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温泉街
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昌樹たちの出番は、後一つバンドが終わってから。後三十分といったところだろう。昌樹たちはその順番を見て少し苦笑いをしていた。
「地元バンドの後かよ。運が悪いよな。」
「ファンが多いんでしょ?」
涼子はそう言ってわずかに見えるステージをみる。
「らしいな。客も集まってきた。」
明らかに贔屓のバンドらしく、声援を送る女の声が聞こえる。
「あいつ等終わったら帰るとか言うんじゃないだろうな。」
「さぁ……でも帰らせないだろ?」
昌樹はそう言ってドラムの男をみる。
「あぁ。」
友紀はその様子に笑いながら言った。
「自信がなければやらない。昌樹はいつもそう言っていたわね。」
店もバンドもそして結婚も、友紀を養えるという自信があったから結婚した。だから店を出して一ヶ月で結婚した。自信があったからだ。
だから守りに入っている蓮がとても弱く見えたのだ。図体は大きいのに、気は小さいことに苛つきを覚える。
プロになっても菊子を養える。その自信はないのだろうか。ただのバーの店員として、そしてベースなどの楽器を教えるだけでいいのだろうか。
そのときだった。
ステージでバチンという大きな音が聞こえた。そしてすぐに焦げ臭い臭いがする。
「きゃああああ!」
女の叫び声。昌樹は急いでテントをでる。するとステージは炎に包まれていた。
「消せ!消火器だ!」
テントの中に消火器があったはずだ。昌樹はテントの中に戻ると、その片隅にあった消火器を手にしてステージにあがる。
そして日から身を守るようにしていたバンドのメンバーを後目に、火を消していく。
鎮火したステージは焦げ臭い臭いと、消火器の白い粉で覆い尽くされた。
「……大丈夫か?」
昌樹が声をかけると、バンドのメンバーの一人が安心したように膝から座り込んだ。
「ありがとう。急にアンプから火がでたの。」
ボーカルの女が昌樹に声をかける。ドレッドヘアの女性だった。
「これか。漏電してたな。コードが切れかけてる。」
そう言って粉まみれのギターのコードをつまみ上げた。
「電源切ったか?コンセントは?」
「抜いた。悪かったな。お前等の前で。」
そう言ってバンドマスターである男が、サックスを持ったまま昌樹に声をかけた。
「いいや。でも……。」
ステージから観客席をみる。突然火がでたので、客がパニックになっているようだった。泣き叫ぶ子供の声や、ここから立ち去ろうとしている人たちも多い。
「……すいません。ステージもこれですし……今日は中止ということで……。」
申し訳なさそうに遅れてきた実行委員の男がステージに上がってきた。
「……仕方ないな。俺らのわがままも言えないし。」
今までなんだかんだあっても練習をしてきたのに、こんなことですべてが水の泡になる。昌樹はそれが一番悔しかった。
「アナウンスを流しますので……。」
そのときだった。ステージ脇の屋台の方から音楽が聞こえた。
「何だ?こんな時に。」
音楽につられて、客足が止まる。昌樹もステージを降りて、そちらを見た。
音楽が流れているのは屋台の一角。足を進めて、そこへ行くと「rose」の屋台の前で、菊子が歌を歌っていた。その横には蓮がベースを弾き、その隣には棗がアコースティックギターを弾いている。百合もドラム代わりでコンテナを手で叩いていた。
曲は今日、昌樹たちが演奏する予定だった曲。菊子は少し笑いながら歌っていたように思える。そして蓮も、棗も生き生きとしている。百合がふと昌樹の方に気がついて、視線だけでこちらへ来るように促した。
「なぁ。昌樹さん。」
振り返るとドラムの男が、スネアドラムとスタンドを持っている。
「これだけで良いかな。」
「……え?」
すると後ろから友紀がサックスを持って、笑っていた。
「良いわね。あたしも参加しよう。みんな行く?」
「もちろん。ステージなんか無くても音楽は出来るでしょ?」
いつの間にか人だかりが出来ていた。逃げようという人たちはもういない。
組み立てられたキーボードは土の上であまり安定しない。チューニングしていない管楽器もある。ミスだってたくさんあるし、昌樹も歌詞を何度も間違えた。
だが菊子はそれが楽しくて仕方ない。
