別に厳しい世の中なのだから。
「どうして天草裕太さんのことをそんなに気にするの?。」
「……別に。評判が良いやつじゃ無いから。」
 それだけでどうしてここまで来たのだろう。評判の悪い芸能人など腐るほど居るのに。だが沙夜はその理由を聞かない。気になるのは気になるが、そこまで踏み込んで良いのかと思っていたのだ。
「そんなことを聞くためにここに来たの?」
「仕事だよ。ただの……。それ以外は別に……。」
 沙夜のためにやってきた。実際はそうなのだが、それを口にすれば全てが終わる。そう思って、芹は誤魔化したのだ。
「そうね。ついでに寄っただけなんでしょう。」
 そうだ。家を出たくない引きこもりなのだ。それが外に出るのは、仕事以外であるわけが無い。沙夜は思い直して頷いた。
「「二藍」のメンバーにはトイレ以外は外に出ないように言っている。それに楽屋も離れているからそんなに心配することは……。」
「お前が何かあったんだろう。」
 沙夜の顔色がさっきから悪い。体調が悪いわけでは無いだろう。今日出て行くときは普通だったのだから。だったらあの場で、何かあったに違いない。そう思って芹は聞いたのだ。
「翔と……一緒にコラボレーションをする望月旭さんが……。」
 よりによって沙夜の曲を見つけたのは、旭にとって運が良かったのかもしれない。だが沙夜にとっては地獄だったと思う。まさか自分の曲を見つけた人が居たと思っていなかったからだ。だが決して旭は沙夜を陥れようとしたわけでは無い。無邪気にこの曲が良いと言って選んだのだろう。
「そうか……。」
「よりによってダウンロードされていると思ってなかった。テレビなんかで流れたら、探そうって人も出てくる。そうしたら……。」
「落ち着け。」
 瞳に少し涙がたまっている。それくらい沙夜にとっては自分の曲をインターネットに載せたことは後悔しか無かったのだ。
「……ごめん。取り乱してしまって。」
 眼鏡を外して目元を拭う。だが顔は赤い。その様子に芹はぽつりと言った。
「俺は誇らしく思うけどな。」
「あなたが?」
 すると芹は口元だけで笑う。
「いつも想像する。お前が作った曲に、俺の歌詞がのったらどんな音楽になるだろうって。きっと……俺の悲しみを全部表現してくれる曲を作ってくれるだろう。そして聴いた人がきっと涙をする。」
 お世辞など言うタイプでは無い。本当に心からそう思っているのだろう。
「そんな立派な……。」
「立派だよ。俺が癒やされたくらいだから。」
 芹もまた激しい沙夜のファンだったのだ。あのとき、聴いた曲でどれだけ芹が救われたのかわからない。
「自分が良いと思ったモノが人に評価されるとは限らない。人によって良さの価値はそれぞれなんだから。あなたはそう言っていたわね。」
「あぁ。それは今でも思う。今はたまたま受け入れられる立場なんだ。いついらないと言われるかはハラハラしながら過ごしているようなモノだし。」
 芹はそういうと少し笑った。
「あなたの歌詞は私も好きよ。だから私もまたあなたを評価するわ。それだけは自信を持って言える。」
 すると芹は口元だけで笑った。
「死にそうな顔をしているようなやつに、元気づけられるとはな。」
「そう?」
「でも元気は出たようだ。今から本番だろう。期待している。」
「えぇ。私が演奏するわけでは無いのだけどね。帰ってちゃんとご飯を食べてよ。魚だから。今日は。」
「魚?肉にしてくれよ。芋ご飯なんだろ?」
「サンマよ。秋らしくなったわね。」
 厳しい夕日が照らしている。残暑が厳しいのにもう秋は来ていると食事が言っているようだ。
「わかったよ。サンマを食いながら、テレビを見ることにするか。帰りは遅くなるのか?」
「翔はそうでも無いと思うけど、私は帰って雑務があるから。」
「気をつけてな。」
 沙夜はそう言ってテレビ局の方へ足を向ける。ここへ来るときよりもしっかりした足取りだった。その後ろ姿を見て、芹は来て良かったと思う。
 本当はこんなところに用事は無かった。急いで家を飛び出したと、沙夜は気がついていないのだろうか。仕事相手に会うのに、サンダルでは来ないだろうと気がついていないのだ。
 そして芹はそのまま駅へ向かおうとしたときだった。
「芹?」
 聞き覚えのある声がした。その声に芹は振り向かずに駆け足で公園を出て行く。嫌な声だったから。
 その後ろ姿を見て、間違いないと思った。あれは芹だ。裕太はそう思いながら、テレビ局の方へ向かう後ろ姿を見た。それは沙夜だった。
 沙夜と芹に繋がりがあるのか。もしそうだとしたら、沙夜に聞かないといけないことがある。それはつまり芹の居所だった。
「もう会うこともねぇよ。」
 芹はそう言って家を出たのだ。つまり裕太と芹は絶縁状態で、連絡先はおろか生きているかどうかもわからない状態のままだった。それは裕太の自業自得だったのかもしれない。
 だが裕太は芹と繋がりを持ちたいと思っていた。芹は何の仕事をしているのかもわからない。だが後ろ姿から見るとまともな生活をしている。妙に不潔な感じも無く、ただ身なりに気をつけていないだけ。
 だとしたら生活が出来ているのだ。それだけで価値はある。
 おそらくまだ芹は過去を引きずっているのだ。そのための道具はまだこちらの手にある。いざとなればまたそれを使うしか無い。
 そのためには沙夜に話を聞かないといけないだろう。話してくれないなら強引にでも話を聞けば良い。噂では沙夜はあの「二藍」の五人とはただならぬ関係なのだ。
 その中でも一馬は絶倫なのだ。それについていける女。一馬の奥さんくらいしか居ないと思っていたのに、それ以上の淫乱なのかもしれない。
「見た目じゃないだよな。あぁいうのって。」
 裕太はぽつりと呟いて、携帯電話を取りだした。沙夜のことを調べるために。
 その時携帯電話が鳴った。遅れているリハーサルが始まりそうだと、メンバーから連絡があった。裕太はその連絡に、急ぎ足でテレビ局の方へ向かう。
 自分たちの音楽は時代遅れだという声もあった。もしかしたらもうこういったテレビ番組には出れないかもしれない。だがメンバーなどどうでも良い。自分がまだ第一線で活躍したいのだから、そのためにはどんな手でも使おうと思う。
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