遠くて近い 近くて遠い

神崎

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虚偽 の 姉弟

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 音楽を聴くときは、だいたい電車に乗るとき。当初は「聞きたくないもの」や「見たくない」モノがあるので、誤魔化すために聞いていた。
 だから家にはパソコンはあってもコンポはない。
 スピーカーとは縁のない生活をしていたのだ。
 と言っても家には今担当している食洗機はないけれど。
 そう言えば大学の時、音響オタクみたいな同期生がいて違うスピーカーでいろいろ聴かせて貰ったけれど、私には何が違うのかわからなかったことがあったなぁ。
 だからといって私が山口さんについて行って、課の変更を言い出すことはない。プライベートで彼に頼ることはあっても、仕事では自立しようとしているのだ。いい機会だ。これから山口さんから離れてもいいのかもしれない。
 そんなことを思いながら、今日の仕事を終えて駅に向かっていた。もうすでに外は真っ暗で、酔っぱらったサラリーマンもちらちらと見える。
 今日のご飯は何にしようと思っていたら、昼に食べて余った唐揚げがあった。もう今日はこれでいいか。
「ねぇ。お姉ちゃん。」
 声を後ろからかけられて、私は振り返る。そこには五、六歳くらいの男の子がいた。
「なあに?」
 目線を下げて男の子にあわせる。髪の長い男の子だ。来ているモノも、この寒いのに半パンとシャツという身震いするような格好。
 親は何しているだろう。
「迷子になっちゃった。」
「あら。そう。じゃあ、交番に行こうかしらね。」
 駅前にあったはずだ。そこで保護して貰おう。
「ううん。お母さん、この近所にいると思うんだ。一緒に探してくれないかな。」
 えー。面倒。
 内心そう思ったけれど、不安そうな表情を見ると断れない。仕方ないな。
「いいよ。」
 男の子は目をきらきらさせて、私の手を握った。何というか、最近の子供ってこんなモノなのかな。よく言えば人見知りしない。悪く言えば、馴れ馴れしい。
「どこへ行ったの?お母さんは。」
「こっちの方だと思うんだけど。」
 男の子に連れられて歩いていく。するとどんどんと外灯なんかが少なくなり、暗い夜道に連れてこられた。
 人も少なくなってきた。やだ。なんか私まで不安になる。
「本当にここらへん?」
「うん。あ、なんかいい匂いがするね。」
「あぁ。」
 昼に食べ残した唐揚げの匂いかな。
「唐揚げよ。」
「へぇ。いいなぁ。」
「お昼に食べて、余ったものよ。まだ匂うのかしら。」
「でもね、僕もっと美味しいモノ知ってる。」
 お母さんの唐揚げか何かかしら。出もこんな格好をさせている親だ。母親が料理なんかしないのかもしれない。もっとほかのモノかな。
「何?」
「魔物の肉。」
 え?今なんて?
 ぞっとして足を止めて男の子を恐る恐る見た。
「きゃあ!」
 手を思わずふりほどく。男の子の目が全体的に赤く光っている。その光はとても異様な、野生動物のような光を持っていた。
「お姉ちゃん。食べていい?僕、力が欲しいんだ。」
 思わず走り出した。来た道を抜ければ、人通りの多い場所に出るはずだから。
「逃がさないよ。」
 男の子の声が低く響く。そして彼は小さな体には似合わないようなスピードで私を追いかけてきた。
「いやぁ!」
 すると私の前に人影が見えた。これも魔物?万事休す?
 その人影は手に持っている長いモノを手に持っていた。やばい。あれって剣?魔物の剣?私はやっぱり殺される?
 するとその人は脱兎のように私の横を走り抜けて、その追いかけてくる男の子に向かっていった。
「ぎゃあああああ!」
 閑静な住宅街に断末魔の悲鳴が響いた。私は足を止めて、そこを振り返った。
 そこにいたのは、男と、先ほど私に襲いかかろうとしていた男の子が血を流し倒れ込んでいた。
 それを見た瞬間、目の前が暗くなっていった。

 コーヒーの匂い?そして男の声?
 目を開けると見覚えのある天井が見えた。そして体を起こし、周りを見渡した。
「気が付いたようだ。」
 そこには黒いスーツを着た男がいた。あれ?この人今朝見たような。
 イヤ。それ以前にも会っているような……。
「よかった。桜井さん。気が付いて。」
 聞き覚えのある声。それは山口さんだった。
「山口さん。」
 と言うことはここは山口さんの家?
「ここって……。」
「僕の家。君、魔物に襲われたんだろ?気をつけないといけないね。」
 すると奥にいた男が大げさにため息を付いた。
「全くだ。これだけ魔力のがあるのに、使い方もわからないようでは宝の持ち腐れだな。」
 何?この人。すごい失礼!
「人の事情も……。」
「桜井さん。君を助けてくれたのは、この人だよ。」
 文句を言おうとして、私は言葉を飲み込んだ。一応命の恩人ってわけだ。
「一応、お礼は言っておくわ。ありがとう。」
 するとその男は不機嫌そうにテーブルの上にあった水を手にした。
 体を起こすと、私はソファの上で眠っていたらしい。今何時だろう。時計を見ると、二十二時三十分。終電にはまだ間に合いそうだ。
「すいません。お手数かけました。帰ります。」
「そう?大丈夫?」
「はい。」
 私が立ち上がると、喪服の男は水の入ったペットボトルをテーブルの上に置き、ジャケットを羽織る。
「送る。」
「息吹。」
 それを止めようとしたのか、山口さんが彼の名前を呼んだ。
「何だ。」
「……僕が送るから。」
「お前は人のいるところでは「力」を解放できないだろう。」
「それはそうだけど……。」
 悔しそうに拳を握っているのを見て、私は山口さんに言った。
「送って貰わなくても……ここ駅から近いですし、大丈夫ですよ。」
「甘いな。」
 フォローしたのに何でぶち壊すかなぁ。
「こんなに魔力が垂れ流しだったら、また襲われるに決まっている。しばらくは送ってやる。」
「あなたが?」
「朝彦に送って貰えば会社で面倒なんだろう。俺なら弟とでも言っておけばいい。」
「息吹……お前……。」
 山口さんの笑顔が消えた。嫉妬しているのだろうか。
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