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小屋の中は、うだるような暑さだった。飲んだ水もすぐに汗になって出ていくようだ。
そんな中、男が一人巨大な釜の中をこれまた大きな木べらで天日干しをしてあらかた塩になっている結晶をかき混ぜている。その木べらには塩らしき結晶が付いていた。それをずっとかき混ぜているのだ。
「一時間が限界だけどな。」
男の名前は西川済。西川辰雄の従兄弟になるらしい。辰雄とはタイプは違うが、これはこれでモテそうな感じではある。黒い肌、さわやかな笑顔。辰雄よりも柔らかい印象だった。
だが腕は毎日、大窯を木べらで混ぜているだけに丸太のように太い。そしてその右腕には黒い入れ墨があった。それは蓮のものと同じようなものだと思う。
「それにしても暑いですね。」
「四十度以上あるからな。武生は、夕べの酒も一気に出るかもな。」
そういって棗は武生に向かって少し笑った。だが武生はその様子をじっと見ているだけだった。そのとき済が、少しその出来立ての塩を手ですくう。
「ほら。出来立て。」
武生と菊子の手にそれを乗せる。
それを少し舐めてみて、二人で顔を見合わせた。
「すごい美味しい。」
「何だろう。普通の塩じゃないみたいだ。とげとげしくない。海水だけでこうなるんですか?」
「あぁ。すごいだろ?本当はもっと暑いところで作るべき何だろうけどな。俺はこの海で育ったし、この海が良いと思うから。」
「塩田は出来ないけどな。」
「そりゃ、塩田が一番良いに決まってる。けど、この国では無理だな。日照時間が短すぎるし。」
塩ならスーパーで一キロ百円で買えるときもある。だがこの塩はそんなものではない。菊子はこれで何を作れるかと想像していた。
「調味料でも良いけど、天ぷらとかで食べると美味しいかも。」
「だな。うちの天ぷらは、これで出してる。普通の塩よりも違う味に仕上がるんだ。」
「味が濃いから?」
「そう。塩味だけじゃないだろう?いろんな味がするからな。その場合衣にはよけいな味を付けない。魚やエビなんかを天ぷらにするときは、衣に塩を入れないときもある。」
「それが美味しいかもしれませんね。」
その様子に武生は少し違和感を感じた。さっきから感じていたことだが、どうも棗はずっと菊子を狙っているような感じがある。簡単に肩に手を置こうとしたりしているからだ。それに対して菊子はいつも拒否している。蓮がいるからだろう。
だがこうして食材について話しているときは全く違う。最初、菊子の師匠だと言っていたが、本当にそういう風に見えてきた。
「おーい。鶏肉持ってきたぞ。」
小屋の中に声が響いた。それは辰雄の声だった。
「辰雄。来たのか。」
「幾子さんに言って、野菜切ってもらってる。子供たちも帰るだろ?」
「あぁ。何か山の方に行って、山菜採ってくるって張り切ってたわ。」
「相変わらず逞しいな。ん?アレ?菊子ちゃん来てたのか。それに彼氏を連れてきたの?」
辰雄はにやにやしながら、菊子に聞いてきた。しかし菊子が否定する前に、棗が否定する。
「幼なじみなんだとよ。」
「へぇ。男と女が平行線で友達になれるなんてあるんだな。」
珍しそうに辰雄は二人をみる。
「もう一人いますから。」
菊子はそういって笑った。その間にも済はずっと大窯を掻き続ける。タオルで頭を巻いていて、首にもタオルが巻いてあるが追いついていないようだ。
額に大粒の汗を浮かべて、火を前にしている。Tシャツはすでに肌を透けるくらい汗をしみこませ、おそらく下着まで汗で濡れているだろう。武生はその様子をじっと見ていた。これもまたこの国の伝統的な製法で、今時の機械で作るものとは別物だ。この国にも知らない文化がある。そう知らされたような気がした。
