遠くて近い 近くて遠い

神崎

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深夜 の 送迎

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 やや暗めの店内で、テーブルの上にろうそくの明かりがともるようなお店。雰囲気は悪くない。
 二次会ともなると話が合ったり、そのまま恋人になりそうなカップルも出てくるようだ。遅れてやってきた私は取り残されたようにカウンター席に座っている。いつも水のように飲んでいるワインとは格段に違う、香りもいつもと違う強い香りがした。
「美味しい。」
 カウンターの向こうには、同じ部署の親族である中年の男性とバイトの男がいた。バイトの男はきれいな顔立ちをしていて、金色の髪と青い瞳がこの国の人ではないことを証明している。
「味がわかる人が一人でもいてうれしいよ。美佳の奴、いい酒ばかり選びやがってね。」
 ベストとギャルソンエプロンを身につけている二人は、店長とバイトと言うよりも親と息子のようだと思った。
 愛想のいい店長と、無愛想なバイト。ちょうどいいバランスで成り立っているように見える。
「ここ二次会だっていってましたよね。」
「えぇ。」
「たっぷり飲んできたと思うのに、よく飲めますね。」
 確かに。後ろを見ると山口さんを入れた人たちが、「もう一本ボトルを開ける」と大騒ぎとしている。
「まずい。」
「あぁ、そうだね。もうボトルは開けないようにしようか。飲める人だけグラスワインでいこうかな。竜。それ、出してくれる?」
「はい。」
 案の定、奥に座っていた総務課の女性が一人、眠りに入ろうとしていた。飲み過ぎなんだよな。
「寝かせないと。少しすれば復活すると思いますよ。」
「だったら奥の席を使って。今日は誰もいないから。竜。案内してあげて。」
「はい。」
 カウンターから男が出てきた。そして酔いつぶれている女性を抱き抱えると、奥の席に運び込む。
 その様子がとても絵になったのだろう。周りにいた女性たちがまるで生気を抜かれたように、彼を見ていた。そしてカウンターの向こうにまた帰ってくる。
「すいません。ビニール袋と、水をもらえませんか。」
「え?」
「起きたとき必要だと思うんで。」
 私はその二つを手にすると、奥の席に持って行った。寝ている彼女はまだ青い顔をしている。きっとあまりお酒を飲めないのに、つき合って飲んでたんだろうな。感心する。私にはきっと出来ないから。

 そして日付がとっくに変わった時間になり、やっと忘年会は解散になった。酔っぱらって自分の家も言えないような人たちは、近所の安いビジネスホテルの空き状況を聞き、そこに別の人に連れて行ってもらうようにしてもらった。
 あとは他の人。同じ方向に変える人はタクシーを呼んで、帰ってもらう。山口さんの家は近所なので、同じ近所同士の人たちで帰って行った。
「……さてと。私も帰ろうか。」
 タクシーは週末で捕まらないだろうが、駅まで行けば何とか一台くらいは捕まるかもしれない。
 そう思いながら傘を手に持って帰ろうとしたときだった。二階にあるワインバーの階段を下りてくる音がした。まだお客さんが残っていたのかもしれない。
「まだいたんですか。」
 そこにはギャルソンエプロンを取った「竜」と呼ばれていた店員が降りてきた。
「えぇ。やっとみんな帰ったので。」
「あなたは?」
「私も帰ります。私はタクシーからあぶれてしまったので。」
「……そうですか。良かったら、送りましょうか。」
「え?」
「バイクなんで。」
 確かに雨は上がっている。でも今あった男性に送ってもらうのは、気が引ける。
「大丈夫ですよ。自分で帰れますから。」
「……六花さん。」
 なんで名前を?驚いて彼を見上げた。
「日が変わると、その指輪では防げないような「モノ」も出てきますよ。あなたにはそれを防げないでしょう?」
「……何でそれを?」
 彼は口元だけで笑い、その建物と建物の間に置いてあったバイクを引きずり出した。
「俺もあんたと朝彦さんたちと同じってことですよ。」

 彼の本当の名前は「竜彦」。以前に魔界のゲートを開いてもらった「晴彦」と同じ、魔物と人間のハーフらしい。だが彼の場合、晴彦さんとは違って魔物の血の方が多く、力を利用する術も知っている。
「そうじゃないと、俺だって襲われますからね。」
 魔物とのハーフなのに、何も出来ない私に比べるととても優秀に見えた。
 やがてアパートの前にたどり着く。
「じゃあ、また。」
 素っ気なく彼はまたバイクで行ってしまった。二度会うかどうかわからないけれど。
 アパートの階段を上がり、部屋の前につく。そしてドアを開けると明かりが飛び込んできた。そこには息吹が明かりをつけたままベッドで眠っている。
「……。」
 手に持っているスーツをクローゼットにつるすと、私はそのベッドの下の床に座り込んだ。ひんやりとした床に、私はため息をつく。
 昔、こういうことがあった。眠っている息吹が寝言を言っていた。確かあの名前は……サクヤ。
 ねぇ。サクヤって誰?どうしてその名前を呼んだとき、あなたは幸せそうな顔をしたの?私と一緒にいてもそんな顔をしなかったのに。
「気にならない訳じゃないわ。」
 だけど聞く権利はない。私たちは「恋人」なんかじゃないのだから。
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