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誘惑 を 拒否
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なぜ息吹が桐彦さんの妻である私を盗み出したのかはわからない。しかしはっきり言えることがある。
あのとき私が力を解放したとき、私は息吹を守るように抱き抱えていたというのだ。
と言うことは私は……。
「桜井さん。」
パソコンに向かいながら、私は少しぼんやりしていたようだった。
「はい。」
山口さんから声をかけられて、私はあわててそちらをみる。
「このデータだけど……。」
確かに魔物は多くなった。この会社の中にまで入ってくることがある。それは真実をある程度知ってしまったので、私にかけられている力の封印が取れてきていることを意味していた。
新たに封印することは出来ない。そうすれば今の記憶もなくなってしまうからだ。今の私はこの人間界に籍を置いている。いきなりいなくなれば、「問題」になってしまうからだ。
そこで会社の中では山口さんが守ってくれることになった。と言うか山口さんしか適任者がいなかったのだ。
普通のモノしか見えない武器が、普通のモノではない魔物を打ち倒しているのを見ると、相変わらず気持ちが悪くなる。しかしそうしなければ、私を「喰う」魔物が私を狙ってくるのだ。
「じゃあ、そう言うことで。」
不安になっている私とは対照的に、山口さんは上機嫌になったようだ。
「やっぱりそうなんじゃないの?」
「やだ。あんな人と山口さんが?」
新しい部署に来ても、女性の噂話は絶えることはない。それどころか山口さんが関わってきてからは、さらにひどくなったような気がする。
「若いのにおばさんみたいじゃない?」
悪かったな。おばさんで。
「山口さーん。」
開発部にやってきたのは、甘い匂いをさせた今年新卒の女性社員だった。茶色の髪はくるくるに巻かれて、爪の先は桜色のマニキュアを塗っている。
彼女は総務部だったが、消耗品などが無くなると彼女がやってくる。そしてそれを置くと、決まって山口さんのところへやってくるのだ。
「今度飲みに行きましょうよ。違う部署同士で。交流したいって先輩たちも言ってるしー。」
わざとかもしれないけれど、私を背中にしている。まるで私との壁を作るように。
「ごめんね。今開発が大詰めで。ずっと残業しないといけないし。」
「えー。まだ納期まで時間があるって言ってましたよ。」
短いスカートがパンツまで見えそうだ。
私はその香水の匂いが耐えれなくなって、席を立った。それを見て、山口さんが私に声をかける。
「桜井さん。どこへ行くの?」
「トイレです。」
トイレくらいは勝手に行かせて欲しいものだ。
廊下を歩いていると、この間までいた部署の前を通る。もう新しい人が来ていて、何か指示をしているようだ。
山口さんがいた席に別の男の人がいて、そして私がいたところに別の人がいて……。わかっているけれど、寂しい。
トイレで用を足してオフィスに戻ろうとすると、何かの臭いに気が付いた。何だろう。肉が腐ったような臭気。
「……。」
その臭いの先をたどる。そこは、ボイラー室へむかう階段からだった。
「……何かあるのかしら。」
そう思いながらそのドアノブに手をかけようとしたときだった。
「桜井さん。」
声をかけられて、私は手を止めた。
「……何をしている。」
「ごめんなさい。少し気になったので。」
「桜井さん……。」
山口さんはあきれたようにため息を一つ。そして私の腕を掴んだ。
「ちょっと来て。」
どんどんと彼は私を連れ去り、たどり着いたのはどの部署からもはずれた場所にある倉庫だった。普段使わない器具が納められていて、私たちもここに用があるのは年に数回程度。
当然のように埃っぽく、薄暗い。
山口さんは、手を離さなかった。その力は強く、字になるかもしれない。それでも私はその痛みを絶えないといけないのだ。
なぜなら、なるべく山口さんは私と離れないようにして魔物から守ってくれたのに、私は他の人の目を気にして彼から離れてしまった。私は山口さんの行為を無にするようなことをしてしまったのだ。
「ごめんなさい。」
「本当にそうだよ。」
「こうなるってわかってたのに……。」
「……ボスは、もう一度君の力を押さえる封印をすると言ってたんだけどね。僕が反対した。」
「……。」
「僕の記憶も消えるから。そして僕自身の記憶もなくなるから。」
「……山口さんも?」
「僕とは何も「無かった」ことになる。」
その握っていた手に力が入り、私は少し顔をゆがませた。
「痛いです。」
「……字になればいい。それが……僕のモノって証になるし。」
「山口さんの?」
「僕は最初からボスに君を渡すつもりはない。しょせんは元奥さんっていう関係だし、君らの間にあのときも愛情なんて無かったんだから。」
「……。」
そうだろうなとは思っていた。まるで彼は私のことをモノのように扱うから。
「僕だけだったんだ。君のことを思うのは。」
「……山口さん……。」
「悪い……とは思う。だけど……桜井さん。」
彼は手をつながれていたその手を離し、肩に手をやった。そして顔を近づけてくる。
「僕は……ずっと好きだったから。」
こんなに苦しそうに告白してくることなんかないのだろう。彼の中にあるのはきっと背徳感と、そして罪悪感かもしれない。でもそんなモノを無視してまで手に入れたいのかもしれない。
だけど私はそれに答えることは出来ない。
「だめです。」
私の心にあるのは誰?桐彦さん?それとも違う人?