ベースを弾いていた蓮は少し笑いながら、菊子を見た。少し支えながら弾いているキーボードは、落ち着かないのだろう。それでも菊子は笑顔だった。
だが蓮は観客の人混みの中に、一人の女がいることに気がついた。
「……。」
それは綾だった。サングラスをして帽子をかぶっているが、あの銀色とも白とも言えるふわふわの特徴的な髪は、誤魔化しようがない。
だがそれは一瞬。綾は集まってくる人混みをかき分けて、行ってしまった。
バンへ戻ってきた海斗は、開口一番菊子を誉めた。
「すごい声だったな。上手いし、音程とれてるし、声でかいし。」
累はサングラスをはずして、うなずいた。
「確かに歌はうまかったな。」
「へぇ。累が誉めるなんて、明日雪か?」
「こんなに暑いのに?」
しかし文也は首を傾げていた。その様子に明人が声をかける。
「文也。どうしたんだ。」
「あの女さ……どっかで見たなと思って。」
「どっか?前の女か?」
からかうように明人がいうと、文也はため息をついていう。
「俺に女がいたことはない。」
「男ならとっかえひっかえだけどな。」
海斗の言葉に、文也は舌打ちをした。
「あの女……永澤英子の娘だって言ってたな。姿は確かににてないかもしれないし、永澤剛に似てるのかもしれないって思ったけど……。」
声質が違う。まるで他人だ。
そのときバンの扉が開いた。そこには綾がいる。
「綾。居たんじゃなかったのか。」
「……トイレ。」
綾も不機嫌そうにいすに座る。トイレに行ったと言っていたが、本当は菊子の歌を聴いたのかもしれない。だから不機嫌になったのだ。
だが明人は、こっそりと綾に近づいて聞く。
「蓮をみたか?」
「……余計な世話よ。」
「そばで歌ってた女は?」
「……。」
「あれが永澤菊子だってさ。」
「……ホストと歌わせたいって言ってた子?ホストがどれくらい歌えるのか知らないけど、あんな子とあたしだったら歌いたくない。」
「比べられるからか?」
「……ふーんだ。明人ったら意地悪。」
帽子を取って綾は言う。
「所詮、お金にならない歌でしょ?だったら気楽よね。」
「綾。」
そのときバンに西が戻ってきた。そして五人に言う。
「歌を聴いたか?」
「あぁ。上手いボーカルだった。西さんはデビューさせたいの?あの子。」
「……そうだな。それにあの子がデビューすれば、ちょっとした騒ぎになるだろうし。」
確信はない。だが菊子がもし歌手になれば、それは公になるだろう。
「地元バンドの後かよ。運が悪いよな。」
「ファンが多いんでしょ?」
涼子はそう言ってわずかに見えるステージをみる。
「らしいな。客も集まってきた。」
明らかに贔屓のバンドらしく、声援を送る女の声が聞こえる。
「あいつ等終わったら帰るとか言うんじゃないだろうな。」
「さぁ……でも帰らせないだろ?」
昌樹はそう言ってドラムの男をみる。
「あぁ。」
友紀はその様子に笑いながら言った。
「自信がなければやらない。昌樹はいつもそう言っていたわね。」
店もバンドもそして結婚も、友紀を養えるという自信があったから結婚した。だから店を出して一ヶ月で結婚した。自信があったからだ。
だから守りに入っている蓮がとても弱く見えたのだ。図体は大きいのに、気は小さいことに苛つきを覚える。
プロになっても菊子を養える。その自信はないのだろうか。ただのバーの店員として、そしてベースなどの楽器を教えるだけでいいのだろうか。
そのときだった。
ステージでバチンという大きな音が聞こえた。そしてすぐに焦げ臭い臭いがする。
「きゃああああ!」
女の叫び声。昌樹は急いでテントをでる。するとステージは炎に包まれていた。
「消せ!消火器だ!」
テントの中に消火器があったはずだ。昌樹はテントの中に戻ると、その片隅にあった消火器を手にしてステージにあがる。
そして日から身を守るようにしていたバンドのメンバーを後目に、火を消していく。
鎮火したステージは焦げ臭い臭いと、消火器の白い粉で覆い尽くされた。
「……大丈夫か?」
昌樹が声をかけると、バンドのメンバーの一人が安心したように膝から座り込んだ。
「ありがとう。急にアンプから火がでたの。」
ボーカルの女が昌樹に声をかける。ドレッドヘアの女性だった。
「これか。漏電してたな。コードが切れかけてる。」
そう言って粉まみれのギターのコードをつまみ上げた。
「電源切ったか?コンセントは?」
「抜いた。悪かったな。お前等の前で。」
