触れられない距離

神崎

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ハヤシライス

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 新曲の発売に合わせて、「二藍」の五人と沙夜は、テレビ局に来ていた。夜にある生放送の歌番組だ。数組の歌手やアイドルが一緒に出演し、軽いインタビューを有名司会者とその局のアナウンサーがする。
 衣装合わせなどをしている間、沙夜はその番組ディレクターと打ち合わせをする。インタビューについて、NGなどが無いかの確認だった。
 だがその打ち合わせで、沙夜は不思議に思っていた。他のアーティストがインタビューを受けている間、五人はひな壇で待機しているようだが、その座り位置がおかしいと思っていたのだ。それにインタビュー自体も何かおかしいと思う。
「あの……。」
「どうしました。」
 渡された紙を見て、沙夜はディレクターに聞く。
「この座り位置とインタビューの位置なんですけど。」
 一番人気がある遥人が主に受け答えをして、サポートをしてもらうような位置で治にも話を聞く。沙夜はそう思っていた。だが遥人の隣には翔が来ている。翔はあまりこういう場では緊張して言葉が出ないことがあるのだ。ただでさえ精神面が弱いところがある。なのに百戦錬磨である有名司会者に対して、受け答えが出来るとは思えない。
「千草さんは人気なんですよ。モデルとかの仕事もしているでしょう?」
「はぁ……本人が嫌がっていないですし。」
 しかしあまり進んでしようとは思わないらしい。出来ればあまり入れないで欲しいと翔からは言われていた。あくまで翔が望むのは専門誌であり、姿を売りにするモデルなんかとは肩を並べられないと思っていたのだ。そもそもモデルをするためにウォーキングを勉強したり、体を鍛えたり、食事に気を遣うタイプでは無い。太らないのはただの体質で、おそらく筋肉すら付きにくいのだろう。
「それに……視聴者が二人が並んでいるのを見たいと。」
「は?」
 それは寝耳に水の言葉だった。沙夜は思わずディレクターに聞き返す。
「泉さんは聞いたことが無いですか?二人がゲイの噂があるの。」
「初耳ですね。そんなことを言われているんですか?」
「えぇ。綺麗な二人ですからね。」
 頭を抱える。まさかそんな形で人気になるとは思ってなかったからだ。
「二人ともゲイの趣味はありませんが。」
「ストレートなんですか?」
 翔に関しては疑ったこともあった。だがその趣味は無いとこの間きっぱり否定していたし、遥人に関してはあまりタッチしていないが上手くその辺はやっているのだと思う。真性のゲイである純にはどうしてそんな噂が立たないのだろう。いや、それ以上にメンバーでそんな噂を立てられたら困る。ゲイに寛容な時代になってきたとはいえ、本人たちはその趣味が無い上に音楽がそんな形で捉えられるのは不本意だ。それにゲイに厳しい人たちもいると思う。そんな人たちには音楽を聴かれないまま、拒絶反応を示すかもしれない。
「だと思いますけど……そこまで突っ込んだことを聞いたことは無いですし。」
 そうやって沙夜は話を終わらせようとした。だがディレクターはその話を終わらせない。
「あまりプライベートのことをいわないじゃ無いですか。五人とも。だから知りたいというのも視聴者の声なんですよ。」
 つまり番組の視聴率のために、「二藍」を利用したいと思っているのだろう。そしてそれがネットニュースなんかになればさらに番組が盛り上がる。その一心に見えた。沙夜はその考え方が嫌いなのだ。
「プライベートのことは本人たちに任せています。二十代、三十代のいい大人ですし、話したければ話すと思います。しかし、うちの方針はあくまでプライベートを切り売りせずに音楽を聴かせたいと思っていますから。」
 つまり話させたくは無いと言うことだろう。ディレクターは心の中で舌打ちをする。これ以上聞けば、レコード会社からも嫌がられるだろう。
「あとは本人達と、上に相談します。」
 沙夜はそう言ってその紙を手にした。
「でしたら……その座り位置なんですけど。」
 ディレクターの方が折れた。「二藍」だけでは無く、このレコード会社から嫌われたら、さらに番組として成り立たなくなるだろう。それで無くても歌番組が生まれては消える時代なのだから、できるだけ存続させたいと思っているのだ。

