夏から始まる

神崎

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オープンスクール

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 日曜日。よく晴れた日のことだった。「ながさわ」も休みで、女将も大将も少しゆっくり起きてくるらしく、制服を着てリビングへやってきた菊子はキッチンで、お湯を沸かしていた。
 するとリビングに一人の男が起きてきた。ジャージ姿の皐月だった。
「休みなのに早いですね。」
「えぇ。今日、オープンキャンパスへ行こうと思って。」
 何度かあるオープンキャンパスだが、この日が一番都合がいいのだ。どんなところかわからないが、しっかりと基礎を学ばせて貰えると資料には書いてあった。だが皐月も葵もそして何より大将はそんなところへ行ったことはない。
 料理人になるにはそんなところへ行く必要はないのだろうが、ここへ行けば資格が取れる。資格というのは強く、自分が何が出来るのかという証明になるからだ。
 お湯が沸いて、菊子はコップを用意する。インスタントのコーヒーの粉を入れて、沸いたお湯を入れた。
「俺にも貰えませんか。」
「えぇ。いいですよ。食事はどうしますか。自分の分はパンを焼いてますけど。」
「自分で焼きますよ。」
 普段は朝からボリュームたっぷりの朝ご飯を食べるが、ゆっくり女将も大将も眠っているのだ。朝食を食べないこともあるし、軽くパンだけですませるときもある。
 焼いたパンをさらにおいて、バターを冷蔵庫から取り出す。コーヒーを飲みながら、パンを食べるとサクッという音がした。
 皐月もパンをトースターに入れると、いつもの席に着いた。そしてコーヒーを先に飲む。
「菊子さん。」
「どうしました?」
「あまり朝から言う話じゃないって思うんですけど、どうもタイミングが合わなかったから。」
「……何かありました?」
「幼なじみって女性もいましたよね。」
「えぇ。梅子のことですか?」
「梅子。確かにそんな名前だった。」
「梅子が何か?」
「ホストしていた時の仲間が、その子とヤったって。」
「……。」
 パンが焼けた音がして、皐月は席を立った。そしてパンを皿に載せるとまたテーブルに置いて自分もバターを塗る。
「そういう人が出てくるだろうなとは思ってました。」
「え?」
 予想外の言葉だった。友人がヤリ○ンだということを知っていたのだろうか。
「梅子はそういうことに奔放なので。」
「……その歳で奔放だと困るでしょ?すぐにAV女優になったり、ソープに売られますよ。それでなくても変な薬を打たれることもあるんだろうし。」
「本人がそれでいいならそれでいいですよ。」
「案外突き放すんですね。」
「言っても聞かないですから。でも私たちも股が緩いと言われると困るんですけどね。」
「一人そういう噂が立つと、確かにそうかもしれませんね。でもどうしてその歳で、そんなことに……。」
「……さぁ何でしょうね。」
 その理由はわかる。だが皐月に言うようなことではない。

 駅に着くと、切符を買った。これからは定期か、交通系のICカードが必要になるかもしれない。そう思いながら、切符を手にして改札口へ向かった。
「菊子。」
 そのとき声をかけられて、菊子は振り返った。そこには梅子がいた。都会に行くからだろう。いつもよりも派手な格好をしているようだし、少しかがめば胸が見えそうだ。制服を着込んだ菊子とは全く別の年頃に見える。
「梅子もこの電車に乗るの?」
「うん。あっちに着いて乗り換え。梅子はそっちでオープンキャンパスだっけ?」
「そう。どんなところなのかな。」
 梅子には菊子がまぶしく見える。まともな職業につきたいというのは、おそらくどんな人にも言えるだろう。だが梅子が目指しているのは、男の性対象になるようなものだ。
 写真を見ても、乳首がぎりぎり見えないように胸を露出していたり、わずかしか隠さない水着を着ていたりしている。
 百歩譲って性を売り物にしてもいいが、せめて二十になるまで我慢しようと思う。
「夏休みにはいるね。」
「その前に試験があるよ。勉強した?」
「ぜんぜん。」
「補習に行かないといけなくなるよ。休みなのに学校に通うのめんどくさくない?」
「んー。そうだね。だったら菊子、今度教えてよ。ヤマ。」
「教えてもいいけど、私もそんなに出来る方じゃないよ。武生の方が頭いいじゃない。」
「そうだね。武生は四年制の大学に行くって言ってたもんね。」
 それが寂しい。気持ちが無くてもいいから、一度抱いて貰えないだろうかと最近そんなことばかり考えている。
 しかし武生には性の匂いがしない。恋人がいるからだろうか。そして遠距離をしているからだろうか。
 電車に乗り込むと、日曜日の朝の電車はあまり人が乗っていない。なので二人は並んで座った。
「ねぇ。武生って、まだ彼女と切れてないのかな。」
 ドキッとする。この間、彼の兄である省吾から武生の恋人がAV女優になっていることを知らされたばかりだったから。
「連絡をあまり取っていないって言っていたけれど、さすがに夏休みの時は帰ってくるんじゃないの?」
「こんな田舎に帰ってくるかな。都会の方に行ってるんでしょう?そっちの方が楽しいに決まってるよ。」
「そうだね。色んな人がいて色んな人と触れ合えば、また考え方も変わるだろうし。」
 こんな狭い町でも人に出会って、自分が変わった気がする。特に大きかったのは、蓮かもしれない。歌って声援や拍手を浴びる。それがとても気持ち良かった。
 もしも都会にでれば、もっと違う人と出会うかもしれない。いい影響も悪い影響も受けるのだろう。時に傷ついて、それでも傷跡は強くなる。
 きっと梅子は快楽だけに転んでいるわけではない。彼女も傷ついて、それを埋めるように男を求めているのかもしれない。
 やがて、駅に着く。ほとんどの人がそこで降りて、二人もそこで降りた。菊子はそのまま改札口に行き、梅子は別のホームへ向かう。
「じゃあ、また明日かな。」
「梅子。気をつけてね。相手は何を言ってくるかわからないよ。」
「うん。そうだね。菊子も気を付けなよ。男ばかりの世界でしょう?」
「最近はそうでもないよ。」
 そういって二人は別々の道を歩いていった。きっと彼女らが同級生だと誰も気が付かないだろう。大人びた容姿の梅子と、学校の制服の菊子。
 だが二人ともまだスタートラインにも立っていなかったのだ。
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