そう言ってバンドマスターである男が、サックスを持ったまま昌樹に声をかけた。
「いいや。でも……。」
ステージから観客席をみる。突然火がでたので、客がパニックになっているようだった。泣き叫ぶ子供の声や、ここから立ち去ろうとしている人たちも多い。
「……すいません。ステージもこれですし……今日は中止ということで……。」
申し訳なさそうに遅れてきた実行委員の男がステージに上がってきた。
「……仕方ないな。俺らのわがままも言えないし。」
今までなんだかんだあっても練習をしてきたのに、こんなことですべてが水の泡になる。昌樹はそれが一番悔しかった。
「アナウンスを流しますので……。」
そのときだった。ステージ脇の屋台の方から音楽が聞こえた。
「何だ?こんな時に。」
音楽につられて、客足が止まる。昌樹もステージを降りて、そちらを見た。
音楽が流れているのは屋台の一角。足を進めて、そこへ行くと「rose」の屋台の前で、菊子が歌を歌っていた。その横には蓮がベースを弾き、その隣には棗がアコースティックギターを弾いている。百合もドラム代わりでコンテナを手で叩いていた。
曲は今日、昌樹たちが演奏する予定だった曲。菊子は少し笑いながら歌っていたように思える。そして蓮も、棗も生き生きとしている。百合がふと昌樹の方に気がついて、視線だけでこちらへ来るように促した。
「なぁ。昌樹さん。」
振り返るとドラムの男が、スネアドラムとスタンドを持っている。
「これだけで良いかな。」
「……え?」
すると後ろから友紀がサックスを持って、笑っていた。
「良いわね。あたしも参加しよう。みんな行く?」
「もちろん。ステージなんか無くても音楽は出来るでしょ?」
いつの間にか人だかりが出来ていた。逃げようという人たちはもういない。
組み立てられたキーボードは土の上であまり安定しない。チューニングしていない管楽器もある。ミスだってたくさんあるし、昌樹も歌詞を何度も間違えた。
だが菊子はそれが楽しくて仕方ない。
ベースを弾いていた蓮は少し笑いながら、菊子を見た。少し支えながら弾いているキーボードは、落ち着かないのだろう。それでも菊子は笑顔だった。
だが蓮は観客の人混みの中に、一人の女がいることに気がついた。
「……。」
それは綾だった。サングラスをして帽子をかぶっているが、あの銀色とも白とも言えるふわふわの特徴的な髪は、誤魔化しようがない。
だがそれは一瞬。綾は集まってくる人混みをかき分けて、行ってしまった。
バンへ戻ってきた海斗は、開口一番菊子を誉めた。
「すごい声だったな。上手いし、音程とれてるし、声でかいし。」
累はサングラスをはずして、うなずいた。
「確かに歌はうまかったな。」
「へぇ。累が誉めるなんて、明日雪か?」
「こんなに暑いのに?」
しかし文也は首を傾げていた。その様子に明人が声をかける。
「文也。どうしたんだ。」
「あの女さ……どっかで見たなと思って。」
「どっか?前の女か?」
からかうように明人がいうと、文也はため息をついていう。
「俺に女がいたことはない。」
「男ならとっかえひっかえだけどな。」
海斗の言葉に、文也は舌打ちをした。
「あの女……永澤英子の娘だって言ってたな。姿は確かににてないかもしれないし、永澤剛に似てるのかもしれないって思ったけど……。」
声質が違う。まるで他人だ。
そのときバンの扉が開いた。そこには綾がいる。
「綾。居たんじゃなかったのか。」
「……トイレ。」
綾も不機嫌そうにいすに座る。トイレに行ったと言っていたが、本当は菊子の歌を聴いたのかもしれない。だから不機嫌になったのだ。
だが明人は、こっそりと綾に近づいて聞く。
「蓮をみたか?」
「……余計な世話よ。」
「そばで歌ってた女は?」
「……。」
「あれが永澤菊子だってさ。」
「……ホストと歌わせたいって言ってた子?ホストがどれくらい歌えるのか知らないけど、あんな子とあたしだったら歌いたくない。」
「比べられるからか?」
「……ふーんだ。明人ったら意地悪。」
帽子を取って綾は言う。
「所詮、お金にならない歌でしょ?だったら気楽よね。」
「綾。」
そのときバンに西が戻ってきた。そして五人に言う。
「歌を聴いたか?」
「あぁ。上手いボーカルだった。西さんはデビューさせたいの?あの子。」
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