夏から始まる

神崎

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兄のように

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 コンビニの雑誌コーナーで一つ雑誌を手にする。そこには政治家の汚職、ヤクザの裏金、隣の国の半グレのこと。どちらにしても中年のおじさんが好んでみるような雑誌だろう。
 その中のカラーのページにグラビアの写真が写っている。中には胸がほとんど見えていて、ぎりぎり乳首が見えるか見えないかという水着を着た女性もいた。
 そして巻末。次号の予告に次に乗る話題がある。そしてその片隅に、グラビアの予告もあり数人の水城の女性が笑顔で映っていた。その中に梅子の姿もある。
 こうしてみればとても美人だ。母親もこういう仕事をしていたのだと言うから、血は争えない。そう思いながら雑誌を元に戻した。そのとき啓介の携帯電話にメッセージが届く。それをみて啓介はドリンクコーナーに立ち寄って缶コーヒーを一つ手にすると、レジへ向かった。
 外に出ると、まだ夕方と言うには早い時間だ。自分の住む町ではなく、この少し離れた町へやってきたのは梅子の指定だった。
 どうやらさっき手にした雑誌のせいで、梅子がインターネットで噂になっているらしい。賞賛の声もあるが、そのほとんどは憶測だった。しかしその憶測の中にはかなり当たっているものもあった。
 誰とでもセックスをさせる股の緩い女。
 その通りだったから弁解のしようもない。だから自分の住む町ではなく、少しでも遠くの街で会うようにしていたのだ。繁華街の近く。その辺は人が多い。雑踏に紛れれば、わからないだろうと思う。
「……。」
 指定されたところは、居酒屋の前。まだ開いてはいない。そこに立つと、缶コーヒーをあけて口を付ける。少し甘いコーヒーだ。新製品だからと思って買ったが、失敗したかもしれない。そう思いながら周りを見渡した。
 知り合いなどいないと思っていたのに、ふと見覚えのある人を見つけた。それは菊子だった。まずい。菊子と梅子は仲がいいのだ。こんなところをみられたら、責められるに違いない。そう思っていた。だが改めて菊子をみると、隣には棗がいる。
「棗?」
 棗は古い知り合いだった。大学の時に、バイトをしていた居酒屋で厨房を担当していたはず。もっとも余計なことをしすぎてすぐにいなくなったが、面倒見がよくて男女関係なく慕われていた。
 そういえば菊子が行きたがっていた学校の講師をしていると言っていた。オープンスクールの時に、知り合ったのかもしれない。だがその距離は近く、まるで恋人か何かのようだと思った。
「お待たせ。」
 そのとき声をかけられて、啓介は我に返った。そこにはいつも下ろしている髪を、ポニーテールにくくってメガネをかけた梅子がいる。梅子なりの変装のつもりなのかもしれない。
 梅子自身も、その噂を知っているからだろう。
「どうしたの?何かぼんやりしてて。」
「……いいや。ちょっと知り合いかもしれないって奴がいてな。」
「そっか。厳しいよね。こんなに近い街だったら、知り合いもいるかもしれないし。」
 離婚調停中だ。だから正確にはまだ離婚していない。だからこうしておおっぴらに梅子と会うことも出来ない。
 それにこうしていることは雑誌のグラビアに載るようになってきた梅子にとってもマイナスだ。それでも続けたいと思う。忘れられないから。
「どこへ行く?」
「そうね。ご飯は食べた?」
「軽くな。とりあえず車停めてるから。そこまで行くか。」
 その居酒屋の近くにある立体駐車場へ向かう。一階は月極駐車場が主だが、まだ空きはあってそこに停めたのだ。
 見覚えのある少し大きめの赤い車は、子供が出来たからチャイルドシートのためだった。だがそのチャイルドシートはもう取り外されている。子供がもうこの車に乗ることはない。
