遠くて近い 近くて遠い

神崎

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拒否 の 重複

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 水槽の中の光が泳ぐ魚をきらきらと照らしている。そんなモノを入り口に置いているお洒落なダイニングバー。確かにそんなところにビジネススーツでやってくるのは、場違いだったかもしれない。その点は、女性上司に感謝をしなければいけないだろう。
 借りた洋服は厚手のロングスカートと、ニット。それでも靴は黒のパンプスだけど。それでも普段スカートなんか履かないから、周りは新鮮に映ったらしい。
「娘と体型が似てて良かったわ。」
「ありがとうございます。」
 この女性上司に関わっていて良かった。席も彼女の隣に座ることが出来たし、総務課のぎらぎらした視線に臆することもない。
 たぶんこの人も私を気にしていたんだろうな。
 ちらりと周りを見ると、山口さんは少し離れたところで総務課の彼女とほかの女性たちに言い寄られているようだった。それでも彼はいやな顔一つせず、お酒を飲んでいるようだった。
「失礼します。」
 店員が新たな料理を運んでくる。その店員を見て、私は絶句した。
「い……。」
 息吹だった。黒いシャツとギャルソンが着るようなエプロンを着ているけれど、髪を結んだ息吹だった。
「……。」
 彼もこちらをちらりと見て、少し驚いているようだった。
「知り合い?」
 女性上司がそれに気がついて声をかけてきた。
「弟です。」
「あら、ずいぶん若い弟さんね。」
「いいえ。姉がお世話になってます。」
 愛想なくそれだけ言うと、彼はその場を離れた。
「若く見えるけれど、いくつなの?」
「もう二十一ですよ。五つしか離れていませんから。すいません。ちょっと席を外します。」
 そういって私は席を離れて、トイレに行くふりをした。そしてキッチンへ戻ろうとしていた息吹に声をかける。
「息吹。」
「姉さん。どうした?」
 姉さんと呼べとは言っていたけれど、なんかしゃくに障る。
「今日はここでバイトなの?聞いてないわ。」
「いちいち言う必要もないだろう。」
 確かにそうだけれど、なんか……しゃくに障る。
「俺忙しいから、戻る。」
「……息吹。」
「……今夜、行くから。起きておいて。」
 それはどういう意味なのかはわかっている。でも何となく誤魔化されたような気がしてならない。
 息吹はそれだけ言うとまたキッチンへ戻っていった。
 私はトイレへ行き用を足すと、洗面台の前にあの総務課の女性がいた。
「店員さんと仲がいいんですね。」
 わざわざそんなことを言いに来たのか。本当に面倒な女だな。
「弟だもの。」
「弟が何で今夜部屋に行くことに許可がいるんですか。まるで……恋人みたいに。」
 手を洗って私は彼女に言う。
「何が言いたいの?はっきり言って。」
 すると彼女は口を一文字にして私に言う。
「弟って嘘でしょ?恋人で、なのに山口さんにも色目使って。本当にだらしない人ね。」
 その言葉にさすがにかちんときた。
「誰にも色目なんか使っていないわ。あなたが私の立場を羨ましく思うのは勝手だけれど、そう思うのだったらいつでも開発課へ来ればいいでしょう?出来もしないことピーチクパーチク言ってんじゃないわよ。」
 ハンカチで手を拭いて、私はトイレのドアを開けた。するとそこには山口さんがいる。
「山口さん……。」
 山口さんは何も言わずに、私をよけて女子トイレに入っていく。
「何入ってるんですか。」
 あわてて私もその中に入っていった。すると女子社員は山口さんにすり寄るように胸に飛び込んでいた。
「桜井さんが……。」
 泣いている。はぁ。すっかり悪者だな。私。
「原田さん。悪いけど、桜井さんと僕は何もないよ。仕事上のパートナーってだけじゃないよ。」
「え?」
「でも彼女ってわけじゃない。どっちかというと姉さんかな。」
 何を言っているのだろう。この人は。
 すると彼は微笑んで、女子トイレの様子がおかしいとトイレを見に来た息吹の腕を掴んだ。
「な?息吹?」
 微笑んでいるが目が怖い。いきなりなんだと息吹はうろたえている。その証拠に私や山口さんやそこにいる女性社員を代わる代わる見ていた。
「え?そういうこと?」
「そう。だからあきらめて。」
 女子社員は泣きながら私たちを押し退けて、トイレを出ていった。
「いいんですか。山口さん。」
 息吹は邪険そうにその腕を振り払った。やっと意味がわかったらしい。
「別にいいよ。僕は君以外に恋人を作る気はないし。」
 その言葉に息吹が今度は驚いていた。
「は?」
 あまりにもさらっと山口さんが言うものだから、息吹も驚いているようだった。
「息吹。桜井さんのところに世話になっているからって、手を出すなよ。」
 その言葉に、私は罪悪感を覚えた。
 確かに彼に「好きだ」とかは言っていない。だけど手は出された。とろけるようなキスをして、一つになったときうれしさが勝っていたような気はする。
 だけど言葉はない。
 それはきっと桐彦さんのことがあったからかもしれない。私はまだ桐彦さんの「妻」なのだ。その罪悪感が私も息吹までもが襲い、その一言が言えないでいるのだ。
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