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ビルを降りて、周りを見るとやはり風俗街らしくピンク色の法被を着た呼び込みや惜しげもなく足を出している女性がいる。菊子がこの中にいるのはとても浮いている。だが隣にいる圭吾がその視線をさっと避けさせていた。
「店があるのに迷惑をかけたようだ。」
「明日からいらっしゃらないのに、大変でしたね。いつもいらっしゃるお着きの方はいらっしゃらないんですか?」
「今日くらい一人で居たくて。」
そうだ。圭吾も一時は大学へ行ったのでこの町を離れていたが、大学を卒業してからはこの街にずっといるのだ。なのに離れるのは寂しいのかもしれない。
「圭吾さん。お疲れさまです。」
パンチパーマの男から声をかけられる。それもまた関係者なのだろう。
「あぁ。」
「聞きましたよ。元気でいてください。」
「お前もな。」
きっと組長はぎりぎりまで迷ったはずだ。圭吾と省吾、どちらを本家にやるか。仕事は出来る圭吾。だが、圭吾を本家にやると、省吾が面白くないだろう。だからといって省吾をやれば家の面倒を見るものがいないのだ。
せめて圭吾が結婚していれば良かったのだが、まだその気配はない。
「あの……。」
菊子に声をかけられて圭吾は、ポケットから煙草を取り出す手を止めた。
「どうしたのかな。」
「さっきの方は、結婚なさっているんですよね。」
「あぁ。子供が二人いる。さっきの診療所は昼間も開いていてね。昼間は旦那さんがしているそうだ。」
煙草をくわえると圭吾はそれに火をつけようとした。しかしいつもの癖でライターに火をつけようとして、傷が痛んだのだろう。ついライターを落としてしまった。
それを菊子は拾い上げて、ついでに火をつけた。すると圭吾はその日で煙草に火をつけると、ライターを受け取る。
「……。」
思ったよりも距離が近かった。そして昼間のことを思い出して、少し距離をとる。
「菊子ちゃん。」
「はい。」
すると圭吾は少し笑って言う。
「蓮とつきあってどれくらいだろうか。」
「二ヶ月ほどです。」
「その間、セックスをした?」
その言葉に菊子の頬が赤くなる。
「そうですね。それなりに……。」
「だったら棗とは?」
「棗さん?」
どうして棗の名前が出たのだろう。菊子は少し不思議に思っていたが、圭吾の表情は変わらない。恋人が居てもセックスをする相手がいることというのはある話だ。
「……棗とはしている?」
「知り合いですか?」
「紅子から聞いたよ。紅子は母親に着いてきて、戸崎の家にはいったが天音さんという姉や幼かった弟は西川の家に残った。その家に親戚をたらい回しにされていた棗が入ってきたのだとね。だから紅子も知り合いではあるはずだ。」
「はい。そうですね、私もそのように聞いています。」
「そして今は君の家に居る。」
「……そうですね。大将が足を負傷してしまって……。」
「だからといって家にまで上がり込むことはないと思う。その間、君に手を出さないとも限らない。あの家で料理を習っている立場ならともかく、きっと職人としては成熟しているのだろう。どちらかというと恩を売っている立場だ。そんな君に手を出しても、大将たちは文句は言えないだろうし。」
その言葉に菊子は少し笑った。その様子に圭吾は奇妙に思う。笑うところがあるだろうかと。
「蓮も一緒に住んでいますから。」
「蓮も?」
その言葉に圭吾は心の中で舌打ちをする。だから全く手が出せないのだろう。
「えぇ。蓮の住んでいるアパートが耐震補強の工事をしているそうです。昼間に寝る仕事ですから、昼間に騒音があると寝られないとかで。」
「そんなに細かな神経の持ち主だったか。」
「棗さんも同じ事をいっていました。」
不機嫌そうに圭吾は煙草の灰を落とす。だからまだ離れられないのだ。
やがて公園に出ると、菊子はそのまま圭吾に頭を下げる。