あのとき私が力を解放したとき、私は息吹を守るように抱き抱えていたというのだ。
と言うことは私は……。
「桜井さん。」
パソコンに向かいながら、私は少しぼんやりしていたようだった。
「はい。」
山口さんから声をかけられて、私はあわててそちらをみる。
「このデータだけど……。」
確かに魔物は多くなった。この会社の中にまで入ってくることがある。それは真実をある程度知ってしまったので、私にかけられている力の封印が取れてきていることを意味していた。
新たに封印することは出来ない。そうすれば今の記憶もなくなってしまうからだ。今の私はこの人間界に籍を置いている。いきなりいなくなれば、「問題」になってしまうからだ。
そこで会社の中では山口さんが守ってくれることになった。と言うか山口さんしか適任者がいなかったのだ。
普通のモノしか見えない武器が、普通のモノではない魔物を打ち倒しているのを見ると、相変わらず気持ちが悪くなる。しかしそうしなければ、私を「喰う」魔物が私を狙ってくるのだ。
「じゃあ、そう言うことで。」
不安になっている私とは対照的に、山口さんは上機嫌になったようだ。
「やっぱりそうなんじゃないの?」
「やだ。あんな人と山口さんが?」
新しい部署に来ても、女性の噂話は絶えることはない。それどころか山口さんが関わってきてからは、さらにひどくなったような気がする。
「若いのにおばさんみたいじゃない?」
悪かったな。おばさんで。
「山口さーん。」
開発部にやってきたのは、甘い匂いをさせた今年新卒の女性社員だった。茶色の髪はくるくるに巻かれて、爪の先は桜色のマニキュアを塗っている。
彼女は総務部だったが、消耗品などが無くなると彼女がやってくる。そしてそれを置くと、決まって山口さんのところへやってくるのだ。
「今度飲みに行きましょうよ。違う部署同士で。交流したいって先輩たちも言ってるしー。」
わざとかもしれないけれど、私を背中にしている。まるで私との壁を作るように。
「ごめんね。今開発が大詰めで。ずっと残業しないといけないし。」
「えー。まだ納期まで時間があるって言ってましたよ。」
短いスカートがパンツまで見えそうだ。
私はその香水の匂いが耐えれなくなって、席を立った。それを見て、山口さんが私に声をかける。
「桜井さん。どこへ行くの?」
「トイレです。」
トイレくらいは勝手に行かせて欲しいものだ。
廊下を歩いていると、この間までいた部署の前を通る。もう新しい人が来ていて、何か指示をしているようだ。
山口さんがいた席に別の男の人がいて、そして私がいたところに別の人がいて……。わかっているけれど、寂しい。
トイレで用を足してオフィスに戻ろうとすると、何かの臭いに気が付いた。何だろう。肉が腐ったような臭気。
「……。」
その臭いの先をたどる。そこは、ボイラー室へむかう階段からだった。
「……何かあるのかしら。」
そう思いながらそのドアノブに手をかけようとしたときだった。
「桜井さん。」
声をかけられて、私は手を止めた。
「……何をしている。」
「ごめんなさい。少し気になったので。」
「桜井さん……。」
山口さんはあきれたようにため息を一つ。そして私の腕を掴んだ。
「ちょっと来て。」
どんどんと彼は私を連れ去り、たどり着いたのはどの部署からもはずれた場所にある倉庫だった。普段使わない器具が納められていて、私たちもここに用があるのは年に数回程度。
当然のように埃っぽく、薄暗い。
山口さんは、手を離さなかった。その力は強く、字になるかもしれない。それでも私はその痛みを絶えないといけないのだ。
なぜなら、なるべく山口さんは私と離れないようにして魔物から守ってくれたのに、私は他の人の目を気にして彼から離れてしまった。私は山口さんの行為を無にするようなことをしてしまったのだ。
「ごめんなさい。」
「本当にそうだよ。」
「こうなるってわかってたのに……。」
「……ボスは、もう一度君の力を押さえる封印をすると言ってたんだけどね。僕が反対した。」
「……。」
「僕の記憶も消えるから。そして僕自身の記憶もなくなるから。」
「……山口さんも?」
「僕とは何も「無かった」ことになる。」
その握っていた手に力が入り、私は少し顔をゆがませた。
「痛いです。」
「……字になればいい。それが……僕のモノって証になるし。」
「山口さんの?」
「僕は最初からボスに君を渡すつもりはない。しょせんは元奥さんっていう関係だし、君らの間にあのときも愛情なんて無かったんだから。」
「……。」
そうだろうなとは思っていた。まるで彼は私のことをモノのように扱うから。
「僕だけだったんだ。君のことを思うのは。」
「……山口さん……。」
「悪い……とは思う。だけど……桜井さん。」
彼は手をつながれていたその手を離し、肩に手をやった。そして顔を近づけてくる。
「僕は……ずっと好きだったから。」
こんなに苦しそうに告白してくることなんかないのだろう。彼の中にあるのはきっと背徳感と、そして罪悪感かもしれない。でもそんなモノを無視してまで手に入れたいのかもしれない。
だけど私はそれに答えることは出来ない。
「だめです。」
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