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ステージ
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家の門の前で知加子と別れ、武生は二日ぶりに家に帰ってきた。日が暮れた家には、父も母もいない。下っ端と中堅のものがいるだけだった。祭りの影響で、町に出ているのだろう。
武生はそのまま下着や部屋着を持って風呂場へいき、汗を流した。
こうしてみると贅沢な風呂場だ。桐の湯船も、シャンプーも知加子とは縁がないように思えた。
「ほら。あっちってさ、水道とか下水とかもあまり整備されてないところがあるの。シャワーあっても水だけどか、水出したら漏電しててぴりぴりしたり。」
知加子はそう言って笑っていたが、実際にいくとなると大変なところだろう。だからこの国に帰って、シャワーからお湯が出ることや、ベッドで寝ると変な虫に食われた跡があったりとかしないこの国が、どれだけ恵まれているかわかるのだという。
一度行ってみると良いかもしれない。そうだ。そのときは知加子と一緒に行けばいい。
風呂から上がると、自分の部屋に戻る。そしてバッグから学校案内のパンフレットを見た。
「外国語学科か……。」
頭がいい武生だが、英語はそこまで得意というわけではない。だが英語だけではない言葉も勉強しないといけないかもしれないのだ。
「……。」
知加子と対等に肩を並べることが出来るのは、何年後になるだろう。
そのとき玄関の方が騒がしい声がした。父親が帰ってきたのだろう。武生はいすから立ち上がると、玄関の方へ向かう。予想通り父と母が並んで靴を脱いでいた。
「全く、坂本組の若もヤキが入ったものだ。」
「全くですよ。せっかくホストの口を斡旋できるってのに。」
省吾も一緒だったらしい。すると武生の横をすり抜けて、小さな女性が省吾を迎えに来た。
「お帰りなさいませ。」
「ただいま。」
「お風呂湧いてますよ。さっき武生さんが入っていましたから。」
「武生は今日は帰ってきたんだな。」
「昨日の今日では帰ってきますよ。」
あの女性が省吾の妻である日向子という。幼く見えるが、省吾とは同じ歳でこの組の傘下の組のお嬢さんらしく、省吾のしていることやその弟の圭吾がしていることもわかっている。外見は義理の母には似ていないが、その内面はとても似ているのだろう。だから日向子は義理の母とは折り合いが良くない。
その証拠に、義理の母は日向子に目もくれないように、父の方ばかり見ている。
「おう。武生。」
省吾は武生を見つけて、視線を投げた。
「お帰りなさい。」
「今日は帰ってきたんだな。」
「えぇ。」
「女はどうだった?」
意地悪くそう聞くが、武生は表情を変えない。
「女と言うより、祭りが疲れました。」
「そうね。今年はいつもの夏よりも暑いもの。疲れてるでしょうし、今日はゆっくり休んだら?」
わざとらしく義理の母が言うと、わざと武生はあくびをする。
「そうですね。ではおやすみなさい。」
背を向けて行ってしまう武生は、このところ変わった気がする。家族に対して冷たいのはいつもの通りだが、それに対して反発することはなかった。今はつかず離れずと言ったところだろうか。
抵抗するのが面白かったのに。義理の母の奥歯がぎりっと音を立てる。
「日向子さん。今日はこちらに泊まるの?」
「はい。もう翔太も未来も眠ってしまいましたし。」
「そう。じゃあ、ごゆっくり。」
自分の夫に促されるように、母は行ってしまう。その背中を見て日向子はため息をついた。
「日向子。風呂に入りたい。」
「先に入りますか?用意します。」
「あー。祭りも終わって、一段落だな。」
たまたま来ていた本家の若頭の相手がきつかったのだろう。背伸びをして、奥の部屋へ向かう。そして日向子もまた部屋に戻っていった。
続き間になっている向こうには二人の子供が眠っている。昼にはアロハシャツで出ていったが、今はスーツだ。若頭のために一度かえって出ていったのだろう。
「……そう言えば、今日珍しいヤツにあったな。」
「どんな方ですか?」
ジャケットを脱いで日向子に手渡すと、彼女はそれをハンガーに掛ける。
「蓮だ。」
