遠くて近い 近くて遠い

神崎

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不要 な 誘惑

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 会場に戻ってくると、山口さんの席だったところにはほかの男性社員がいて、その隣にはさっきまで山口さんに言い寄っていた女性社員がいた。
 やれやれ。
 山口さんはそれを見て適当なところに座り、またお酒を飲みだした。
 私も戻ろうとしたら、私の席だったところに上司が座っていた。上司同士で話があるのかもしれない。私も適当な席に座ると、酒を追加した。
 お酒を待っている間、テーブルの上のサラダに手を伸ばす。
「……隣いい?」
 見たことのない人だ。破れたジーパンと長髪の男。なんかチャラい。
「どうぞ。」
 断る理由もないので、私は隣を進めた。
「トイレから帰ってきたらもう席がなくてね。良かったよ。ここ空いてて。」
「それは良かったですね。」
「あ、すいません。ジンライム下さい。」
 酒強いんだな。
「煙草いい?」
「どうぞ。」
 そういって彼は灰皿を引き寄せると、煙草を取り出して火をつける。
「桜井さんって、白モノの課しかいなかったっけ?」
「そうですけど。」
「うちの課も今度遊びに来ない?」
「……どこですか。すいません。覚えがなくて。」
「あぁ。知らないだろうね。俺、十三課の課長やってる草壁。」
 十三課っていうとスピーカーの部門か。うちのお荷物の課っていわれている。確か山口さんが一瞬だけ行ったけれど、私の上司である近藤さんが自殺したため、戻ってきたのだった。
 その後釜で入ってきた人か。
「俺、最近出向したんだよね。」
「と言うことはどこかからの支店から?」
「うん。他県にある支店からね。」
 出向でいきなり課長ってことは、結構やり手の人なのかな。
 それにしても軽いな。
「どうですか。本社は。」
「白モノ家電の「TK」っていわれてるだけあるね。白モノはいい人そろえているけど、それ以外がまずいよね。専門のスタッフもいないし、素人が作ったようなスピーカーだもんね。」
 毒舌だな。その素人もここにはいるんだけど。
「山口さんっていう……。」
「はい。向こうにいますけど。」
「あの人も一瞬ここにいたけど、本当に素人だったよ。今から勉強って感じだったし。困るんだよね。こんな感じじゃ。」
「やったことないんですよ。仕方ないです。」
「仕事は仕方ないじゃ済まされないよ。ま、今はコーヒーメーカー作ってるんだって?いいんじゃない?」
 ずいぶん上から目線だな。どんなにやり手なんだろう。
「あの……ずっとこの会社というわけではないのですよね。この会社の前はどこに?」
「「PAC」っていう会社。」
「あぁ。音響機器の「PA-7000」が大ヒットしましたよね。」
「よく知っているね。そうだよ。それ俺が作ったから。」
 うわっ。そうなんだ。やはりやり手の人なんだな。でも人間的にはどうなんだろう。毒舌で、人の気持ちを考えないように見える。こんな人について行くのは大変だろう。
 でも実際はこんな人ばかりなのかもしれない。社長があんな感じで、きっちりしている人でも会社が大きくなれば、目が届かないのは当たり前だと思う。
「よく「PAC」は草壁さんを離しましたね。そんなに大ヒット作を出しているのだったら、離さないと思ってました。」
「あっちにもいい制作者が出てきたからね、古い人間はお払い箱なんだよ。」
「……そんなモノなんですか。」
 それにしてもこの人距離が近いな。どんどん近寄ってくる。
「君も十三課に来てみればいいのに。男ばかりで色気がないよ。あの課は。」
「……辞令があればそうしますけど。」
「そう?だったら今すぐにでも……。」
 そのとき後ろにいた店員が私と草壁さんの間に、腕を伸ばした。
「ジンライムです。」
 まるで割ってはいるような仕草だ。それには草壁さんも驚いたように彼を見ていた。
「君、空気読めないの?」
 見上げるとそこには息吹の姿があった。どうやら助けてくれたらしい。
「息吹。」
 すると彼は私を見て、ぼそりと言った。
「姉が困っているみたいだったから。」
「あ、何?弟?弟なら空気読んでよ。」
「嫌がっている女に言い寄っている酔っぱらいに見える。」
「んだと?失礼な店員だな。」
 立ち上がって、草壁さんは息吹に喧嘩をふっかけようとしているようだ。しかし息吹は身じろぎしない。当然だろう。喧嘩の場数なら、息吹に勝つ人間はいないだろうから。
「息吹。止めなさい。」
 その騒ぎを聞きつけて、店長らしい人があわててやってきた。
「すいません。お客さん。うちの店員が失礼なことを。」
「全くだ。教育がなってない。」
「本当にすいません。」
 ペコペコと謝る店長の姿が滑稽だった。しかしこの場は息吹が悪いようにしていないと悪いのだろう。
 たぶんこの場にいた人たちは、誰も息吹が悪いとは思っていない。だからそんなに責めないでやって欲しい。

 一次会はお開きになり、二次会へ突入しようと言う話になった。先ほどの悪い空気を払拭させるためだった。
「カラオケ行きましょうよー。」
 こう言うときには総務課の彼女はいい仕事をする。と言うか彼女が行きたいだけなのかもしれないが。山口さんのことは忘れたのか、もう違う男の人に色目を使っている。
「桜井さん?」
 山口さんが声をかけてくれた。二次会に行かないのかと。
「すいません。ちょっと息吹が心配なので、顔を覗かせていきます。」
 普通の姉弟でもする事だろう。と言うかそれが自然だ。
「わかった。行ってきなよ。」
「あとで連絡をします。」
 そういって私はダイニングバーに繋がる階段をまた上がっていった。
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