夏から始まる

神崎

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オープンスクール

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 地方都市の中心にあるその街は菊子が住んでいる町よりも大きな街で、繁華街もあまり女一人で歩くものではないらしい。だが彼女が住んでいる繁華街よりもさらに大きく、隠れた名店や屋台がおいしい店も沢山ある。
「もしもあなたにいい人が見つかったら、連れて行って貰いなさい。」
 祖父はこの街ではないところで修行したが、一通り出来るようになってから働いたのはこの街だという。そして祖母に出会ったらしい。だからこの街のいいところも悪いところも全て見てきたのだろう。
 学校があるのは駅の裏口。少し広間のようになっていて、バスの停留所や駐車場が見える。ドラッグストアやチェーン化されたカフェがあり、祖父から聞いた話とは全く違った装いになっている。
 まぁそれでも電車で二駅だ。全く来ない街ではないし、学校の位置も知っている。菊子はその建物に向かって歩いていった。
 徒歩五分。ビルが建ち並ぶその一角に調理師の専門学校がある。同じようにオープンキャンパスにやってきたであろう、制服を来た男や女が次々に入っていった。菊子もそれに習って、建物に入っていく。
 中はひんやりとして冷房が利いているようだ。ぴかぴかの床と、壁にはこの学校を卒業した人たちが、世界中で活躍しているのを誇らしげに顔写真とともに展示されている。
 いくら有名になっても、ここには展示されたくないなと菊子は思っていた。学校のために調理師になるわけではないからだ。
「あ、オープンキャンパスの受付はこっちですよ。」
 グレーのスーツを着た職員らしく女性から声をかけられる。彼女は少し会釈をすると、受付に向かった。
「学校名とお名前を。……はい。結構です。和食と洋食のコースでよろしいですか。」
「はい。」
 受付の女性は菊子の名前と学校をチェックして、与えられている番号が振り分けられた名札を手渡した。それには十一番と書いてある。
「では、それを首から下げて、ここから右手にいった講堂の方へ行ってください。」
 おそらく毎年来るのだろう。受付をしている女性は慣れた手つきで、資料にチェックを入れて菊子に手渡す。
 言われたとおりに講堂へ入ると、備え付けの椅子と机がありちゃんと番号に振り分けられていた。十一番の席に座ると、彼女は手渡された資料を封筒から取り出す。
 どうやらこの学校は和食、洋食、中華の調理師の他に、製菓や栄養士になれるコースもある。製菓や栄養士のコースには女子の姿もあったが、和食、洋食にはあまり女性は見えない。事実、菊子の両隣には男子が座った。太った男と、筋肉質な背の高い男。正反対に見えた。
 やがて司会が前に出て、校長というつるっとした頭を持った男が話を始める。だが何度も同じ話をループしているように聞こえて、少々退屈になってしまった。そのほとんどが卒業生には、有名なホテルでシェフをしているだとか、栄養士は有名なメーカーの開発部門にいるだとか。
 どうでもいい。
 心の中で悪態を付きながら、菊子は周りを見渡した。すると目を留めたのは一人の若い男だった。おそらく講師のようで、祖父が着ているような白い服の下にネクタイが見える。見た目は真面目そうな男に見えるし、おそらくこの人が蔵本という担任の同級生なのだろう。
 だがその瞬間、彼女は驚いて彼を見張ってしまった。明らかに欠伸をかみ殺している。
 確かに退屈だが、講師がコレでいいのだろうか。

 午前中が和食の実習。午後から洋食の実習。座学は受けないと言った菊子は、実習を中心にして貰ったのだ。
 持ってきたエプロンと三角巾を身につけると、二階にある実習室に向かった。
 予想通り、そこには先ほど欠伸をかみしめていた講師がいる。ギロッと厳しそうな目つきで見ているが、その本質はわからない。
 和食を受けるのは二十人ほど。
 先ほど隣にいた筋肉質な男もそこにいるし、太った男もいた。
「二十三人か。ん?女がいるのか。」
 みんなが集まる前に、その男は菊子を目ざとく見つけた。そして近寄ってくると、少し笑った。
「あんた、吾川の教え子だって?」
「あ、はい。ご存じでしたか。」
 吾川というのは、担任の名前だった。菊子は少し気後れしたように彼を見ていた。目線が同じくらいということは、あまり大きくないのだろう。
「でも女はあまり和食に向かないんじゃないのかな。」
「どうしてですか?」
「あまりいないから。洋食ならまぁ、いないこともないけれどな。」
「……どうしていないと思いますか?」
「女に食材をあたられたくないって思っているお客も多いってことだ。それに女は修行の途中で結婚して子供が出来ると、離れることも多い。あんた、洋食を学べばいい。」
 すると菊子はむっとしたように言った。
「和食は流行り廃りが無いものだと思っています。もし休んでもあとから追いつくことも出来ると思いますが。」
「それはやってない奴の台詞。まぁやってみれば、わかる。力も男にかなわないってこと。あんたがどんなに体格が良くてもそれはカバーできない。」
「まるで見てきた人のように言うんですね。」
「……。」
 すると彼は菊子を見上げるように睨みあげる。その目線はまるでどこかのヤクザかヤンキーのようだった。
「あんた、ここに入学するんだったら俺が講師だ。あまり嘗めた真似するんじゃねぇよ。」
 その言葉にもうすでにそろった他の生徒たちが、おびえたように彼らを見ていた。おびえていないのは、菊子だけに見える。
「睨まれても何をされても怖くありません。怖いのはお客様でしょう?」
「は?」
「最初の一口。それで店が決まる。対価に適った料理だったか、その区別をつけるのはお客様です。不味いと思ったり、高いと思えばもう来ていただけません。それだけが怖いものです。」
 祖父もいつもそうやって弟子を育ててきたのだ。
 そしてその言葉が菊子の信念になっている。
 きっと料理も歌も一緒だと思う。お金を払ってくれているのだから、それに見合った提供をしないとリピーターにはならないのだから。
 その言葉に講師は一瞬たじろいだ。だが後から入ってきた事務員の女性があわてて、菊子らの所へやってきた。
「蔵本先生。何をしているんですか。」
 すると彼はその事務員に言う。
「だってこのくそ生意気な女がよ……。」
「だから、和食コースに女子が入らないんですよ。言葉を考えてください。」
 すると彼は菊子の名札を見て、ふっと笑った。
「あんた、永澤菊子って言うのか。」
「はい。」
「あんた、その言葉通り、ご立派な料理人になってくれよ。」
 腹の立つような言葉を、平気で投げかける人だ。だがいちいち怒ってもいられない。
 菊子はそう思いながら、前に立っている蔵本を見ていた。
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