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祭
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車の中に入れるのは麗華のキーボードだけ。あとはギターも車に積み込んだ。蓮はベースを抱えたまま、百合のいる屋台に近づく。
「百合。」
「あー。蓮。」
「交代する。休憩してこい。」
「みんなは?」
「玲二は帰ったし、麗華と浩治は屋台を見て回るといってたか。」
「菊子ちゃんは?」
「まだ明るいし、花火までにはどこかへ行くと言っていたようだ。」
「大丈夫?棗がいたんじゃない?」
その言葉に蓮の動きが止まった。棗には会いたくなかったが、菊子にはもっと会わせたくなかった。
「正直、拒否しているように見えたな。」
「強引な人だもの。あんなにぐいぐい来られたら、逃げるに決まってるわ。」
「会ったような口調だな。」
「ビール買っていったのよ。」
なるほど。だからビールのカップを持っていたわけだ。
「蓮。」
聞き覚えのある声がした。それは菊子だった。
「どうした。」
「運営委員という人から、これは玲二さんのものじゃないかと。」
菊子の手にはドラムスティックが一本握られている。
「……あいつのだな。悪いが、菊子。今度会うときまで持っておいてくれないか。連絡はしておくから。」
「はい。」
そのとき、蓮に近づいてくる男がいた。それは中年の少し小太りの男だった。
「蓮さん。」
その顔を見て、蓮は屋台から出てくる。
「来てたんですか。赤井さん。」
「「blue rose」の晴れ舞台だからね。とても良かったよ。」
「ありがとうございます。」
蓮が頭を下げたいるのを見て、菊子は何者なんだろうと思っていた。するとその男は菊子の方を見て、ほほえんだ。
「おや。君はボーカルの女の子か。すっぴんだとわからないものだね。」
「はぁ……。」
「あれだけ歌えればすぐにメジャーデビューできそうなものだ。」
「メジャー?」
いぶかしげに菊子は彼をみる。すると男は胸元から名刺入れを取り出して、菊子に渡す。そこには○○レコードの赤井哲也と書いてあった。
「レコード会社の方ですか。」
「そう。「blue rose」はずっとメジャーデビューしないかという話があってね。ボーカルだけが定まらなかったんだが、君が歌うなら即話をするんだけど。」
「……え?」
「赤井さん。ほかのメンバーがまだうんとは言わないんで、その話はまだ待ってもらってもいいですか。」
「いいけどね。音楽というのは生き物だよ。流行り廃りがある。今デビューすれば、売れそうだけどね。」
「……ロックは時代じゃないでしょう。今はアイドルのようだ。何人も集まった顔のいい若い女がピーチクパーチク歌ってるのが主流だと思う。」
「確かにね。でも彼女ならアイドル風でもいけそうだ。と言うか、モデル風だね。身長はどれくらい?」
「あ……。」
言いたくなかった。だから黙って蓮を見上げる。
「彼女はこの道には入りませんよ。ほかにやりたいことがあるようだ。」
「もったいないね。」
強引な人だ。それだけで一歩引いてしまう。
「そうだ。蓮さん。今度こっちへ来ないか。スタジオで撮って欲しい音源がある。」
「それはここでも出来ます。コード譜ください。録音して送るんで。」
「……そういえば中本さんのところでそういうことをしていたんだっけ。それだけで満足できているのか。」
「……。」
「メジャーデビューは君の夢だろう。」
「一昔前なら、の話ですね。」
「何?」
驚いて蓮をみる赤井は、ちらりと菊子をみる。そうか。女か。大人びて見えるがおそらく高校生くらいだろう。その女が邪魔をしているのかもしれない。
