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恋人と愛人
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蓮は裏口から出て、携帯電話をみる。着信がある。その番号に見覚えはない。普段ならそんな番号にかけたりはしない。面倒だから。
だが以前それを無視して大変なことになったのだ。菊子が信次にさらわれたのだ。そんな真似は二度としたくない。
タバコをくわえてその番号に電話をする。
「もしもし。あぁ。武生か。誰かわからなかったな。誰から……あぁ、気にするな。」
どうやら菊子からこの番号を聞いたらしい。相談したいことがあるのだ。それは菊子越しには聞けないことらしい。
「……誰が言った。」
あまり上機嫌で聞ける話ではなかった。菊子を棗の元に行かせないと、武生は組に入らないといけない。武生はそこで知加子を待つことも出来る。だが、組に入るのは本意ではない。
「……それくらいならお前の兄ならやるだろう。頭は悪いが、それなりに頭を使っているらしい。」
だから何だ。別れてくれとでも言うのだろうか。菊子を棗に渡せと言うのだろうか。
「武生。どうすればいいかというのは、お前が考えることだ。そして菊子もどうしたいか本人の自由だろう。……俺か?俺は菊子を渡す気はない。そっちがどんなに脅そうと、菊子は渡さない。……それにそれ以上に、家に帰るつもりもない。」
おとなしく家の備えてくれた地位に就く気もない。その器ではないのは自分でもわかるから。
「もしお前が菊子と俺を自分のために離そうと思うのだったら、容赦はしない。」
電話を切り、タバコを消す。
おそらく今日あの東という男が来たのは、たまたまではない。おそらく蓮にこんなライブハウスではなく、会社に呼びたいのだろう。そのときは上京が条件だ。
「……。」
さすがに上京すれば親の目も届かない。好きなことをして暮らしていけるだろう。条件を聞けば、今よりも余裕のある暮らしは出来そうだ。だがそのためには菊子と離れないといけないだろう。少なくとも半年。
その時間があれば、菊子は棗の手に落ちる。急速に惹かれたのだ。心変わりもその分早いはずだ。だが自分はずっと菊子を思うだろう。惨めだ。きっと周り華やかでも菊子のいない毎日は、きっとモノクロだ。
蓮は吸い殻を携帯灰皿にしまうと、店に戻っていく。ホールにはもう客はいない。
「百合。交代する。」
バイトも帰って行った。あとはステージ上のメンテナンスと、金の計算だ。金の計算は百合がする。蓮はステージ上を明日も使えるようにするのだ。
グラスを拭き終わった百合は少し笑う。
「それにしても蝶子って昔と変わらないわね。いくつになったのかしら。」
「さぁ……。俺は見たことがないが、現役でAVに出ていたときが二十歳そこそこだと言っていたな。」
「梅子ちゃんが菊子ちゃんと同じ歳だから、三十代中盤か、四十代ね。若いのは恋人が若いからかしら。」
「……さぁな。着飾ってなんぼの世界なんだろう。そんな話をしていたな。」
蓮はそう言ってステージの方へ向かっていく。
「ねぇ。蓮。」
「何だ。」
「プロのために上京するのも一つの道じゃない?」
その言葉に蓮は百合の方をみる。だが百合は真面目に答えているのだ。
「……俺はプロにはなれない。」
「昔はパンクしかしたくないって言ってたのに、今はジャズだってスカだって、フォークだって演奏するじゃない。」
「望まれるからな。」
「だったらそっちも望まれているんじゃないの?」
その言葉に蓮は百合の方へ向かっていく。
「お前、俺がプロになった方が良いと思うのか。」
「と言うか……社命だったらどうするの?」
「……社命?」
「逆らえば自分の首が締まるわ。そうなれば菊子ちゃんともいれないし、またいろんな職を転々とするの?」
