触れられない距離

神崎

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餃子

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 軽くシャワーを浴びてきて、沙菜はリビングに戻ってくるとホットプレートがテーブルの真ん中に鎮座してあった。普段、四人で食事をするときはダイニングテーブルを使うが、人数が多いのでローテーブルに置いたのだろう。
 おそらくこれが終わったら翔はこの辺を徹底的に掃除するつもりだ。暑い日は特に虫がわきやすいから。
「沙菜さんは酒が飲めないんだっけ。俺と一緒。」
 治はそう言って少し笑う。みんなのコップにはビールが注がれているのに、治だけはお茶があるようだ。
「そうなんだ。あたし、お酒駄目でさ。すぐ顔が赤くなっちゃう。」
「役とかで飲むようなのってどうするの?」
 純がそう聞くと、沙菜は手を振って言う。
「ふりだよ。ノンアルだったり、水だったり。酔ってて撮影なんか出来ないよ。」
「それもそっか。映画で酒を飲んでいるシーンとかも、本当に飲んでるわけじゃ無いもんな。」
 遥人は今度映画に出る。だがその前にも映画なりドラマなりにはアイドルの時代に出ていた。だから言えるのだろう。
「遥人ってさ。その首の入れ墨は映画に出るときどうするの?」
 首元にある入れ墨を言っているのだろう。遥人はそれに触れると、翔の方を見て言う。
「隠すらしいわ。時代物だし。入れ墨なんかがあると不自然だから。」
「ちょんまげとかするの?」
「そういう時代じゃ無くて、文明開化後の時代だから。」
 そこでろくでなしですぐ殺される役をするらしい。どんな映画になるのだろう。沙夜はそう思いながら、ホットプレートの蓋を開ける。
「温まってきたわね。油を敷いてと……。」
 まだ餃子を焼いていなかった。油を敷いて、沙夜はダイニングに置いてあったみんなで包んだ餃子を持ってくる。それは相当な量だった。
「沙夜。どうやって並べる?」
 芹も立ち上がって餃子を並べるのを手伝っていた。まるでこの家では、芹が沙夜の助手をしているように思える。
「この家って役割があるんだろ?」
 遥人がそう聞くと、翔は頷いた。
「食事は沙夜が一手に引き受けてくれる。芹も沙菜も俺も他にすることはあるんだ。」
「ふーん。食事を作ってるやつが一番負担になってないのか?」
 すると沙夜は首を横に振った。
「そんなことは無いですよ。それ以外のことはやってくれているので助かります。」
「共同生活ってそんなもんかな。」
 その言葉に治が遥人に聞いた。
「アイドルしてたときは寮生活だったんだろ?そんな役割は無かったのか?」
「寮母がいてさ。でも共同の場はみんなで当番制で掃除してた。あまり普通の学生寮と変わらないと思うけど。門限とかもあったし。」
「門限?」
「ダンスとか演技とか歌とかのレッスンが終わるのは、大体十時だから門限は十一時って決まっててさ。」
 十二時を過ぎると寮母は帰っていく。するとそこを裏口から抜け出して遊びに行く人も多かった。だがそういう人に限ってデビューが遅かったりデビューが出来ないままだったりしたのは、おそらくこっそりしていたそういう行動は、上に全部筒抜けだったからかもしれない。
 ものすごく顔がいい男達の集まりだ。ダンスも演技も勉強すればそこそこものになる。だからこそ、そういう生活が出来ない人はデビューをしても問題を起こすのだ。そうなれば事務所自体の評判も悪くなる。それを危惧していたのだろう。
「遥人の入ってたアイドルグループって今でもあるよな。」
「あるよ。今度、ほら特番に呼ばれてるだろ?」
 生放送である大型の音楽番組だ。何時間も生放送する夏と冬にするおなじみのモノで、当然「二藍」も呼ばれている。
「それに出るらしくて、ちょっと気まずいよな。」
「そうなのか?自然に挨拶くらいはしても良いと思うけど。あぁ。一馬も会うかな。」
 ずっと黙っていた一馬だったが、治の言葉に少しうなずいた。
「誰か出るのか?」
「前のバンドのやつが出ると思う。別のバンドを組んでて、出演者を見たらバンドの名前があった。」
