触れられない距離

神崎

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ナスの揚げ浸し

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 食事を終えると沙夜は食器を食洗機に入れてスイッチを入れる。その間に、冷蔵庫からスイカを取り出した。小玉スイカというのは、沙夜でも一抱え出来るほどのスイカで、この量であれば二日くらいかければ四人で食べられるだろう。あまり食べるとお腹も壊しそうだ。
 アイスを食べるよりはよっぽど良い。そう思いながらそのスイカに包丁を入れようとしたときだった。
「ただいまぁ。」
 沙菜が帰ってきた。テレビを見ていた芹と翔はそれに反応して、沙菜の方を振り返る。
「お帰り。遅かったね。」
「打ち合わせが遅い時間だったからさ。」
「打ち合わせ?」
「お盆の前くらいに撮影で、ちょっとN県へ行ってくるの。」
 その言葉に芹が笑いながら沙菜に聞く。
「どんな話?」
「温泉旅館の若女将。泊まり客に体で接待するような感じ。」
「良いねぇ。男の夢じゃん。」
 翔は少し笑っているだけだ。翔は見たいと思わないのだろうか。若女将と言うことは着物を着るのだ。そんな姿の沙菜はとても色っぽいであろうに、それすら見ないというのだろうか。
 そう思いながら沙菜は、キッチンへ向かう。
「お帰り。ご飯用意する?」
「そうだね。お腹空いた。」
 その言葉に沙夜は冷蔵庫に入れておいたおかずを取り出す。温めた方が良いものは電子レンジに入れるのだ。スープは温め直して皿に注ぐ。そのとき、沙菜は横に置いていたスイカを目にした。
「スイカ?」
「芹が食べたいんですって。あなたが食べ終わったら切ろうか。」
「良いね。夏って感じ。この間出たソフトでは水着になったけど、あれ、別に夏じゃ無かったしなぁ。」
「あぁ、南の島に行ったやつ?」
「うん。話題になると良いなぁ。」
 女の子が数人居て、逆ナンパをするモノだ。そこでも沙菜は女王様だった。主導権を握り、射精しそうな男の性器をぱっと離して止めたり、足を舐めさせたりしたのだ。それはそれでゾクゾクする。だがあの男のセックスに、自分の感覚がおかしくなってしまったと思っていた。
 自分がマゾヒストだとは思わない。なのにそのぞんざいな扱いに、自分が自分で無くなる感じがする。だが忘れよう。悪い夢でも見たと思おうと、自分の部屋で着替えを済ませるとリビングに戻る。
 ダイニングにはいつも通り美味しそうな食事が並んでいた。甘い、酸っぱいと味のバランスも良い。
「いただきます。」
 手を合わせてなすの煮浸しに箸をつけた。噛むとじわっとだし汁が出てきてそれが美味しい。
「美味しい。姉さんの煮浸し凄いよね。」
「そう?普通だと思うけど。」
 向こうでは芹と翔がテレビを見ている。どうやらニュースを見ているらしく、海外でのクーデターの話題に、芹は首をかしげていた。
「こんな遠くの事件なんか扱わなくても、俺たちには関係ないだろうに。」
「そうでも無いよ。芹。この辺は石油がとれるんだ。この辺で何かがあったら、ガソリンは値が上がる。プラスチックも上がる。いろんなものの値段が上がるね。」
「ふーん。だったらさっさと仲直りしろってんだ。」
 軽く考えている芹と、考えすぎる翔。これはこれでバランスがとれている。翔はおそらく気にしすぎているのだ。だから真面目に捉えて、悶々と悩んでしまうのだろう。これではまた精神科の世話になるのは目に見えている。もっと図太くなってもらわないといけない。
 沙夜はそう思いながら、沙菜の隣に座る。
「沙菜。」
「どうしたの?」
「今日、少し用事があって栗山さんを担当している芸能事務所へ行ったの。」
「栗山さんってマネージャーがいるんだっけ。」