その言葉に蓮は黙ってしまった。蓮はここの会社の社員だから守られているようなものだ。もしここを出れば、戸崎の家が黙っていないだろう。
「……家に帰るか、プロになるかしかないとはな。」
どちらもイヤだ。なんて言えないのだろう。
「あなたが思う以上に、世の中って厳しいのよ。甘く見てたツケが回ってきたわね。」
百合はそう言って裏に入っていく。
永澤の家に帰ってきた蓮は、自分の部屋に入る。そして下着を用意して風呂場へ向かった。だが湯船に入っても、体を洗ってもその気分は払拭されない。
どちらの道を選んでも菊子と離れてしまう。菊子をおいて上京などしたくない。それに菊子もそれを望んでいるとは思えないだろう。小さい頃から両親から子の家に預けられ、女将さんや大将には恩義を感じているに違いない。専門学校だって、この町の近くを選択肢にいれたのは二人を思ってのことだった。
だったら一緒に上京など出来ない。
風呂から上がると、蓮は菊子の部屋の前で足を止めた。そしてドアノブを引く。しかし鍵がかかっているようだった。ため息をつくと、蓮は自分の部屋に戻ろうと足をすすようとする。そのときだった。
「蓮?」
菊子の声が聞こえる。どうやら音で起きてしまったらしい。
「寝てて良い。明日も早いんだろう。」
しかし菊子は首を横に振る。
「……どうしたんだ。」
すると菊子は手を伸ばして蓮のシャツの裾を握った。
「暗い顔をしているわ。何かあったの?」
その言葉に蓮は思わずその部屋の中にはいる。そして菊子の体を抱きしめた。
「……菊子。」
蓮が泣きそうだ。その抱きしめる腕が震えていたから。
「蓮。」
「今夜は寝れそうにない。ここで抱きしめたら寝れるかもしれない。居て良いか?。」
「うん……。」
菊子は何も知らない。ただ蓮のその言葉に、うなずくしかなかった。事情はわからない。だが菊子はただ蓮を抱きしめるしかなかった。
ベッドに横になり抱きしめると、菊子はすぐに寝息をたてた。疲れているのかもしれない、この温もりを逃したくない。そう思えたのは初めてだった。
離れたくない。だったら自分のものにしよう。蓮は菊子を抱きしめる腕に力をいれる。
だが以前それを無視して大変なことになったのだ。菊子が信次にさらわれたのだ。そんな真似は二度としたくない。
タバコをくわえてその番号に電話をする。
「もしもし。あぁ。武生か。誰かわからなかったな。誰から……あぁ、気にするな。」
どうやら菊子からこの番号を聞いたらしい。相談したいことがあるのだ。それは菊子越しには聞けないことらしい。
「……誰が言った。」
あまり上機嫌で聞ける話ではなかった。菊子を棗の元に行かせないと、武生は組に入らないといけない。武生はそこで知加子を待つことも出来る。だが、組に入るのは本意ではない。
「……それくらいならお前の兄ならやるだろう。頭は悪いが、それなりに頭を使っているらしい。」
だから何だ。別れてくれとでも言うのだろうか。菊子を棗に渡せと言うのだろうか。
「武生。どうすればいいかというのは、お前が考えることだ。そして菊子もどうしたいか本人の自由だろう。……俺か?俺は菊子を渡す気はない。そっちがどんなに脅そうと、菊子は渡さない。……それにそれ以上に、家に帰るつもりもない。」
おとなしく家の備えてくれた地位に就く気もない。その器ではないのは自分でもわかるから。
「もしお前が菊子と俺を自分のために離そうと思うのだったら、容赦はしない。」
電話を切り、タバコを消す。
おそらく今日あの東という男が来たのは、たまたまではない。おそらく蓮にこんなライブハウスではなく、会社に呼びたいのだろう。そのときは上京が条件だ。
「……。」
さすがに上京すれば親の目も届かない。好きなことをして暮らしていけるだろう。条件を聞けば、今よりも余裕のある暮らしは出来そうだ。だがそのためには菊子と離れないといけないだろう。少なくとも半年。
