夏から始まる

神崎

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 菊子を今度は荷物のように抱き抱えられる。こうすればこけたりして足を取られることはないからだ。
 そしてエレベーターで六階まであがると、一つの部屋に連れてこられた。肩に抱き抱えられた菊子は、リビングにあるソファーの上に投げられるように置かれた。
「お前たちは帰っていい。」
「圭吾さん。この女本当に鶏ガラみたいですよ。肉っぽさねぇし、抱いても何もないんじゃないんですか?」
「体じゃないんだ。」
 そう言って男はいぶかしげに菊子をみる。しかし菊子は相変わらず反抗的な目でこちらを見ていた。
「この反抗的な目が従順になるのをみたいと思わないか。」
「圭吾さんは昔からSですねぇ。薬は使わないんですか?」
「使わなくても良いと思う。まぁ……朝まで反抗的であれば考えよう。」
 その言葉にぞっとした。朝まで何かするのだろうか。
 そして部屋は圭吾と二人になる。圭吾は嬉しそうにソファーに近づき、結ばれている口元のタオルと後ろ手のロープを解いた。
「こんな真似をしてまで連れてくる気はなかったんだけどな。」
「何を考えているんですか。仕事に戻りたいのに。」
 こんな状況でも仕事のことを考えている。呆れた女だ。
「親父殿が話を付けているだろう。」
「お父さん?」
 そうか。今日の夕顔の間の客は、村上組の組長だったのか。一人で来ているとは思えない。とすると、誰と来ていたのか。
「……誰と……。」
「……誰なのかは菊子ちゃんでもわかると思う。」
「……。」
「例えば、俺と菊子ちゃんがセックスをするとする。」
「しません。」
「この状況でよく言えるよ。」
 堪えきれないように圭吾が笑う。いつ襲われてもおかしくないこの状況でも、菊子は圭吾と何もないと思っているのだろうか。
 煙草を取り出して火をつけた。そして圭吾もソファーに座る。
「蓮に知られるのは時間の問題だ。蓮はおそらくすぐこの場所を突き止めるだろうね。けど時は遅い。事を終えたあとであれば、あいつは頭に血が上る。そうなれば特をするのは誰だろう。」
「……戸崎の……家ですか?」
「そうだ。」
「……蓮は……。」
 時計をみる。まだ「rose」が開いている時間だ。今日は八月の終わり。ライブは遠方からのバンドもやってくる対バン形式のライブだと言っていた。客もいつもより多い。きっと忙しいのにその仕事を放ってここに来るとは到底思えない。
「蓮は来ません。」
「来ない?」
「仕事があるから。」
 女のために来るような男ではないと思っているのだろうか。きっと菊子は蓮に期待していない。
「だったら俺が君を好きなようにする。」
「嫌です。」
 棗よりも嫌だ。全く気持ちがない分、たちが悪い。
「さっき言っただろう。朝までその態度であれば、こちらにも考えがある。でもまぁ……それを使うことはないと思うけどね。」
「何故ですか。」
「濡れやすく、感じやすい。そう言っていた人がいる。」
 それを知っているのは、二人だけ。蓮が言うはずはない。
「まさか……。」
 菊子の顔が青ざめる。繋がりがあったというのだろうか。
「おしゃべりはここまでだ。」
 そう言って圭吾は煙草の火を消して、菊子の方を見た。嫌な感じがして菊子は後ずさりをする。だがすぐにソファーの肘掛けに腰が当たった。
 立ち上がって窓の方へ逃げる。しかしそれを追うように圭吾も立ち上がった。逃げられない密室で、せめて触れられたくないと窓の方を向く。すると圭吾は、その体を後ろから抱き寄せた。
「菊子。」
 耳元で囁かれる声も、匂いも、誰のものでもない。それは嫌悪感しか産まなかった。
「やめてください。」
 そう言って体をよじらせる。しかしぎゅっと体を抱き寄せられ、あげている白いうなじに唇を寄せた。
「ん……。」
 ちゅっという音をわざとさせた。するとそこから見える菊子の頬が赤く染まっている。これだけで感じているのだ。あいつのあとというのが気にくわないが、それでもいい。菊子を抱ける最後のチャンスだ。
「菊子、好き。ずっとこうしたかった。」
「嘘です。そうやって女の人を……。」
「仕事で抱くことはするが、本心で抱きたいと思ったことはない。君だけだ。菊子。こっちを向いて。」
 それでも菊子はそちらを向かない。その強情さを崩したい。めちゃくちゃに抱きたい。そうできる自信はある。本気で朝まで求めるかもしれないと思いながら、圭吾はその首筋にもう一度唇を寄せた。
「や……そんなに……。」
 わずかに痛みを感じた。唇を離すと満足そうにほほえむ。
「跡が付いたね。」
「え……。あ……。」
「事を終えたあとに、全てを無かったことにしてもこの跡だけは残る。どっちが怒り狂うかな。」
「どっち……?」
「どちらでも良いか。」
 ぐっと頬をもたれ、無理矢理横を向かせる。そして唇を重ねた。最初は軽く何度も合わせ、正面を向かせると菊子を窓に押しつけて今度は口内を舐め回すように唇を重ねた。昼にしたキスよりも徐々に素直になってくる。だがその腕が圭吾に回ることはない。
「体に手を回して。」
「嫌です。」
「だったらそうすればいい。」
 圭吾はそう言って菊子の帯に回っている帯留めをはずし、その帯紐をはずし始めた。
「何……。」
 意地悪そうに笑い、その帯紐で後ろ手に菊子の腕を縛る。
「何……ちょっと……。」
 そしてさらに腰に手を回すと帯を解かれている感覚があった。
「解けやすいようにしている結び方だ。どうしてこんな結び方をしているか知っているか。」
「これしか知りませんが。」
「脱がせやすいためだ。昔の仲居は体を使うこともあったのだから。」
 女将さんからはこの結び方しか聞いていない。それが普通だと思っていたから。だがそんな意味合いもあったのだ。
 帯が床に落ちて、襦袢を脱がされる。そして肌襦袢。その下は下着しかない。
「高校生にしては……。」
 腹の辺りは確かにあばらが浮いている。だが胸はあるようだ。いつも隣にいる梅子の胸に視線は集まるが、この体もしっかり大人の体のようだと思う。
 昔から知っていた。背だけが高く、男か女かわからないような体だと思っていたのに、いつの間にか女になっていた。
「ずっとこうしたかった。俺だけのものにしたかった。」
「やです。」
 下着に手が回ろうとした瞬間だった。菊子は着物を引いたまま窓から体を避ける。しかしその裾を踏まれて、思わずまた前からこけてしまった。
「痛……。」
 うつ伏せになると、その着物と肌の隙間に手を伸ばされて、下着を取られた。直接胸に触れられ、思わず声が出た。
「あっ……。」
「こんなに硬くさせて、嫌らしい体だな。」
 こんな触れ方をした人はいない。指が器用に乳輪をなぞる。そして乳首を摘まれると、さらに声が出た。
「あっ……。」
「ここが気持ちいいんだろう。もうがちがちに硬くなって。」
 それでも圭吾の方をみようとしない。素直ではない菊子をまた征服したくなってきた。
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