海外へ行きたいと思っていた。だがこの国のことも自分にはまだ知らないところがあるのだ。
「おとーさん。グミの実が生ってた。それから、山桃も。」
入り口に三人の子供が顔をのぞかせた。済の長男の雅。その下の長女成子。一番下が次男の和。いずれも棗と顔見知りのようで、よくなついている。
「蛇がいてさ。すげぇでかいの。」
その言葉に菊子が青ざめた。
「蛇?」
「噛まないよ。おとなしい奴。毒もないし。」
「っていってもねぇ。」
菊子は武生と顔を見合わせた。
「都会っ子だな。蛇なんか、アナゴやウナギと変わらねぇよ。それにしても山桃か。焼酎につけると美味いんだよな。色が綺麗でさ。」
「あー。棗。」
釜の火を落として、済は台から降りた。
「お前が去年つけた山桃酒さ、良い感じで浸かってる。持って帰れよ。」
「やった。お前の所いいのか?」
「俺の所にあったら一瞬でなくなるわ。俺は飲まないけど、幾子と辰雄で瞬殺。」
笑いながらみんなで小屋の外に出た。目の前には一軒家。古い家をリフォームしているようで、他の家と馴染んでいるように見えた。辰雄の家は水回りなんかはさすがにガスを繋いでいたり、水道も繋げているが、ほとんどリフォームしていないので昔の家の感じが抜けきれなかったが、この家はちゃんと板敷きの洋室もある。
だがその家のそばには井戸がある。辰雄は気にしないで飲んでしまうが、さすがに子供たちのことを考えるとこの水は飲食には使っていないようだ。済は小屋を出るとシャツを脱いでその井戸から水をくむと頭から水をかぶった。
「あつー。」
「真冬でも暑いもんな。あの小屋。」
「だから一時間が限度。」
だがここで作られる塩は、都会では高く売られている。そこに卸すこともあるが、ほとんどが妻である幾子のインターネット販売だった。それも半年の順番待ちなのは、一人で作っているからだろう。
「ねぇ、あんた。炭をおこして。」
家から出てきたのは、背が低くぽっちゃりとした笑顔が可愛い女性だった。手には切った野菜や鶏肉が乗せられたトレーがある。
「バーベキューにするのか?中で食べようよ。暑くてさ。」
「炭の方が美味しいに決まってるでしょう?雅も、すいかを井戸で冷やして。」
「すいかもらったの?やった。」
そういって雅は家の中に入っていく。
「棗さん。何を飲む?ビール?」
「いいや。俺運転手だし、お茶で良いよ。」
「え?どうせその女の子に運転してもらうんじゃないの?だから飲むかと思ったのに。」
幾子の答えに、同じことを言うと辰雄も笑っていた。
「俺も勘違いしたけど、まだ高校生らしいよ。」
「あら、ごめんなさいね。大人っぽいから。」
幾子にしてみたら見上げるほど背の大きな菊子だ。だが細くて電信柱のようだと思う。
「いいえ。よく言われるんで。」
「勘違いされない?」
「はぁ……家が繁華街にあるんですけど、ほら、そういう店があるじゃないですか。」
「あぁ。コスプレバーみたいな。」
「だといいんですけど、デリヘルと間違えられることもあって。」
「やーねぇ。あたしもよく間違えられたものよ。」
手を振っていく子は笑った。
「え?」
「あたしほら、小さいでしょ?でも高校の時とか制服着てたし、そのままだと子供っぽいから化粧をしてたのよ。そしたら、デリヘル嬢と間違えられてさ。」
「はぁ……。」
「大人すぎても子供すぎても良くないわねぇ。」
しかしあの制服を着るのも、もうあと半年ほどしかない。それは武生もそうだった。ちらりと武生を見るが、武生は股小屋の中を入り口から見ている。どうやらここが気になるらしい。
「武生君。あとで天日干ししてるのも見るか?」
「あ、はい。」
