触れられない距離

神崎

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ナスの揚げ浸し

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 スイカを切ってみると、漬物にしたいという芹の考えは打ち砕かれたようだ。小玉スイカはあまり白いところが無いのだ。
「漬物には出来そうに無いわね。」
 沙夜はそう言ってスイカを切っていく。一口大に切られたスイカは、食べやすいようにしているのだ。
「ちぇっ。だったらやっぱ大きいやつが良かったな。」
 芹はその横で皿を出している。その様子を沙菜と翔は見ながら、少し笑った。
「すっかり助手ね。」
「何も出来なかったから、やりたいんだろう?それに、これも経験だって楽しそうだ。」
 男と女の関係では無い。翔はそう言い聞かせているように思えた。こんなにあらか様に翔は沙夜を見ているのに、沙夜は相手にしようともしない。いつも沙夜はこんな感じだったと思う。
 高校生の時、アイドル活動をしていた沙菜に言い寄る男は多かった。だが紗菜が好きになる男はいつも沙夜を見ていた。しかし沙夜は全く相手にしていなかったように思える。
 部屋に引きこもってピアノばかり弾いていた。ある程度の賞を取っていれば音楽系の大学へ行きやすくなるのだから。それからその大学へ行くために、ピアノのレッスンに余念が無かったと思う。そんな音楽付けの仲で唯一の息抜きは、料理だったのだ。だがそれが母親の機嫌を悪くする原因になっていたのを、沙菜はお互い不器用だと思いながら見ていた。それに自分の事で手一杯だったし、沙夜にまで気が回らなかったと思う。
「はい。スイカよ。」
 さらにスイカを切ったモノと、小皿、それにフォークを置いた。
「美味しそうだね。あぁ、夏が来たって感じがする。」
「そうね。」
 あと半分はある。明日、またスイカを食べる羽目になるだろう。そう思いながら沙夜もそのスイカに口をつけた。
「スイカって種があるのが面倒ね。」
 沙菜はそう言って種を吐き出す。すると翔もその種を吐き出すと、その種を見て言う。
「四分音符みたいだ。」
「いい加減、プライベートまで音楽から離れなさいよ。」
 沙夜はそう言ってたしなめるが、沙夜も同じことを思っていただけに気まずいと思っていた。
「あー美味いな。でもスイカって野菜だっけ。」
「そうよ。木に成るモノは果実。その他のモノは野菜。」
「ってことは栗も?」
「栗も果物ね。」
「イチゴは?」
「イチゴは野菜よ。ブルーベリーは果物。」
「ブルーベリーって今季節かな。八百屋にあったな。」
「え?今日芹は外に出たの?」
 沙菜が驚いて芹を見る。すると芹はまたかとうんざりした顔で言った。
「俺が外に出ただけで何でみんなそんなに騒ぐかなぁ。」
「そりゃそうでしょ?この家から出ることってあるの?」
 沙菜がそう聞くと、芹は少し笑って言う。
「あるよ。米を買いに行くときとか。」
「米は重いもんね。あぁ。今度また買っておいてくれないかしら。」
 沙夜はそう芹に言うと、芹はうんざりして言った。
「今日、半月分くらい外に出たわ。そんで一か月分くらい人に会った。」
「良かったじゃ無い。」
 沙夜はそう言うと、芹は首を横に振る。
「人って何考えてるかわからないし、いい顔をしていても裏で何を考えてるのかわからないからなぁ。俺、そういうの苦手。」
 人に裏切られたことでもあるのだろうか。だからこんな言葉が出るのか。沙夜はそう思いながら、二つ目のスイカに手を伸ばす。
「食べ物と同じよね。」
 沙菜はそう言って芹に言う。
「へ?」
 沙夜では無く紗菜が言うのが意外だと思った。
「芹って偏食が多かったじゃ無い?生の魚が食べれないとか、豚肉の脂身が嫌だとか。でも最近よく食べてるじゃん。」
「それは美味いから。」
「食べてみてわかったんでしょ?見た目だけで嫌って拒否しているのって、惜しいよね。食べたらめっちゃ美味しいかもしれないのに。人だってそうじゃん。とっつきにくそうって思っても、話してみたら妙に馬が合ったりしてさ。」
 心当たりが無かったわけじゃ無い。翔はそう思いながらスイカをかじっていた。
 初めて「二藍」のメンバーに会ったとき、一番拒否したかったのは治だった。人のパーソナルスペースを考えないで、ずけずけと踏み込んでくるその無神経さがいやだったのだが、今は何でも話せる間柄になっている。そして沙夜のことを最初に相談したのも治だったのだ。妻や子供が居る治は、そういった話題で相談するのはとても頼りになると思う。
「けど、俺、お前たちほど他人を信用できないよ。」
 芹はそう言うと、翔は少し笑って言う。
「そこまで思ってくれるのは嬉しいな。住ませたかいがあった。」
「ふふっ。」
 沙夜が笑っている。その笑顔が好きなのだ。翔はそう思いながら、スイカを口に運ぶ。