「蓮って……昔、圭吾さんがよく言っていた?」
「あぁ。あいつのバックがいなきゃ、うちの組に引き込んでやるのに。」
数年前、日向子が下の子供を妊娠していたころ、省吾の弟である圭吾はある女に入れ込んでいた。バンドをしていた女だと言っていた。同じくらいの歳で、何でもする女だという。
その女の夫が蓮という名前だった。
「蓮もなぁ……もう少し素直になってりゃ、女をもっと大事に出来たのに。」
「……。」
手段を選ばないやり方は、ヤクザなのだから仕方ないのかもしれない。
「今はライブハウスにいるらしい。」
「ライブハウス?」
「あぁ。わざと戸崎グループと関係ない、音楽系の仕事に就いているのもあいつらしいな。」
笑う省吾に対して、日向子は冷たい口調で言う。
「……好きなことが出来るというのは良いことですね。」
「日向子。」
「あ。ごめんなさい。」
「そうだったな。お前もやりたいことがあっただろうに、無理矢理嫁に来たような感じだったな。」
「ううん。昔から知っている間柄でしたもの。イヤだとは思いませんでしたね。」
場合によっては日向子を差し出さなければいけないのが、この世界のことだ。日向子はそれを知っていて、黙って他の男に抱かれる。
そんなとき省吾は、やるせない気分になり結局他の女に手を染めることもある。それは圭吾も同様で、恋人が居ても居なくても構わず女を差し出す。その同時、圭吾が入れ込んでいた女が美咲だった。
美咲は元々ジャンキーだったからか薬に染まるのは簡単だったし、薬のためなら何でもした。良く蓮は気がつかなかったものだ。それだけ手に入れた女に興味がなかったのかもしれない。
今は蓮に手を出すメリットはない。戸崎グループからも声はかかっていないからだ。だが個人的には気になる。蓮には女がいる。「ながさわ」の大将の孫娘である菊子。それからステージに立っていた女も、なかなかいい女だったような気がする。
「あなた。」
「ん?」
「お風呂に早く入ってしまわないと、お父様もお母様も入りますから。」
「わかった。」
下着を持って部屋を出た。すると向こうの廊下で義理の母が歩いているのを見かける。おそらく父親の酒の用意をするのだろう。
若いが従順なふりをしている。そう言うところは見習わないといけないだろう。
武生はそのまま下着や部屋着を持って風呂場へいき、汗を流した。
こうしてみると贅沢な風呂場だ。桐の湯船も、シャンプーも知加子とは縁がないように思えた。
「ほら。あっちってさ、水道とか下水とかもあまり整備されてないところがあるの。シャワーあっても水だけどか、水出したら漏電しててぴりぴりしたり。」
知加子はそう言って笑っていたが、実際にいくとなると大変なところだろう。だからこの国に帰って、シャワーからお湯が出ることや、ベッドで寝ると変な虫に食われた跡があったりとかしないこの国が、どれだけ恵まれているかわかるのだという。
一度行ってみると良いかもしれない。そうだ。そのときは知加子と一緒に行けばいい。
風呂から上がると、自分の部屋に戻る。そしてバッグから学校案内のパンフレットを見た。
「外国語学科か……。」
頭がいい武生だが、英語はそこまで得意というわけではない。だが英語だけではない言葉も勉強しないといけないかもしれないのだ。
「……。」
知加子と対等に肩を並べることが出来るのは、何年後になるだろう。
そのとき玄関の方が騒がしい声がした。父親が帰ってきたのだろう。武生はいすから立ち上がると、玄関の方へ向かう。予想通り父と母が並んで靴を脱いでいた。
「全く、坂本組の若もヤキが入ったものだ。」
「全くですよ。せっかくホストの口を斡旋できるってのに。」
省吾も一緒だったらしい。すると武生の横をすり抜けて、小さな女性が省吾を迎えに来た。
「お帰りなさいませ。」
「ただいま。」
「お風呂湧いてますよ。さっき武生さんが入っていましたから。」
「武生は今日は帰ってきたんだな。」
「昨日の今日では帰ってきますよ。」
あの女性が省吾の妻である日向子という。幼く見えるが、省吾とは同じ歳でこの組の傘下の組のお嬢さんらしく、省吾のしていることやその弟の圭吾がしていることもわかっている。外見は義理の母には似ていないが、その内面はとても似ているのだろう。だから日向子は義理の母とは折り合いが良くない。
