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誘惑
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棗を駅へ送る途中、スーパーの前を通った。珍しい輸入食材や野菜もある珍しいスーパーで、そこに行くのが菊子は好きだった。
店頭に並ぶその食材をどう使うのか、想像するだけでも楽しいと思える。
「へぇ……こんな食材がこんな田舎で見るなんて思ってもなかったな。」
店頭に並べてあった果物を手にして棗は、笑っていた。田舎は余計だ。だがどんな感じで食べるのかは気になる。
「皮は固いですね。」
「剥いて食べる。中は白くて甘い。キウイフルーツみたいな感じだな。」
「これは?」
「そっちは見慣れないが、中はジャムみたいな味がする。気になるなら買えばいいだろう。」
「どう料理して良いかわからなくて。」
「あのなぁ。菊子。何でも口にして、何でもやってみないとわからないだろう?保守的だな。お前。だから冒険できねぇんだよ。」
むっとしたが真実だ。どうしても口にしたことのないモノは、買うのに勇気が必要だ。
「だから俺と冒険しようって。」
そういって棗はまた菊子の肩に手を置く。
「結構です。」
肩に置かれた手を振りきり、菊子は今度は調味料に手を伸ばす。魚醤に目が向いたらしい。
「これは大将がよく使ってます。」
「ふーん。「ながさわ」も案外、こてこての割烹じゃないんだな。」
食材を手にして、一つ一つを話している。そんな時間は今まで無かった。一つ一つにアドバイスをもらえるとは思ってなかったからだ。だからといって棗とホテルへ行くことはない。
「蔵本さん。」
スーパーの店内には行って色んなモノを見ていると、蔵本に声をかける人がいた。それは知加子だった。パーマを落として、普通の髪型に戻っている。
「知加子。買い出しか?」
「明日のランチ、ガパオライスにするんでパクチー欲しいと思って。」
「ますます何の食事を出すのかわかんねぇな。店は良いのか?」
「武生君がいてくれるから助かりますよ。」
八月中まで武生は店にいてくれる。そのあとは店を閉めて世界を回るのだ。帰ってきたときには武生はバイトをするような余裕はないと思う。それにあの場所でもう店をするかもわからない。怖い思いをしたからだ。
「どうした。ぼんやりして。」
「何でもないですよ。それよりも何で二人でこんなところにいるんですか?なんか……。」
「デートみたいだろ?」
上機嫌に肩に手を置こうとした棗の手を、菊子は邪険に振り払う。
「誤解です。」
その様子に知加子は少し笑った。二人でいる姿が自然に見える。確かに身長差はなくて外見は不自然さは否めないが、言いたいことを言い合えるので棗もまた自然な笑顔が見える。
客商売をしていれば、嫌でも笑顔を作らないといけない。だが二人ともこの状態は自然だった。
自分はどうなのだろう。知加子はまだ武生にあの夜のことを言えていない。
「新婚夫婦みたいですね。」
そういうとますます機嫌の良くなる棗と、反対に不機嫌になる菊子。誰からも守られている菊子がうらやましくて、つい言ってしまった。
「聞いたか?菊子。だからさ……。」
「嫌ですって。」
「どうしたの?」
不思議そうに聞くと、他に聞こえないように知加子の耳元でそれを口にした。すると知加子の顔が赤くなる。
「悪いか?」
「悪いでしょ?菊子ちゃんには恋人がいるんだって聞いてるから。」
「俺の方がいい男だと思わねぇか?」
じっと二人を見比べる。これ以上もり立てるのも菊子に悪いだろう。
「ううん。蓮さんの方が並んでて絵になりそうですよ。」
「姿だけ。姿だけ。」
あくまで前向きだ。あきれたように知加子は棗を見ている。これだと菊子も大変だろうな。
パクチーを手に店に戻ると、武生目当てのお客さんが数人。武生は笑顔で接客をしていた。
いつもの光景だ。そう思いながら、知加子はカウンターに入り、キッチンへ向かおうとした。そのとき武生から声をかけられる。
「すいません。店長。これなんですけど。」
手にしているのはエプロンだった。まだ在庫が少しあったので、二、三枚出してみたうちの一枚。
「あぁ。千円です。でもこのエプロン麻なので、洗う際は注意してくださいね。色落ちをする可能性がありますから。」
「はい。でも可愛い。武生君もそう思わない?」
「可愛いですね。よく似合ってると思います。」