気が進まないと言っていたのに、武生はこの塩を作る課程がとても気になるらしい。
そんな中、男が一人巨大な釜の中をこれまた大きな木べらで天日干しをしてあらかた塩になっている結晶をかき混ぜている。その木べらには塩らしき結晶が付いていた。それをずっとかき混ぜているのだ。
「一時間が限界だけどな。」
男の名前は西川済。西川辰雄の従兄弟になるらしい。辰雄とはタイプは違うが、これはこれでモテそうな感じではある。黒い肌、さわやかな笑顔。辰雄よりも柔らかい印象だった。
だが腕は毎日、大窯を木べらで混ぜているだけに丸太のように太い。そしてその右腕には黒い入れ墨があった。それは蓮のものと同じようなものだと思う。
「それにしても暑いですね。」
「四十度以上あるからな。武生は、夕べの酒も一気に出るかもな。」
そういって棗は武生に向かって少し笑った。だが武生はその様子をじっと見ているだけだった。そのとき済が、少しその出来立ての塩を手ですくう。
「ほら。出来立て。」
武生と菊子の手にそれを乗せる。
それを少し舐めてみて、二人で顔を見合わせた。
「すごい美味しい。」
「何だろう。普通の塩じゃないみたいだ。とげとげしくない。海水だけでこうなるんですか?」
「あぁ。すごいだろ?本当はもっと暑いところで作るべき何だろうけどな。俺はこの海で育ったし、この海が良いと思うから。」
「塩田は出来ないけどな。」
「そりゃ、塩田が一番良いに決まってる。けど、この国では無理だな。日照時間が短すぎるし。」
塩ならスーパーで一キロ百円で買えるときもある。だがこの塩はそんなものではない。菊子はこれで何を作れるかと想像していた。
「調味料でも良いけど、天ぷらとかで食べると美味しいかも。」
「だな。うちの天ぷらは、これで出してる。普通の塩よりも違う味に仕上がるんだ。」
「味が濃いから?」
「そう。塩味だけじゃないだろう?いろんな味がするからな。その場合衣にはよけいな味を付けない。魚やエビなんかを天ぷらにするときは、衣に塩を入れないときもある。」
「それが美味しいかもしれませんね。」
その様子に武生は少し違和感を感じた。さっきから感じていたことだが、どうも棗はずっと菊子を狙っているような感じがある。簡単に肩に手を置こうとしたりしているからだ。それに対して菊子はいつも拒否している。蓮がいるからだろう。
だがこうして食材について話しているときは全く違う。最初、菊子の師匠だと言っていたが、本当にそういう風に見えてきた。
「おーい。鶏肉持ってきたぞ。」
小屋の中に声が響いた。それは辰雄の声だった。
「辰雄。来たのか。」
「幾子さんに言って、野菜切ってもらってる。子供たちも帰るだろ?」
「あぁ。何か山の方に行って、山菜採ってくるって張り切ってたわ。」
「相変わらず逞しいな。ん?アレ?菊子ちゃん来てたのか。それに彼氏を連れてきたの?」
辰雄はにやにやしながら、菊子に聞いてきた。しかし菊子が否定する前に、棗が否定する。
「幼なじみなんだとよ。」
「へぇ。男と女が平行線で友達になれるなんてあるんだな。」
珍しそうに辰雄は二人をみる。
「もう一人いますから。」
菊子はそういって笑った。その間にも済はずっと大窯を掻き続ける。タオルで頭を巻いていて、首にもタオルが巻いてあるが追いついていないようだ。
額に大粒の汗を浮かべて、火を前にしている。Tシャツはすでに肌を透けるくらい汗をしみこませ、おそらく下着まで汗で濡れているだろう。武生はその様子をじっと見ていた。これもまたこの国の伝統的な製法で、今時の機械で作るものとは別物だ。この国にも知らない文化がある。そう知らされたような気がした。
海外へ行きたいと思っていた。だがこの国のことも自分にはまだ知らないところがあるのだ。