「一馬はあまり良い解散の仕方してないしな。」
 治の言葉に一馬は少し頷いた。すると沙夜が言う。
「多分顔を合わせることは無いですよ。時間帯も違いますし、それに撮影スタジオはいくつかに分かれていますから、同じスタジオでするとは思えませんし。」
「そうか。」
 あらか様にほっとしている。そんなに元のバンドメンバーに会うのが嫌なのだろうか。沙菜はそう思っていたが、それを聞く前に翔が沙夜に聞く。
「蒸し焼きにする?」
「えぇ。」
「だったら水を持ってくるよ。」
「お願い。」
 餃子を並べていてもわかる。誰が包んだモノなのか。
 具がはみ出しそうなモノ。少ししか入っていないモノ。きっちり包まれていて綺麗なモノ。ヒダすら無いぺたんとしたモノなど、性格が表れるようだ。餃子は形では無いのだから、別にどうでも良い。
 餃子を並べ終わると、一度蓋をする。少し焦げ目をつけておくのだ。その間に、また沙夜はビールに口をつけた。
「あ、そうだ。冷蔵庫のケーキ凄く美味しそうね。誰が持ってきたの?」
 沙菜がそう言うと、遥人が少し笑って言う。
「一馬の奥さんが働いている洋菓子店のケーキ。凄い評判が良いんだよ。」
「あぁ、知ってる。SNSでもよく見るわ。桃のムースケーキみたい。桃って翔が好きだもんね。」
 すると翔は少し笑って言う。
「俺は桃が果物の中では一番好きかな。」
「良いよな。桃。でも俺、スイカの方が良いな。」
 治の言葉に、芹が少し笑う。
「俺もスイカは好きだな。また買おう。」
「普段。芹は外に出ないのに、スイカのためなら外に出るんだ。」
 沙菜がそう言うと芹は頬を膨らませて言う。
「うるせぇな。人を引きこもりみたいに。」
「引きこもりじゃ無い。外に出るのって、洗濯物を干したり入れたりするだけでしょ?」
 その通りだから反論は出来ない。芹はそう思いながら、ビールを口につけた。
「運動をしたらどうだろう。少し散歩をするだけでも気分が違う。」
 一馬がそう言うと芹は手を振って言う。
「外を歩いたら、警察からいつも「もしもし」って言われるし。」
「人相悪いからか?」
「そうね。髪くらい切れば良いのに。」
 沙菜の言葉に芹は口をとがらせて言う。
「別に良いよ。出なきゃ出なくて生きていられるし。でもスイカは食べたい。沙夜。今度買ってきて。」
「お腹下すわよ。」
 沙夜はそう言ってホットプレートの蓋を少し開ける。焼き加減を見ているのだ。
「沙夜さんにとって芹さんは弟みたいだな。」
 純はそう言うと、沙夜は少し肩をすくませて言う。
「出来の悪い弟みたいですよね。」
「お前、俺の方が年上だぞ。」
「そうだったかしら。」
 もう良いようだ。沙夜はそう思い、ホットプレートの蓋を開けると、その中に水を流し込んだ。じゅわっという音がした後に素早く蓋を閉める。
「良い香り。あまりニンニクは入っていないって言ってたけど、しっかり香るね。」
 沙菜はそう言って少し笑う。
「少しでもやっぱりね。あなた、仕事は大丈夫かしら。」
「昨日まで撮影だったんだよ?明日もオフだし、大丈夫。」
「栗山さんは食べたら口臭ケアをしておいてくださいね。」
「あぁ。」
 明日の仕事のことを思っているのだろう。だがニンニクはそこまで敏感にならなくても良いと思っていた遥人は、沙夜のこういう気遣いが余計だと少し思っていた。だが昔は「居ても居なくても同じ」という感じだったように思える。それに比べたら、気にかけてくれる今が心地良い。
「そう言えばさ。芹さんって名字はなんて言うの?」
 すると芹はその言葉に少し戸惑った。一馬の姿を最初に見たとき、思い出したことがあったから。だがここで治に隠すのも変だと思う。それにここで妙に誤魔化したら後が面倒だ。心の中でため息を付き覚悟を決めると芹は言う。
「天草。」
「へぇ。南の方の土地にそんな地名があったな。あっちの方か?出身は。」
「いいや。よくわからないけど、俺が育ったのはこの近くで……。」
 一馬は気がついたようだった。だがあえて何も言わずにビールを飲んでいる。本当は麦茶では無いのかと言うくらいの飲みっぷりは、自然なモノだった。
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