 結局、座り位置は遥人の隣に治が来ることになった。そして治の隣に翔が来る。妥当だと思った。音楽番組なのだから、遥人がボーカルで隣にリーダーである治が来るのは当たり前だろう。沙夜はそう思いながら、テレビ局の廊下を歩いていた。
 ある程度こちらの主張は必要だ。ある程度の露出は必要だが、必要以上に露出すればあらが出る。つまりイメージが違うなどと言われることもあるのだ。そうなればせっかく掴んだ「二藍」のファンが逃げることになるだろう。ある程度のぼかしは必要だから。
 沙夜はそう思いながら、スタジオへ向かっていた。時間的にリハーサルをしている時間だろう。演奏するのは新曲の一曲と既存の曲だ。耳馴染みがある曲をすると、受けが良い。だがそれだけと言われるのもしゃくに障る。
 だから「この曲を「二藍」の代表曲にする」といつも思いながら新曲を作っているらしい。それが「二藍」の五人とプロデューサーである三倉の考えなのだ。そう思いながら沙夜はスタジオの前に立ち、その扉を開けようとした。だがびくともしない。
「あれ?」
 防音扉なので音は漏れていない。だがリハーサルの音はスピーカー越しから聞こえているので、リハーサルをしているのは確実なのだ。だがその扉のドアノブを上にしてもしたにしても悪気配が無い。多少重いのはわかるが、鍵でもかかっているように感じる。
 沙夜の細腕では開かないのだろうか。そう思っていたときだった。
「そこ空き部屋ですよ。」
 そう言われて振り返る。そこには見覚えのある人が居た。そうだ。この男は翔に似ていると思っていた男で、名前は慎吾と言っていた。沙夜はそう思いながら、扉の上のプレートを確認する。
「第三スタジオ……あぁ。リハーサルは第二って言ってたか。」
 場所が違うのだ。そう思って沙夜は慎吾に少し頭を下げると、そこを離れようとした。だが慎吾はその後ろを付いてくるように、駆け寄ってくる。
「お姉さん。」
「あなたのお姉さんではありませんので。」
 その受け答えに、慎吾は少し笑った。
「日和ちゃんのお姉さんでしょ?」
「だったら何だと?」
「伝えてくれました?慎吾が連絡先を教えて欲しいって。」
「名前も知りませんでしたけど。」
 あれだけ一晩中喘いでいたというのに、名前すら覚えてもらっていなかったのだ。いっそ暴露してやろうかと思うが、その噂はAV女優にとってプラスになる。つまり沙菜が淫乱だという噂に拍車がかかるのだ。
「だったら俺の連絡先を教えておくので、お姉さんから伝えておいてもらっても良いですか。」
 そう言って慎吾は携帯電話を取りだした。だが沙夜は無視をするように慎吾の方を振り向かない。
「嫌です。」
「お姉さんの連絡先を……。」
「もっと嫌です。」
 早足で行こうとした。だが慎吾は長い足で余裕綽々に付いてくる。それが沙夜をさらに腹立たせた。
「日和ちゃんって本名なんて言うんですか。」
「本人に会うことがあれば聞けば良いでしょう?」
「だから連絡先を……。」
「しつこい。」
 そのとき何かに足を取られた。沙夜はそのまま前に倒れる。だが間一髪、膝と手をついて正面から倒れるようなマネだけはしなかった。
「大丈夫ですか?テレビ局っていろんなモノが落ちてるから。」
 すぐに自力で立ち上がり、パンプスを脱ぐ。そしてその靴底にあるガムテープを剥いだ。これがこけさせたのだろう。
「痛くないですか?」
 膝と手はじんじんと痛いが、こんな男に助けられたくは無い。沙菜があれだけ嫌がっていたのだ。ろくな男では無いのは目に見えている。
「結構です。」
 そのとき正面の方で声がする。その音に沙夜は足を進めた。だが膝が痛い。こんなにこけるとは思わなかった。膝をさすりながらそこへ向かうと、そこにはリハーサルを終えた「二藍」のメンバーがいた。
「泉さん。」
 治が一番に気がついて、駆け寄ってくる。沙夜の歩き方が気になったのだろう。
「どうしたんですか?」
「こけたんです。何か……小学生以来だったかも。」
「いろんなモノが落ちてますからね。……そちらは?」
 すると翔が男に気がついて近づいてくる。
「慎吾。どうした。仕事か?」
 すると慎吾と言われた男は笑顔で翔を見る。だがその心の中は気まずかったに違いない。
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