 いつもよりも遅くなったが、しっかり湯船に浸かり風呂から上がると翔の部屋に声をかける。すると翔はすぐに出てきて風呂場へ向かった。そしてその向こうにある芹の部屋を見た。芹の部屋からはまだ明かりが付いている。今日はもう仕事をしないと言っていたので、おそらく本を読んでいるか携帯型のゲームでもしているのだろう。
 そう思いながら、沙夜は自分の部屋の向かいにある沙菜の部屋のドアをノックした。
「はーい。」
 ドアを開けると、香水とか化粧品の匂いがする。全体的にピンクやレースが目に付く部屋だ。女の子らしいと言うのはこういうことを言うのだろう。
「ちょっと良い?」
 沙菜はベッドの上でストレッチをしていたようだ。風呂上がりにすると効果があるらしい。
「何?」
 沙夜はドアを閉めて沙菜を見下ろした。そして気になっていることを聞く。
「慎吾って人は知り合いなの?」
「慎吾……って誰?」
「さっきはぐらかされたけれど、あなたに連絡をつけて欲しいって言っていた男の人よ。背が高くて……少し翔に似ていたわ。」
 その言葉に沙菜はストレッチの体勢を崩すと、沙夜に言う。
「この間……女優仲間と飲みに行ったの。」
「飲めないのに?」
「少し顔を出すだけだと思ってたわ。そのときに……挑発してきた人がその人。」
 嘘サディストだと罵られた。それが沙菜のプライドを傷つけたのだ。自分もその挑発に乗ってしまい、ホテルへ行ったのだから責められない。
「寝たの?」
「一晩中ね。あいつ、男優とかになれるわ。あんな精力旺盛なの久しぶりだわ。」
 すると沙夜は首を振って言う。
「沙菜。あまり素人と寝ない方が良いって事務所から言われているんでしょう?録画でもされて裏で出されたりしたら、すぐに首を切られるのよ。企画落ちなんて言われたいわけ?」
「そんなことは無いと思う。する前に調べたもん。何も無かった。」
「だからって……。」
「性病検査もその後して、何も無かった。だから仕事も続けてられる。」
 そういう問題では無いのだ。沙夜は頭を抱えて沙菜を見る。
「あまりポンポンさせるモノじゃ無いわ。仕事なら尚更でしょう?」
「でもさ。女が性欲無いのって言うのは嘘でしょ?姉さんだって大学の時に……。」
「辞めなさい。」
 それは沙夜が一番後悔していることだった。どうしてあんな男に初めてを捧げたのかわからない。
「その人とはもう寝ないし、会うことも無い。連絡も取っていないんだから。」
「その連絡先を教えて欲しいって言われたのよ。」
「言ってない?」
「当たり前よ。そんな作り話が通用すると本気で思ってるんなら、その男の頭の中は大分おめでたいわ。」
 沙夜はそう言うと、その化粧台の上にあるディルドに目を向けた。こんなモノを使ってせいを発散させようとしているのだろうか。そこまで足りていないというのは、沙夜にとって沙菜の行動のうち理解は出来ないことの一つでもある。
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