こう言った客が最近多い。だから知加子の機嫌が悪いのかもしれない。少し前から知加子は家に来るのを拒否するように用事があると言って、武生を拒否しているように見える。誰もいないからと言ってキッチンに二人で入っていても、手をつなぐこともキスをすることもない。忙しそうに食材の準備をしていた。
上機嫌に客が店を出ていくと、あとはお客さんがいない。
「武生君。あたしまだ仕込みがあるから、表にいてくれる?」
「あ、じゃあ俺、ポップでも書いて良いですか?」
「……良いの。さっきのエプロンもう少し在庫があるからその値札を書いたら、お客さんに見えないように勉強でもしてて良いから。」
「でも……。」
「良いのよ。あの大学の外国語学科へ行くんでしょ?難しいよ。あたしすごい勉強したし。」
知加子の行った大学へ行こうと思った。ここから少し離れていて寮にはいることも出来るし、休みの日は帰ることは出来る。そのとき知加子に会いに行くことも出来ると思ったからだ。
だが肝心の知加子は、武生を避けるような態度をずっととっている。
徐々に離れる日が近づいているからだろうか。知加子は未練が残らないように武生に距離をとっているのだろうか。だとしたらそれは違う。離れるからこそ、忘れないように抱き合いたいのに。
値札を書き終わり、エプロンの前にその紙を立てかけた。そして武生はキッチンへ向かう。するとパクチー独特の香りが鼻についた。
「すごい匂い。」
「生だもん。しかも結構新鮮。好きな人にはたまらないだろうな。ねぇ。知ってる?パクチーをもりもりに皿に載せて、塩とオリーブオイルで食べる人もいるのよ。すごいね。なんか口が臭くなりそう。」
笑う知加子はいつもと変わらない。なのに武生はその知加子の体を後ろから抱きしめると、知加子の表情が一変する。
「やめてって。」
「知加子さん。」
「今から開店だから。ね?」
「だったらキスさせて?」
後ろから手が伸びて腕を捕まれた。そのとき知加子の脳裏にあの夜のことがフラッシュバックする。
手を後ろから掴まれ、足を広げられ、シャツの中に手を入れられたあの夜。
だがここで拒否は出来ない。
「キスだけよ。」
キッチンに背を向けて、知加子は少し背伸びをすると軽く武生の唇にキスをする。
「仕事に戻って。」
そういってまた知加子はキッチンに向かう。
店頭に並ぶその食材をどう使うのか、想像するだけでも楽しいと思える。
「へぇ……こんな食材がこんな田舎で見るなんて思ってもなかったな。」
店頭に並べてあった果物を手にして棗は、笑っていた。田舎は余計だ。だがどんな感じで食べるのかは気になる。
「皮は固いですね。」
「剥いて食べる。中は白くて甘い。キウイフルーツみたいな感じだな。」
「これは?」
「そっちは見慣れないが、中はジャムみたいな味がする。気になるなら買えばいいだろう。」
「どう料理して良いかわからなくて。」
「あのなぁ。菊子。何でも口にして、何でもやってみないとわからないだろう?保守的だな。お前。だから冒険できねぇんだよ。」
むっとしたが真実だ。どうしても口にしたことのないモノは、買うのに勇気が必要だ。
「だから俺と冒険しようって。」
そういって棗はまた菊子の肩に手を置く。
「結構です。」
肩に置かれた手を振りきり、菊子は今度は調味料に手を伸ばす。魚醤に目が向いたらしい。
「これは大将がよく使ってます。」
「ふーん。「ながさわ」も案外、こてこての割烹じゃないんだな。」
食材を手にして、一つ一つを話している。そんな時間は今まで無かった。一つ一つにアドバイスをもらえるとは思ってなかったからだ。だからといって棗とホテルへ行くことはない。
「蔵本さん。」
スーパーの店内には行って色んなモノを見ていると、蔵本に声をかける人がいた。それは知加子だった。パーマを落として、普通の髪型に戻っている。
「知加子。買い出しか?」
「明日のランチ、ガパオライスにするんでパクチー欲しいと思って。」
「ますます何の食事を出すのかわかんねぇな。店は良いのか?」
「武生君がいてくれるから助かりますよ。」
八月中まで武生は店にいてくれる。そのあとは店を閉めて世界を回るのだ。帰ってきたときには武生はバイトをするような余裕はないと思う。それにあの場所でもう店をするかもわからない。怖い思いをしたからだ。
「どうした。ぼんやりして。」
「何でもないですよ。それよりも何で二人でこんなところにいるんですか?なんか……。」