「美咲がいなくなって、手っ取り早く金が稼げるのはメジャーデビューだと思ってました。でも安定はしない。スタジオミュージシャンじゃ、どれだけも稼げないでしょう。」
「確かに……その通りだ。」
言葉に詰まる。デビューしたからと言って食べれるのは一握りで、あとはバイトをしたり女のすねをかじるものばかりだ。
「だったら今の生活で満足です。音楽も出来る。収入も悪くない。何よりこいつがいるから。」
やっと菊子の顔に笑みが浮かんだ。その言葉を聞きたかったから。
「後悔するよ。」
「しませんよ。そのやり方は、うちの父親と同じやり方ですから。」
だから反発した。家を出て、一人で生きてきたのだ。
赤井はそのまま帰って行き、蓮は菊子を見下ろした。
「本当にいいんですか?」
菊子はそういって蓮を見上げる。
「構わない。お前といればいいから。」
その会話を聞いていた百合が笑いながら言う。
「すごいわねぇ。変わっちゃったわ。蓮。まだ出会って一ヶ月くらいしかたっていないのに。」
そのとき今度は菊子に声がかかる。
「菊子。」
梅子は白地にピンクの花柄の浴衣を身にまとっている。女の子を全面に出しているのが、とても似合っているような気がする。
「梅子。来てたんだ。」
「うん。見たよ。ライブ。」
「マジで?恥ずかしい。」
梅子と話している菊子を見て、蓮は屋台に戻った。そして少し不服そうな顔になる。
「どうしたの?」
「いいや。」
「あー。そうねぇ。」
百合はこういうことにとても敏感だ。にやにや笑いながら、蓮に言う。
「菊子ちゃんもあんな言葉遣いだったら、普通の女子高生よねぇ。」
その言葉に、蓮は百合に詰め寄った。
「お前なぁ……それ言うなよ。俺だって気にしてんだよ。」
菊子はその会話を聞いていないかもしれない。ただ梅子と何か他愛のない会話をしているように見える。
「絵里奈も来てるみたいよ。」
「本当?じゃあ、ちょっと行ってこようかな。蓮。またあとで来ます。」
「友達同士のつきあいも大事だろう。行ってこい。」
わざと大人ぶった。あとで自分だけを見るようにするため。
「百合。」
「あー。蓮。」
「交代する。休憩してこい。」
「みんなは?」
「玲二は帰ったし、麗華と浩治は屋台を見て回るといってたか。」
「菊子ちゃんは?」
「まだ明るいし、花火までにはどこかへ行くと言っていたようだ。」
「大丈夫?棗がいたんじゃない?」
その言葉に蓮の動きが止まった。棗には会いたくなかったが、菊子にはもっと会わせたくなかった。
「正直、拒否しているように見えたな。」
「強引な人だもの。あんなにぐいぐい来られたら、逃げるに決まってるわ。」
「会ったような口調だな。」
「ビール買っていったのよ。」
なるほど。だからビールのカップを持っていたわけだ。
「蓮。」
聞き覚えのある声がした。それは菊子だった。
「どうした。」
「運営委員という人から、これは玲二さんのものじゃないかと。」
菊子の手にはドラムスティックが一本握られている。
「……あいつのだな。悪いが、菊子。今度会うときまで持っておいてくれないか。連絡はしておくから。」
「はい。」
そのとき、蓮に近づいてくる男がいた。それは中年の少し小太りの男だった。
「蓮さん。」
その顔を見て、蓮は屋台から出てくる。
「来てたんですか。赤井さん。」
「「blue rose」の晴れ舞台だからね。とても良かったよ。」
「ありがとうございます。」
蓮が頭を下げたいるのを見て、菊子は何者なんだろうと思っていた。するとその男は菊子の方を見て、ほほえんだ。
「おや。君はボーカルの女の子か。すっぴんだとわからないものだね。」
「はぁ……。」
「あれだけ歌えればすぐにメジャーデビューできそうなものだ。」
「メジャー?」
いぶかしげに菊子は彼をみる。すると男は胸元から名刺入れを取り出して、菊子に渡す。そこには○○レコードの赤井哲也と書いてあった。