 助手席に梅子が乗るのをみて、啓介はエンジンを入れた。
「梅子は、このまま芸能人にでもなるのか?」
「ならない。」
 この間、中本からその話がきた。しかし母はそれを反対したのだ。
「どうせあんたの会社も「蝶子」の娘だからって取りたいって言ってるんでしょ?」
 どこにいても「蝶子」の娘というのはついて回るのだ。母はそれを危惧していた。
「写す側になりたい。」
 この街には、映像関係の専門学校がある。もちろん大学にもそういうところがあるが、高校三年生の夏からそんな芸術関係の大学を目指すというのは無謀にもほどがある。
 だったら専門学校で学んでから、大学を目指しても良い。そのまま就職しても良いと思っていたのだ。
「どうして写す側に?」
「写されるとどうしても「蝶子」の娘ってのがついて回るもん。そのうちAVなんかに出ないかって言われるのがオチだわ。啓介はイヤじゃない?あたしがAV出るの。」
「俺はいつでもイヤだよ。」
「何で?」
「あんな裸みたいな格好をして雑誌に載ってる姿を見るの。どんな奴がみてるかわからないし、その水着の下を想像しながらオ○ニーしてるんだろ?ムカつかない方が無理だ。」
 その言葉に、運転席に座っている啓介に梅子は抱きついた。
「嬉しい。」
 嬉しいが、ここは外だ。一階で街路樹の向こうには行き交う人がいるのだ。啓介は勢いで抱きついてきた梅子の体を離す。
「ここではまずい。でも……しばらくばたばたしていたからな。どこに行きたい?」
「あたしも、啓介も一番行きたいところがあるよ。」
 その言葉におもわず軽くキスをする。誰にみられているかわからないのに、止められなかった。
 唇を離してサイドブレーキに手をかけようとしたときだった。
 二人の男女が月極駐車場の方へ歩いていく。
「アレは……。」
 菊子と棗だった。それに梅子も気が付いたらしい。しかし梅子は驚いた様子もなかった。菊子と棗が知り合いであることは、どうやら知っているらしい。
「あ、菊子。と……棗さんだっけ。」
「知っているのか?」
「祭りの時に会ったわ。そういえば料理人の人って言ってたね。」
 あのとき少しいらいらしていて、菊子に棗をけしかけたのだ。激しく抵抗したようだが、今の二人をみるとそう険悪ではないような感じだ。
 それに棗の手には大きめのボストンバッグが握られている。どこか旅行にでも行ってきたのだろうか。
「どうしてこんなところにいるのかしら。」
「デートって感じか?棗はお勧めできないんだけどな。」
 その言葉に梅子は少し笑う。確かに少しけしかけただけで、手を出してくるような男だ。尻が軽いに決まっている。そんな男に菊子が転ぶわけがない。だいたい、菊子には蓮がいるのだ。
「菊子の彼氏はあの人じゃないよ。菊子の彼氏は……。」
 菊子たちは梅子たちに気が付かないように、少し離れたところにおいてあった月極のスペースに置かれていた赤い車に乗り込んだ。エンジンをかけて出て行くのかと思ったのに、棗が菊子の肩をシートに押しつける。そしてそのままキスをしたようにみえた。
「……。」
「あいつ……。」
 啓介はため息を付いて、梅子の方をみる。だが梅子は口を押さえて、驚きを隠せないようだった。
「……え……。嘘……。何してんの。菊子。」
「……どうした。」
「菊子の彼氏って、あの人じゃないの。」
「キスしてたな。」
「……何でさせてんのよ。バカ。」
 エンジン音が駐車場内に響き、そのまま菊子たちは行ってしまった。
「あいつ、手が早いからな。」
「……知り合いなの?棗さんと。」
「昔、バイト先で一緒になってた。気に入った女にいつもちょっかいを出してたな。」
 そんな人に菊子をあげたくない。それに菊子が黙ってキスなんかされているわけがない。きっと、立場を利用している。
 そう思わないと、蓮に次に会ったときどんな顔をしていいのかわからない。
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