「デートみたいだろ?」
上機嫌に肩に手を置こうとした棗の手を、菊子は邪険に振り払う。
「誤解です。」
その様子に知加子は少し笑った。二人でいる姿が自然に見える。確かに身長差はなくて外見は不自然さは否めないが、言いたいことを言い合えるので棗もまた自然な笑顔が見える。
客商売をしていれば、嫌でも笑顔を作らないといけない。だが二人ともこの状態は自然だった。
自分はどうなのだろう。知加子はまだ武生にあの夜のことを言えていない。
「新婚夫婦みたいですね。」
そういうとますます機嫌の良くなる棗と、反対に不機嫌になる菊子。誰からも守られている菊子がうらやましくて、つい言ってしまった。
「聞いたか?菊子。だからさ……。」
「嫌ですって。」
「どうしたの?」
不思議そうに聞くと、他に聞こえないように知加子の耳元でそれを口にした。すると知加子の顔が赤くなる。
「悪いか?」
「悪いでしょ?菊子ちゃんには恋人がいるんだって聞いてるから。」
「俺の方がいい男だと思わねぇか?」
じっと二人を見比べる。これ以上もり立てるのも菊子に悪いだろう。
「ううん。蓮さんの方が並んでて絵になりそうですよ。」
「姿だけ。姿だけ。」
あくまで前向きだ。あきれたように知加子は棗を見ている。これだと菊子も大変だろうな。
パクチーを手に店に戻ると、武生目当てのお客さんが数人。武生は笑顔で接客をしていた。
いつもの光景だ。そう思いながら、知加子はカウンターに入り、キッチンへ向かおうとした。そのとき武生から声をかけられる。
「すいません。店長。これなんですけど。」
手にしているのはエプロンだった。まだ在庫が少しあったので、二、三枚出してみたうちの一枚。
「あぁ。千円です。でもこのエプロン麻なので、洗う際は注意してくださいね。色落ちをする可能性がありますから。」
「はい。でも可愛い。武生君もそう思わない?」
「可愛いですね。よく似合ってると思います。」
こう言った客が最近多い。だから知加子の機嫌が悪いのかもしれない。少し前から知加子は家に来るのを拒否するように用事があると言って、武生を拒否しているように見える。誰もいないからと言ってキッチンに二人で入っていても、手をつなぐこともキスをすることもない。忙しそうに食材の準備をしていた。
上機嫌に客が店を出ていくと、あとはお客さんがいない。
「武生君。あたしまだ仕込みがあるから、表にいてくれる?」
「あ、じゃあ俺、ポップでも書いて良いですか?」
「……良いの。さっきのエプロンもう少し在庫があるからその値札を書いたら、お客さんに見えないように勉強でもしてて良いから。」
「でも……。」
「良いのよ。あの大学の外国語学科へ行くんでしょ?難しいよ。あたしすごい勉強したし。」
知加子の行った大学へ行こうと思った。ここから少し離れていて寮にはいることも出来るし、休みの日は帰ることは出来る。そのとき知加子に会いに行くことも出来ると思ったからだ。
だが肝心の知加子は、武生を避けるような態度をずっととっている。
徐々に離れる日が近づいているからだろうか。知加子は未練が残らないように武生に距離をとっているのだろうか。だとしたらそれは違う。離れるからこそ、忘れないように抱き合いたいのに。
値札を書き終わり、エプロンの前にその紙を立てかけた。そして武生はキッチンへ向かう。するとパクチー独特の香りが鼻についた。
「すごい匂い。」
「生だもん。しかも結構新鮮。好きな人にはたまらないだろうな。ねぇ。知ってる?パクチーをもりもりに皿に載せて、塩とオリーブオイルで食べる人もいるのよ。すごいね。なんか口が臭くなりそう。」
笑う知加子はいつもと変わらない。なのに武生はその知加子の体を後ろから抱きしめると、知加子の表情が一変する。
「やめてって。」
「知加子さん。」
「今から開店だから。ね?」
「だったらキスさせて?」
後ろから手が伸びて腕を捕まれた。そのとき知加子の脳裏にあの夜のことがフラッシュバックする。
手を後ろから掴まれ、足を広げられ、シャツの中に手を入れられたあの夜。
だがここで拒否は出来ない。
「キスだけよ。」
キッチンに背を向けて、知加子は少し背伸びをすると軽く武生の唇にキスをする。
「仕事に戻って。」
そういってまた知加子はキッチンに向かう。
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