「どうか。お元気で。」
街灯に照らされた菊子は、きらきらと光っているように思えた。ただの着物。それにいつも一つにくくっているだけの髪を、綺麗にまとめ上げているだけ。
それだけだった。
「菊子ちゃん。」
圭吾は声をかけると、煙草を捨てた。そしてその離れて行こうとする手を握る。
「何……。」
「握手だよ。さっきもした。」
さっきの女医さんともしていた。それと同じ感覚なのだろうか。菊子は足を止めて、その手を握る。大きな手だ。それに温かい。蓮とも棗とも違う手だった。
「世話になった。」
「いいえ。大したことは……。」
「そして……これからも……。」
「え?」
そのとき公園に横付けされた車から誰かが降りてきた。そして菊子は口をそのままタオルで塞がれると、引きずるようにその車に連れ込まれる。
「んー!」
車に一緒に乗ってきたのは圭吾だった。
「出せ。」
体を捕まれて口を塞がれている。じたばたしてもふりほどけそうになかった。
「……やはり甘い奴らだ。」
圭吾は薄く笑いながら、逃げられなくてじたばたしている菊子をおもしろそうに見ていた。
菊子が連れてこられたのは、繁華街のはずれにあるマンションの地下駐車場だった。体の大きな男に後ろ手を捕まれ、タオルで口をふさがれている。その腕が菊子の後ろの手を捕まれて、逃げられない。
そのときそのコンクリートの床に、ちょっとした石があり足を取られた。それで体がぐっと前に倒れそうになる。
急に体重がかかったからだろう。男も思わず手を離してしまった。手で支えられずに、菊子はそのまま正面から倒れ込んでしまう。
「何をしている。」
先をいっていた圭吾はおもしろそうにこちらを振り返った。今だ。菊子はそのまま膝で起きあがると、階段を目指した。
「逃げた!」
しかしぐっと帯を捕まれる。そして後ろに引き寄せられた。
「逃げようと思わないことだ。菊子。今度逃げたらいいものを打つからな。」
ぞっとした。知加子が捕まったからといって、村上組の薬の出所が変わったわけではないのだ。
「店があるのに迷惑をかけたようだ。」
「明日からいらっしゃらないのに、大変でしたね。いつもいらっしゃるお着きの方はいらっしゃらないんですか?」
「今日くらい一人で居たくて。」
そうだ。圭吾も一時は大学へ行ったのでこの町を離れていたが、大学を卒業してからはこの街にずっといるのだ。なのに離れるのは寂しいのかもしれない。
「圭吾さん。お疲れさまです。」
パンチパーマの男から声をかけられる。それもまた関係者なのだろう。
「あぁ。」
「聞きましたよ。元気でいてください。」
「お前もな。」
きっと組長はぎりぎりまで迷ったはずだ。圭吾と省吾、どちらを本家にやるか。仕事は出来る圭吾。だが、圭吾を本家にやると、省吾が面白くないだろう。だからといって省吾をやれば家の面倒を見るものがいないのだ。
せめて圭吾が結婚していれば良かったのだが、まだその気配はない。
「あの……。」
菊子に声をかけられて圭吾は、ポケットから煙草を取り出す手を止めた。
「どうしたのかな。」
「さっきの方は、結婚なさっているんですよね。」
「あぁ。子供が二人いる。さっきの診療所は昼間も開いていてね。昼間は旦那さんがしているそうだ。」
煙草をくわえると圭吾はそれに火をつけようとした。しかしいつもの癖でライターに火をつけようとして、傷が痛んだのだろう。ついライターを落としてしまった。
それを菊子は拾い上げて、ついでに火をつけた。すると圭吾はその日で煙草に火をつけると、ライターを受け取る。
「……。」
思ったよりも距離が近かった。そして昼間のことを思い出して、少し距離をとる。
「菊子ちゃん。」
「はい。」
すると圭吾は少し笑って言う。
「蓮とつきあってどれくらいだろうか。」
「二ヶ月ほどです。」
「その間、セックスをした?」
その言葉に菊子の頬が赤くなる。