「レコード会社の方ですか。」
「そう。「blue rose」はずっとメジャーデビューしないかという話があってね。ボーカルだけが定まらなかったんだが、君が歌うなら即話をするんだけど。」
「……え?」
「赤井さん。ほかのメンバーがまだうんとは言わないんで、その話はまだ待ってもらってもいいですか。」
「いいけどね。音楽というのは生き物だよ。流行り廃りがある。今デビューすれば、売れそうだけどね。」
「……ロックは時代じゃないでしょう。今はアイドルのようだ。何人も集まった顔のいい若い女がピーチクパーチク歌ってるのが主流だと思う。」
「確かにね。でも彼女ならアイドル風でもいけそうだ。と言うか、モデル風だね。身長はどれくらい?」
「あ……。」
言いたくなかった。だから黙って蓮を見上げる。
「彼女はこの道には入りませんよ。ほかにやりたいことがあるようだ。」
「もったいないね。」
強引な人だ。それだけで一歩引いてしまう。
「そうだ。蓮さん。今度こっちへ来ないか。スタジオで撮って欲しい音源がある。」
「それはここでも出来ます。コード譜ください。録音して送るんで。」
「……そういえば中本さんのところでそういうことをしていたんだっけ。それだけで満足できているのか。」
「……。」
「メジャーデビューは君の夢だろう。」
「一昔前なら、の話ですね。」
「何?」
驚いて蓮をみる赤井は、ちらりと菊子をみる。そうか。女か。大人びて見えるがおそらく高校生くらいだろう。その女が邪魔をしているのかもしれない。
「美咲がいなくなって、手っ取り早く金が稼げるのはメジャーデビューだと思ってました。でも安定はしない。スタジオミュージシャンじゃ、どれだけも稼げないでしょう。」
「確かに……その通りだ。」
言葉に詰まる。デビューしたからと言って食べれるのは一握りで、あとはバイトをしたり女のすねをかじるものばかりだ。
「だったら今の生活で満足です。音楽も出来る。収入も悪くない。何よりこいつがいるから。」
やっと菊子の顔に笑みが浮かんだ。その言葉を聞きたかったから。
「後悔するよ。」
「しませんよ。そのやり方は、うちの父親と同じやり方ですから。」
だから反発した。家を出て、一人で生きてきたのだ。
赤井はそのまま帰って行き、蓮は菊子を見下ろした。
「本当にいいんですか?」
菊子はそういって蓮を見上げる。
「構わない。お前といればいいから。」
その会話を聞いていた百合が笑いながら言う。
「すごいわねぇ。変わっちゃったわ。蓮。まだ出会って一ヶ月くらいしかたっていないのに。」
そのとき今度は菊子に声がかかる。
「菊子。」
梅子は白地にピンクの花柄の浴衣を身にまとっている。女の子を全面に出しているのが、とても似合っているような気がする。
「梅子。来てたんだ。」
「うん。見たよ。ライブ。」
「マジで?恥ずかしい。」
梅子と話している菊子を見て、蓮は屋台に戻った。そして少し不服そうな顔になる。
「どうしたの?」
「いいや。」
「あー。そうねぇ。」
百合はこういうことにとても敏感だ。にやにや笑いながら、蓮に言う。
「菊子ちゃんもあんな言葉遣いだったら、普通の女子高生よねぇ。」
その言葉に、蓮は百合に詰め寄った。
「お前なぁ……それ言うなよ。俺だって気にしてんだよ。」
菊子はその会話を聞いていないかもしれない。ただ梅子と何か他愛のない会話をしているように見える。
「絵里奈も来てるみたいよ。」
「本当?じゃあ、ちょっと行ってこようかな。蓮。またあとで来ます。」
「友達同士のつきあいも大事だろう。行ってこい。」
わざと大人ぶった。あとで自分だけを見るようにするため。
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