夏から始まる

神崎

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疑惑

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 メッセージを送らなければ、連絡は途絶えるものだ。体の関係だけならなおさらで、梅子が相手をしなくても誰かがそのあとをするはずだし、出来なければ自分で抜くことも金次第で抜いて貰うことも出来る。
 メッセージはそろそろ途絶え始めた。梅子はこうして、啓介だけをみる生活をすればいい。そう思っていた。
 だがその日。朝の日課になりつつあるランニングをしようと、まだ薄暗い外に出ようとしたときだった。母が戻ってきた。珍しいものだ。今日はアフターがなかったのかもしれない。
 派手に胸が開いたワンピースを着た母は、ジャージ姿の梅子をちらりと見て何もいわずにキッチンへ向かう。そしてコップに水を注ぐと、それを一気に飲み干した。
「何かあったの?」
 その雰囲気に思わず梅子は母に声をかけた。すると母はため息を一つ。そして梅子をじっとみる。
「あんたもろくな男を捕まえないものだわ。」
「は?」
 すると母はため息をついていった。
「あたしのことを知らないなんて嘘よ。」
「え?」
「あいつ、他に女がいるわ。それだけじゃない。子供もいるでしょう?」

 今日の同伴は、珍しいことに村上組の幹部である省吾ではなく、その弟である圭吾だった。放っておいても遊ぶような女がついてくるようなルックスをしている圭吾はとても頭がいいが、反面、何を考えているのかわからない男でもあった。
 同伴の店も、高級な割烹などではなくワインがおいしいイタリアンレストランだというのも、圭吾らしい。
 だがきっと何か狙いがあるに違いない。この男が大人しく食事をしてお店に来るだけだとは思えないからだ。
「警戒をしなくても大丈夫ですよ。」
 圭吾は笑いながら、ワインを飲んだ。
「お兄さんならわかるのよ。でも何であなたなのかってちょっと不思議だったのよね。」
「たまにはいいと思いますけど。俺にとってはあこがれのお姉さんなわけですし。」
「お上手ね。誰から習ったのかしら。」
「さぁ。正直に思ったからいったんですよ。」
 胡散臭い。そう思いながら、蝶子もワインに口を付ける。
「蝶子さんには娘さんがいましたね。」
「えぇ。あ……そうだったわ。うちの娘がいらないことをして、あなたの組の資金を一つ潰したでしょう?悪いことをしたわね。」
「結構です。トカゲのしっぽのように、切れてしまえばこっちには関係ない。勝手に動いているところでしたから。」
 つかず離れずだったらしい。
 だが女を売ったり、ソープに落としたりするのは重要な資金源だろう。そして娘もそうなりかけた。
「うちの弟と仲が良いそうで。」
「武生君ね。ずいぶん頭がいいみたいよ。いい大学へも行けそうね。」
「外国語大学へ行きたいそうです。ここから結構遠い町ですけど。」
「武生君はあなたたちの仕事をいやがってたわね。」
「まぁ……うちの仕事というよりは、うちの母が嫌なんでしょうけどね。」
「愛理さん?お元気なの?」
 武生の母は愛理という。元々は蝶子の店で働いていた女性だが、男を寝取るのが得意だったので同僚には嫌がられていたように思えた。
「元気ですよ。でも……武生は嫌がってますね。」
「どうして?みんなで意外ねって言っていたわ。良妻賢母に寝返ったって言ってるのよ。」
「表向きです。うちの兄弟はみんな、そういう意味での兄弟ですから。」
「……え?」
「母は、武生を慰めものにしているみたいです。だからあの女に逃げている。そう思えますよ。」
「彼女?」
「えぇ。」
「……ねぇ圭吾さん。弟の恋愛に口を出すなんて、あまりお利口さんではないと思わない?」
「……そうでしょうか。」
「そうよ。」
 他人の恋愛事情に口を挟みたくない。それに義理の母に組み敷かれていたなど、武生にとって悪夢だったに違いない。男の生理現象につけ込む卑怯なやり方だ。だから武生も素直に自分の好きな人と一緒になって欲しいと思う。愛理には悪いが、その方が武生が幸せになれると思う。
「ではあなたも娘さんの恋愛には口を出さないのですか。」
「それは違うわ。娘はまだ未成年だもの。守る必要があるわ。特に身内はあたししかいないし。」
「娘さんが夏のはじめまではあれこれといろんな男と関係を持っているのも知っていて、止めなかったのですか。」
「……性病になったり妊娠しなければ何をしても口を出さない。あたしもそうしていたし、まぁ……あたしはそうしないと食事もままならなかったんだけど。」
 ワインを飲んでグラスを置くと、圭吾は蝶子をみる。
「娘さんが騙されていると言っても?」
「騙されている?」
 啓介に騙されているというのか。蝶子は少し怪訝そうな顔になる。
「このあと、つき合って欲しいところがあります。」
「どこへ?」
「その男の真実の顔を見て、言えるのだったらそうすればいい。」
 その言葉に、今まで飲んでいたワインの味が感じなくなりそうだった。

 圭吾が連れてきたのは、繁華街のはずれにある団地だった。黒い車に連れ込まれて、中から外は見えるが外から中は見えない。それでも少し見えづらい
 それでも真実をみようとした。
「来たな。」
 夜二十一時。一般的には遅い時間だ。蝶子にとっては今からが稼ぎ時の時間ではあるが。
 通りの方から二人の人影が現れた。その一人は確かに啓介に見える。そして隣には同じようなパンツスーツを着ている女性がいた。梅子とは真逆に見えるような女性で、飾り気はないが美人でスタイルがいい。体ががっちりしている啓介と並ぶととても絵になり、夫婦だといっても全く違和感がない。
 車の横を通ったとき、その二人の会話が聞こえてきた。
「なかなか上手だったわ。」
「いいえ。まだまだこれからです。」
「一時はどうなることかと思ったけれど、何とかなりそうね。」
「おかげさまで。そちらこそこんな時間までつき合っていただいてありがとうございます。」
「息子もあなたが早く来てくれればいいのにと言っていたわ。」
「よろしくお伝えください。もう先に帰っているのですよね?」
 そういって二人はその団地の中に入っていった。同居しているということだろうか。
「どういうこと?」
 蝶子はじっと二人を見たあと、啓介の方をみる。
「言葉の通りですよ。あの女性には息子がいる。誰の息子なのだか。」
 思わず黙り込んだ。そしてあらゆる可能性を探ったが、どう聞いても先ほどの会話は、同棲しているとかそんな相手との会話に聞こえる。そして「上手だった」と言うのが、床の技術にも聞こえた。
 啓介だって結婚していたのだ。梅子を満足させるだけの技術があったのだろう。ぎゅっと拳を握る。
 そんな男だったのだ。梅子をダシに離婚して、他の女を作る。そして梅子は捨てられるのだろうか。そんなことはさせない。
 怒りで染まる蝶子の横顔を見て、圭吾は心の中で笑った。よし。これでいいと。
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