「そうですね。それなりに……。」
「だったら棗とは?」
「棗さん?」
どうして棗の名前が出たのだろう。菊子は少し不思議に思っていたが、圭吾の表情は変わらない。恋人が居てもセックスをする相手がいることというのはある話だ。
「……棗とはしている?」
「知り合いですか?」
「紅子から聞いたよ。紅子は母親に着いてきて、戸崎の家にはいったが天音さんという姉や幼かった弟は西川の家に残った。その家に親戚をたらい回しにされていた棗が入ってきたのだとね。だから紅子も知り合いではあるはずだ。」
「はい。そうですね、私もそのように聞いています。」
「そして今は君の家に居る。」
「……そうですね。大将が足を負傷してしまって……。」
「だからといって家にまで上がり込むことはないと思う。その間、君に手を出さないとも限らない。あの家で料理を習っている立場ならともかく、きっと職人としては成熟しているのだろう。どちらかというと恩を売っている立場だ。そんな君に手を出しても、大将たちは文句は言えないだろうし。」
その言葉に菊子は少し笑った。その様子に圭吾は奇妙に思う。笑うところがあるだろうかと。
「蓮も一緒に住んでいますから。」
「蓮も?」
その言葉に圭吾は心の中で舌打ちをする。だから全く手が出せないのだろう。
「えぇ。蓮の住んでいるアパートが耐震補強の工事をしているそうです。昼間に寝る仕事ですから、昼間に騒音があると寝られないとかで。」
「そんなに細かな神経の持ち主だったか。」
「棗さんも同じ事をいっていました。」
不機嫌そうに圭吾は煙草の灰を落とす。だからまだ離れられないのだ。
やがて公園に出ると、菊子はそのまま圭吾に頭を下げる。
「どうか。お元気で。」
街灯に照らされた菊子は、きらきらと光っているように思えた。ただの着物。それにいつも一つにくくっているだけの髪を、綺麗にまとめ上げているだけ。
それだけだった。
「菊子ちゃん。」
圭吾は声をかけると、煙草を捨てた。そしてその離れて行こうとする手を握る。
「何……。」
「握手だよ。さっきもした。」
さっきの女医さんともしていた。それと同じ感覚なのだろうか。菊子は足を止めて、その手を握る。大きな手だ。それに温かい。蓮とも棗とも違う手だった。
「世話になった。」
「いいえ。大したことは……。」
「そして……これからも……。」
「え?」
そのとき公園に横付けされた車から誰かが降りてきた。そして菊子は口をそのままタオルで塞がれると、引きずるようにその車に連れ込まれる。
「んー!」
車に一緒に乗ってきたのは圭吾だった。
「出せ。」
体を捕まれて口を塞がれている。じたばたしてもふりほどけそうになかった。
「……やはり甘い奴らだ。」
圭吾は薄く笑いながら、逃げられなくてじたばたしている菊子をおもしろそうに見ていた。
菊子が連れてこられたのは、繁華街のはずれにあるマンションの地下駐車場だった。体の大きな男に後ろ手を捕まれ、タオルで口をふさがれている。その腕が菊子の後ろの手を捕まれて、逃げられない。
そのときそのコンクリートの床に、ちょっとした石があり足を取られた。それで体がぐっと前に倒れそうになる。
急に体重がかかったからだろう。男も思わず手を離してしまった。手で支えられずに、菊子はそのまま正面から倒れ込んでしまう。
「何をしている。」
先をいっていた圭吾はおもしろそうにこちらを振り返った。今だ。菊子はそのまま膝で起きあがると、階段を目指した。
「逃げた!」
しかしぐっと帯を捕まれる。そして後ろに引き寄せられた。
「逃げようと思わないことだ。菊子。今度逃げたらいいものを打つからな。」
ぞっとした。知加子が捕まったからといって、村上組の薬の出所が変わったわけではないのだ。
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