その時間があれば、菊子は棗の手に落ちる。急速に惹かれたのだ。心変わりもその分早いはずだ。だが自分はずっと菊子を思うだろう。惨めだ。きっと周り華やかでも菊子のいない毎日は、きっとモノクロだ。
蓮は吸い殻を携帯灰皿にしまうと、店に戻っていく。ホールにはもう客はいない。
「百合。交代する。」
バイトも帰って行った。あとはステージ上のメンテナンスと、金の計算だ。金の計算は百合がする。蓮はステージ上を明日も使えるようにするのだ。
グラスを拭き終わった百合は少し笑う。
「それにしても蝶子って昔と変わらないわね。いくつになったのかしら。」
「さぁ……。俺は見たことがないが、現役でAVに出ていたときが二十歳そこそこだと言っていたな。」
「梅子ちゃんが菊子ちゃんと同じ歳だから、三十代中盤か、四十代ね。若いのは恋人が若いからかしら。」
「……さぁな。着飾ってなんぼの世界なんだろう。そんな話をしていたな。」
蓮はそう言ってステージの方へ向かっていく。
「ねぇ。蓮。」
「何だ。」
「プロのために上京するのも一つの道じゃない?」
その言葉に蓮は百合の方をみる。だが百合は真面目に答えているのだ。
「……俺はプロにはなれない。」
「昔はパンクしかしたくないって言ってたのに、今はジャズだってスカだって、フォークだって演奏するじゃない。」
「望まれるからな。」
「だったらそっちも望まれているんじゃないの?」
その言葉に蓮は百合の方へ向かっていく。
「お前、俺がプロになった方が良いと思うのか。」
「と言うか……社命だったらどうするの?」
「……社命?」
「逆らえば自分の首が締まるわ。そうなれば菊子ちゃんともいれないし、またいろんな職を転々とするの?」
その言葉に蓮は黙ってしまった。蓮はここの会社の社員だから守られているようなものだ。もしここを出れば、戸崎の家が黙っていないだろう。
「……家に帰るか、プロになるかしかないとはな。」
どちらもイヤだ。なんて言えないのだろう。
「あなたが思う以上に、世の中って厳しいのよ。甘く見てたツケが回ってきたわね。」
百合はそう言って裏に入っていく。
永澤の家に帰ってきた蓮は、自分の部屋に入る。そして下着を用意して風呂場へ向かった。だが湯船に入っても、体を洗ってもその気分は払拭されない。
どちらの道を選んでも菊子と離れてしまう。菊子をおいて上京などしたくない。それに菊子もそれを望んでいるとは思えないだろう。小さい頃から両親から子の家に預けられ、女将さんや大将には恩義を感じているに違いない。専門学校だって、この町の近くを選択肢にいれたのは二人を思ってのことだった。
だったら一緒に上京など出来ない。
風呂から上がると、蓮は菊子の部屋の前で足を止めた。そしてドアノブを引く。しかし鍵がかかっているようだった。ため息をつくと、蓮は自分の部屋に戻ろうと足をすすようとする。そのときだった。
「蓮?」
菊子の声が聞こえる。どうやら音で起きてしまったらしい。
「寝てて良い。明日も早いんだろう。」
しかし菊子は首を横に振る。
「……どうしたんだ。」
すると菊子は手を伸ばして蓮のシャツの裾を握った。
「暗い顔をしているわ。何かあったの?」
その言葉に蓮は思わずその部屋の中にはいる。そして菊子の体を抱きしめた。
「……菊子。」
蓮が泣きそうだ。その抱きしめる腕が震えていたから。
「蓮。」
「今夜は寝れそうにない。ここで抱きしめたら寝れるかもしれない。居て良いか?。」
「うん……。」
菊子は何も知らない。ただ蓮のその言葉に、うなずくしかなかった。事情はわからない。だが菊子はただ蓮を抱きしめるしかなかった。
ベッドに横になり抱きしめると、菊子はすぐに寝息をたてた。疲れているのかもしれない、この温もりを逃したくない。そう思えたのは初めてだった。
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