「おとーさん。グミの実が生ってた。それから、山桃も。」
入り口に三人の子供が顔をのぞかせた。済の長男の雅。その下の長女成子。一番下が次男の和。いずれも棗と顔見知りのようで、よくなついている。
「蛇がいてさ。すげぇでかいの。」
その言葉に菊子が青ざめた。
「蛇?」
「噛まないよ。おとなしい奴。毒もないし。」
「っていってもねぇ。」
菊子は武生と顔を見合わせた。
「都会っ子だな。蛇なんか、アナゴやウナギと変わらねぇよ。それにしても山桃か。焼酎につけると美味いんだよな。色が綺麗でさ。」
「あー。棗。」
釜の火を落として、済は台から降りた。
「お前が去年つけた山桃酒さ、良い感じで浸かってる。持って帰れよ。」
「やった。お前の所いいのか?」
「俺の所にあったら一瞬でなくなるわ。俺は飲まないけど、幾子と辰雄で瞬殺。」
笑いながらみんなで小屋の外に出た。目の前には一軒家。古い家をリフォームしているようで、他の家と馴染んでいるように見えた。辰雄の家は水回りなんかはさすがにガスを繋いでいたり、水道も繋げているが、ほとんどリフォームしていないので昔の家の感じが抜けきれなかったが、この家はちゃんと板敷きの洋室もある。
だがその家のそばには井戸がある。辰雄は気にしないで飲んでしまうが、さすがに子供たちのことを考えるとこの水は飲食には使っていないようだ。済は小屋を出るとシャツを脱いでその井戸から水をくむと頭から水をかぶった。
「あつー。」
「真冬でも暑いもんな。あの小屋。」
「だから一時間が限度。」
だがここで作られる塩は、都会では高く売られている。そこに卸すこともあるが、ほとんどが妻である幾子のインターネット販売だった。それも半年の順番待ちなのは、一人で作っているからだろう。
「ねぇ、あんた。炭をおこして。」
家から出てきたのは、背が低くぽっちゃりとした笑顔が可愛い女性だった。手には切った野菜や鶏肉が乗せられたトレーがある。
「バーベキューにするのか?中で食べようよ。暑くてさ。」
「炭の方が美味しいに決まってるでしょう?雅も、すいかを井戸で冷やして。」
「すいかもらったの?やった。」
そういって雅は家の中に入っていく。
「棗さん。何を飲む?ビール?」
「いいや。俺運転手だし、お茶で良いよ。」
「え?どうせその女の子に運転してもらうんじゃないの?だから飲むかと思ったのに。」
幾子の答えに、同じことを言うと辰雄も笑っていた。
「俺も勘違いしたけど、まだ高校生らしいよ。」
「あら、ごめんなさいね。大人っぽいから。」
幾子にしてみたら見上げるほど背の大きな菊子だ。だが細くて電信柱のようだと思う。
「いいえ。よく言われるんで。」
「勘違いされない?」
「はぁ……家が繁華街にあるんですけど、ほら、そういう店があるじゃないですか。」
「あぁ。コスプレバーみたいな。」
「だといいんですけど、デリヘルと間違えられることもあって。」
「やーねぇ。あたしもよく間違えられたものよ。」
手を振っていく子は笑った。
「え?」
「あたしほら、小さいでしょ?でも高校の時とか制服着てたし、そのままだと子供っぽいから化粧をしてたのよ。そしたら、デリヘル嬢と間違えられてさ。」
「はぁ……。」
「大人すぎても子供すぎても良くないわねぇ。」
しかしあの制服を着るのも、もうあと半年ほどしかない。それは武生もそうだった。ちらりと武生を見るが、武生は股小屋の中を入り口から見ている。どうやらここが気になるらしい。
「武生君。あとで天日干ししてるのも見るか?」
「あ、はい。」
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