その証拠に、義理の母は日向子に目もくれないように、父の方ばかり見ている。
「おう。武生。」
省吾は武生を見つけて、視線を投げた。
「お帰りなさい。」
「今日は帰ってきたんだな。」
「えぇ。」
「女はどうだった?」
意地悪くそう聞くが、武生は表情を変えない。
「女と言うより、祭りが疲れました。」
「そうね。今年はいつもの夏よりも暑いもの。疲れてるでしょうし、今日はゆっくり休んだら?」
わざとらしく義理の母が言うと、わざと武生はあくびをする。
「そうですね。ではおやすみなさい。」
背を向けて行ってしまう武生は、このところ変わった気がする。家族に対して冷たいのはいつもの通りだが、それに対して反発することはなかった。今はつかず離れずと言ったところだろうか。
抵抗するのが面白かったのに。義理の母の奥歯がぎりっと音を立てる。
「日向子さん。今日はこちらに泊まるの?」
「はい。もう翔太も未来も眠ってしまいましたし。」
「そう。じゃあ、ごゆっくり。」
自分の夫に促されるように、母は行ってしまう。その背中を見て日向子はため息をついた。
「日向子。風呂に入りたい。」
「先に入りますか?用意します。」
「あー。祭りも終わって、一段落だな。」
たまたま来ていた本家の若頭の相手がきつかったのだろう。背伸びをして、奥の部屋へ向かう。そして日向子もまた部屋に戻っていった。
続き間になっている向こうには二人の子供が眠っている。昼にはアロハシャツで出ていったが、今はスーツだ。若頭のために一度かえって出ていったのだろう。
「……そう言えば、今日珍しいヤツにあったな。」
「どんな方ですか?」
ジャケットを脱いで日向子に手渡すと、彼女はそれをハンガーに掛ける。
「蓮だ。」
「蓮って……昔、圭吾さんがよく言っていた?」
「あぁ。あいつのバックがいなきゃ、うちの組に引き込んでやるのに。」
数年前、日向子が下の子供を妊娠していたころ、省吾の弟である圭吾はある女に入れ込んでいた。バンドをしていた女だと言っていた。同じくらいの歳で、何でもする女だという。
その女の夫が蓮という名前だった。
「蓮もなぁ……もう少し素直になってりゃ、女をもっと大事に出来たのに。」
「……。」
手段を選ばないやり方は、ヤクザなのだから仕方ないのかもしれない。
「今はライブハウスにいるらしい。」
「ライブハウス?」
「あぁ。わざと戸崎グループと関係ない、音楽系の仕事に就いているのもあいつらしいな。」
笑う省吾に対して、日向子は冷たい口調で言う。
「……好きなことが出来るというのは良いことですね。」
「日向子。」
「あ。ごめんなさい。」
「そうだったな。お前もやりたいことがあっただろうに、無理矢理嫁に来たような感じだったな。」
「ううん。昔から知っている間柄でしたもの。イヤだとは思いませんでしたね。」
場合によっては日向子を差し出さなければいけないのが、この世界のことだ。日向子はそれを知っていて、黙って他の男に抱かれる。
そんなとき省吾は、やるせない気分になり結局他の女に手を染めることもある。それは圭吾も同様で、恋人が居ても居なくても構わず女を差し出す。その同時、圭吾が入れ込んでいた女が美咲だった。
美咲は元々ジャンキーだったからか薬に染まるのは簡単だったし、薬のためなら何でもした。良く蓮は気がつかなかったものだ。それだけ手に入れた女に興味がなかったのかもしれない。
今は蓮に手を出すメリットはない。戸崎グループからも声はかかっていないからだ。だが個人的には気になる。蓮には女がいる。「ながさわ」の大将の孫娘である菊子。それからステージに立っていた女も、なかなかいい女だったような気がする。
「あなた。」
「ん?」
「お風呂に早く入ってしまわないと、お父様もお母様も入りますから。」
「わかった。」
下着を持って部屋を出た。すると向こうの廊下で義理の母が歩いているのを見かける。おそらく父親の酒の用意をするのだろう。
若いが従順なふりをしている。そう言うところは見習わないといけないだろう。
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