触れられない距離

神崎

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餃子

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 蒸し焼きにしたので音でもう水分が無いかどうかは確認出来る。パチパチという音は、もう水分が飛んでいる証拠だ。沙夜はそう思ってホットプレートの蓋を開ける。すると餃子の皮が熱でふわっと膨張していたのが一気にしぼんだ。もう焼けているようだと思う。
「良いわね。火を止めるわ。」
 ホットプレートの電気を止めると、さやは頷いた。
「どうぞ。出来上がりましたよ。」
「頂きます。」
 手を合わせてみんながホットプレートの餃子に箸をのばす。そして口に入れると、言葉を詰まらせた。
「美味しいな。」
「餃子専門店とかの餃子と違ってさ。うちで作った餃子みたいな。」
「焼きたてですから、やけどをしないように。」
 沙夜もそう言って餃子に箸をつける。
「このポン酢も手作りだろ?」
 遥人がそう言うと、沙夜は頷いた。
「特別なモノは使ってませんよ。でもこの柑橘が一番美味しい気がします。」
「ゆずとかじゃ無くて?」
「もっと南の方で採れる柑橘です。八百屋にあったんで。」
「そうか。俺も帰るときに八百屋に寄ってみるか。」
 一馬はそう言ってそのポン酢に餃子をつけて口に運ぶ。
「あちち。肉汁が。」
 治はそう言ってお茶に口をつける。あまりニンニクの味はしないが、香りはある。代わりにショウガの味が結構きいているようだ。肉汁のこってりしたモノと、ショウガのさっぱりがとても合っている気がした。
「中はキャベツ?」
「えぇ。キャベツとニラと干し椎茸です。」
「うちは白菜を使ってたな。」
 一馬はそう言って沙夜に聞いていた。奥さんが餃子を作るときも白菜を使うのだろうか。
「白菜は美味しいけど、今時期は堅いから。」
「なるほどな。キャベツは細かく切ればわからないか。」
「そういうことです。冬は白菜にして水餃子にしても良いでしょうね。」
「じゃあ、今度は冬だな。」
 治がそう言うと、沙夜は翔の方を見る。
「また?」
「良いじゃ無い。冬は鍋とかでも良いし。餃子鍋。」
「だから何で餃子なの?」
 沙菜はそう言うと、沙夜は少し首をかしげる。
「でも今年の冬は厳しいかな。」
 治がそう言うと、沙夜も頷いた。
「来月にはN県へ行くので、そのつもりでいてくださいね。」
「新しいアルバム?」
 新しいアルバムは冬に出る。そのために今のうちから曲の候補をかき集めていたのだ。だが三倉はその曲を聴いてなかなかうんとは言わない。三倉が関わるのはこれで終わりなのだから、中途半端なモノにしたくないという気持ちがあるのだろう。
「歌詞はともかく曲がなぁ……。」
 この中で曲を作れるのは、翔と純だ。だがその曲に三倉はうんと言わない。
「アレンジとかは自分たちがしてるんだろう?」
 芹が聞くと純は少し頷いた。
「あぁ。でも三倉さんが口を出すこともあって。」
「ふーん。」
 案外まだ三倉奈々子におんぶに抱っこされているのだろう。だからこそ、この後の「二藍」がどうなるのかが、沙夜は不安なのだ。
 この餃子の会が、美味く潤滑油になれば良いと狙っていたところもある。最も言い出したのは翔からだったが。
「凄ーい。もう無くなっちゃったよ。」
 ホットプレートの最後に残っていた餃子を一馬が取り、二回目を焼くために沙夜はまたフライパンに油を敷く。そして餃子を並べ始めた。そして焼いていると、沙夜はキッチンの方へ向かう。その姿に、治が翔に聞いた。
「いつも料理しているときはエプロンしてんのか?」
「大抵はね。」
「結構エプロンってエロいよな。」
 その言葉に翔は苦笑いをした。そんな目で見たことは無いと思っていたのに、普段とは違う格好で普段しないことをしているからそういう風に見えたのだろうか。
「奥さんはエプロンしないのか?」
 芹がそう聞くと、治は手を振って言う。
