夏から始まる

神崎

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 少し気分が良くなって、武生は菊子と棗とともにアーケードへ来ていた。蓮はそのまま一度家に帰って行ったのだ。さすがにもう少し眠りたいと思ったらしい。棗と二人ではないと言うだけで少し安心しているところもあった。
 「風見鶏」の前の道は狭い。なのにそこに黒い車と、小型のトラックがあった。中に段ボールをいくつも積んでいる男たちの額には汗が流れている。
 そして知加子の家にも寄ってみた。野次馬が珍しそうにトラックや車に荷物を積み込んでいる男たちを見ている。
「そんなことをするようには見えなかったけどな。」
「人は見かけに寄らないよ。変な国へ行くことも多かったようだ。あぁ。あの部屋はお香とかの匂いがとれそうにないねぇ。」
 管理人の老女は、また魔女のような笑い声をあげていた。だがふと武生の姿を見て、近寄ってきた。
「小泉さんとこの。」
「どうも。お世話になりました。」
「困ったもんだ。何年あっちにいるかわからないけど、あの部屋にはけちが付いちまったねぇ。」
「管理人さん。あの……あの部屋、俺が借りれませんか。」
「あんたが?」
「俺も検査されたけど俺は何も出てこなかったし、けちが付いた部屋だったら借りるの限られるんでしょ?」
「そうだけど……未成年だろう?保護者の許可が欲しいものだね。」
 保護者と聞いて、義母の顔が浮かんだ。だが義母が許すはずはない。もちろん父も許さないだろう。
「……武生。」
「おや。お姉さんとお兄さんかい?」
「いいえ。」
 同級生なのだが、まさか菊子まで年上に見られるとは思ってもなかった。
「友人です。」
「女を囲えるなんて、良い身分だねぇ。」
 魔女のような笑い声をあげて、また行ってしまった。ため息を付きながらその後ろ姿を見る。
「まぁ、今は仕方ねぇか。くそ。知加子から珍しいスパイスとか仕入れてたのにな。」
 積み込まれる段ボールの中には、そういったものもあるのだろう。
「まぁ、仕方ねぇな。じゃあ、行くか。」
「え?どこに?」
「塩を作ってるところ。特にお前にはいい刺激になると思うけどな。」
 武生を見ると、棗はニヤリと笑った。

 行き先は海のようだ。だがいつも通り棗の運転は荒い。途中で二日酔いがぶり返したような武生は、菊子と助手席を変わった。
「大丈夫?」
「うん。」
「情けねぇな。アレくらいの酒で酔うなんてな。」
 棗はそういって笑っていた。
「知加子はうわばみだったからな。」
「……棗さん。」
 知加子の名前に武生の顔が暗くなる。まだ知加子の名前を出すのは酷だと思った菊子が注意するように声をかけた。
「あいつ行った国々で、酒を買ってきてはおみやげなんて最初は手渡してくれたわ。珍しい酒があったり、スパイスとか仕入れてくれてな。」
「棗さん。もうやめてあげて。」
 菊子が言っても、棗は止めなかった。
「変な薬に手を出してんのも知ってた。じゃねぇと、しょっちゅう外国なんか行けねぇからな。」
「……。」
「でもあいつ自身は使ってない。なんて言ったかな。どっかの国で大麻かなんかをすりつぶした飲み物を飲んで、思いっきり吐いたって言ってたな。それ以来、あぁいうものは嫌らしい。」
 好奇心から口にしたのだろう。だが体に合う、合わないは体質的なものもあるのだろう。
「神聖なものって言ってました。」
 ずっと黙って聞いていた武生が口を開いた。それに菊子が少し驚いたように武生を見る。
「お、聞いたことがある?」
「えぇ。でもそのあと、吐くは出るわ、おまけに気分が悪くなったって。」
「バッドトリップだな。」
「……何でも口にしていたから。いつだったか、虫も食べたって。」
「あれだな。こっちの国でも食べるけど、虫って案外美味いんだよ。」
 少しずつ、武生の口が軽くなる。知加子のことを思いだしているのかもしれない。
「お前も行ってみたいと思ってたのか?」
「はい。一緒にいつか行けたらって。」
「……発展途上国なら行けるかもな。あっちは緩いし、ヤクザだっていることもあるんだ。」
「……。」
「良いじゃねぇか。知加子だってそれくらいにならないと出てこれねぇよ。それまでしっかり勉強してろよ。」
「そうします。」
 蓮も同じことを言っていた。いがみ合っているのに、やはり言うことは同じなのだ。よく似ている二人だと思う。だが菊子が好きなのはやはり棗ではなく、蓮なのだ。
「海が見えてきたな。」
 ここはいつか来た、信次の持っているマンションの近くだった。どこからでも目立つ高層マンションがあり、そこにいつか知加子を連れ込んだのだ。
 今日はいい天気だが風が強くて、サーファーたちが沖に出ている。いい波が立っているらしい。
「夜しか来たこと無いな。でも気持ちいい。」
「来たことがあるの?」
 意外そうに菊子が聞くと、武生は少し思いだしたようにいった。
「少し前に、知加子が蓮さんのお兄さんに連れて行かれたことがあったんだ。そのときここに連れてこられて、兄さんと、蓮さんで来たことがある。」
「あぁ。なんかそんなことがあったって聞いてる。」
「……どうせ、あれだろ?そこの嫌みなマンションとかに部屋があるんだろう?」
「最上階でした。」
「だろうな。金持ちだから仕方ねぇけど。」
 そのときふと、菊子は海岸に目を留めた。そこには大きなパラソルや、テントが張っていた。どうやら何かの撮影らしい。
「……撮影しているわ。」
「へぇ。こんな田舎にテレビカメラか?」
「じゃないみたい。」
 よく見ると水着の若い女性がいる。肌も露わなビキニだ。
「すごい。あんな格好出来ないな。」
「へぇ。ちょっと停めるか。」
 興味があるのだろう。棗は海岸沿いの駐車場に車を停めると、外にでた。むわっとした空気が体を包む。
「ひゃー。いい体してるな。見ろよ、武生。」
 遠目でも水着が見えるのだろう。いらないところで目が良いものだ。
「眼鏡忘れてきました。」
「何だよ。かけねぇと見えねぇのか?つまんねぇ奴。」
 見えてもあまり興味はない。知加子以上に綺麗な裸体などないのだから。
「ん?」
 あまり関心はなさそうだった菊子だったが、よく見ると見覚えのある人がいる。
「あー、ねぇ。武生。ちょっと見て。」
「だから見えないんだよ。」
「梅子がいるわ。」
「え?」
 驚いたように武生は目を細めてそちらをみる。そこには白い水着を着た梅子がポーズを取って写真を撮られていた。
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