「そうよ。もう自分のスケジュールとかを自分で管理できるほどの仕事量じゃ無いから。それに……うちではテレビの仕事はわからないし。」
「そうなの。でもそっちとの繋がりもあるよね。姉さんとだったら。」
「そうね。その事務所を出る孵りに、ある男の人に会ったの。」
「男?」
 沙菜は驚いて沙夜を見る。あまり男なんかに興味がなさそうなのに、まさか沙夜から男という単語が出ると思っていなかったから。
「あなたの名前を出していたわ。」
「本名?」
「じゃないわ。」
「だったら大した相手じゃ無いわね。気にしなくても良いよ。」
 そう言って沙菜は鶏肉に箸をつける。沙菜は一晩限りの付き合いというモノをたまにすることがある。それは沙菜がセックスがスポーツ感覚で、なおかつ遊びだと割り切れるからだろう。それが沙夜にはあまり理解が出来ない。
「でもさ……。」
「一度セックスしただけで彼氏面する人もいるの。やーねぇ。だったらどれだけあたしたちが浮気してるって話じゃ無い。」
 こういうところが少し感覚がずれている。沙夜は一度きりという経験は無いし、そもそもそこまで経験も無い。だから沙菜の感覚は一生わからないだろう。
「テレビ番組にこの間出たでしょう?」
「深夜のね。」
「そこで一緒になって盛り上がって連絡先を交換しようって話になったけど、それが出来なかったから教えてくれって言われたわ。」
「そんなわけ無いじゃん。確かにタレントなんかと盛り上がって、そんな話になることもあるけどさ。実際は連絡なんかつけないよ。女優同士でもあたしは嫌だな。」
「でもこの間、女優仲間と飲みに行ったじゃない?」
 翔がソファから沙菜にそう聞く。翔から言われると思ってなかったその話題に沙菜は箸を止めた。あの男と寝たときのことだったから。名前すらわからない男で、当然連絡先なんかも聞いていないが、そのときのことを少し思い出したのだ。
「女優仲間でも共演が多い子なんかは、連絡先を交換することもあるし、DMで連絡来ることもあるからさ。」
 それに行かないとあとで何を言われるかわからないところもある。表面上だけでも行っておいた方が良いのだ。
「女の世界だよな。AVって。何かこう……普通の企業のOLよりもキツそう。」
 芹はそう言うと、沙菜は少し笑って言う。
「だからこれってモノが無いとすぐにお役御免だもん。ただ、それも仕方ないかなって最近思って。」
「沙菜。」
 沙夜は心配そうに聞く。沙菜がこんな弱気なことを言うのは初めてだったから。
「だってさ。あたしがデビューしたの二十歳で、二十五になるんだけどさ……。やっぱ二十歳くらいの子の方が張りも違うし。おっぱいが大きいだけならゴロゴロ居るもん。整形したりして大きくする手もあるし。あたしは整形してまでこの世界に居ようとは思わないから。」
 すると沙夜は沙菜に聞く。
「辞めたらどうするの?」
「わかんない。まだしたいことが見つからないから、とりあえずお金だけ貯めて何がしたくてもすぐに出来るようにしておこうと思ってる。」
 案外しっかりしていた。だらしないのは男関係だけか。沙夜はそう思い、お茶を飲んだ。
「あぁ。そうだ。それはともかくとしてさ。お盆どうする?姉さん。」
「お盆?」
「家に帰る?母さんから連絡があって姉さんにも聞いておけって言われたから。」
 相変わらず母は沙夜を嫌がっている。だからわざと沙菜越しに連絡を取ったらしい。それを聞いてくる沙菜は何も気がついていないが。
「その時期はライブがあるのよ。」
「そうだろうと思った。あたしも撮影があるし。」
「そうなの?」
「若女将をしたあとに、今度は女子高生よ。キツいっての。せめて女性教師だろうにね。」
 そう言って沙菜はまた料理に箸をつける。確かにその指先の長く爪を伸ばした派手なマニキュアをした女子高生はいないだろう。
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