「俺のところの奥さんはビア樽がエプロンつけてるみたいな感じでさ。あんなにすらっとしてないし。」
 失礼なことを言っているな。紗菜はそう思っていたが、治の体型を見れば大体奥さんもどんな体型をしているのかわかる。夫婦というのは一緒に居れば似たもの夫婦になるのだろう。
「一馬のところの奥さんって細いよな。」
「でも筋肉は付いた方だと思う。一緒にジムへ行くこともあるし。」
「あぁ。一度会ったわね。」
 紗菜がそう言うと、一馬は少し頷いた。
「元々貧血症だし、食事でカバーしていたようだが食事だけでは限界もあると医師から言われたようだ。」
「適度な運動と休養、バランスのとれた食事だっけ?」
「その通りだ。」
 一馬を見ていると適度な運動とは言えない気がする。ジムでしていた運動だって、アスリートのための負荷をかけているようだったから。
「焼けるまで足りない人はこれをどうぞ。」
 沙夜がキッチンで何かをしていると思っていたが、それは焼きおにぎりだったのだ。そのおにぎりに、思わず治の顔が緩む。
「醤油つけているのか。さすが沙夜さん。」
「飲まない方はご飯が欲しいと……花岡さん。」
 誰よりも酒を飲んでいた一馬もそのおにぎりに手を伸ばしている。
 そうだ。この男はこういう人だった。ご飯を食べながらビールが飲める人なのだ。邪道だとかはどうでも良い。好きなものを好きなだけ食べる、自分の欲に素直な男なのだから。
「あれだな。花岡さんって。」
 芹はビールから焼酎に切り替えた。それを水で割って氷を入れる。
「何だろうか。」
「AV男優とかに居そうな体をしているよな。」
 その言葉に一馬はため息を付いた。昔から言われていることだったからだ。
「そうね。あたしが好きだった男優さんに似ているかな。」
 沙菜はそう言う。あの人に憧れて入ったのに、その人は沙菜がAVの世界に入った直後にその世界から足を洗った。そして今は普通の役者として、テレビドラマや映画に出ている。その役は大抵、嫌みな役か、主人公のライバルとかの役が多い。
「その……まぁ、昔、前のバンドが解散した後にスタジオミュージシャンのようなことをしていた。」
 その言葉に芹はドキッとした。だがあのことでは無い。そう思いながら焼酎に口をつける。
「そのときAVの音楽を入れて欲しいと言うことをいわれたことがあって、録音へ行ったことがある。」
「今時そんなお金のある業者って居るのかしら。うち、電子音だけだよ。」
 沙菜はそう言って頬を膨らませた。おそらくそこまで費用をかけられるのは、鳴り物入りでこの業界に入ってくるような女だ。つまり「元芸能人」とかのもの。売れるという確証が無ければ、そこまで金をかけないらしい。
 つまり沙菜は一定の売れ行きがあるが、そこまでお金をまだかけられないということだろう。
「そこで……男優に誘われたことはあるが、俺には無理だ。」
「どうして?」
「ガンガンライトが当たって、人目が何人もあって、その視線の中で立たせるんだ。出来るか?」
「無理だな。」
「そんなモノなんだよ。気持ちが良くて金がもらえるというイメージかもしれないが、だったらやれるかというとそうじゃない。俺には出来ない。」
 身に染みているような言葉だ。実際に見てきた人の言葉なのだろう。沙菜は少し驚いていた。そんな風に言われたことは無かったからだ。
「でもそれが無きゃ、一馬は出来るだろ?噂では馬並みらしいし。」
 その言葉に一馬は手を振った。だが沙菜がそれに食いつくように一馬を見る。
「本当に馬並みなの?」
「それに絶倫らしいし。」
「マジで?一度お手合わせ……。」
 そのとき沙夜が沙菜を止める。
「いい加減にしなさい。既婚者を誘ってどうするの。あなた。」
「冗談よ。冗談。姉さん。ジョークが通じないんだから。」
 そんなことを言うが、実際一馬は沙菜に言い寄られてもついて行かないだろう。それだけ奥さんと一緒になるのも苦労したのだから。
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