遠くて近い 近くて遠い

神崎

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休憩 も 探索

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 昼休憩になり、珍しく私は食堂に向かった。なるべく一人にならない方がいいと思い、騒がしいがここへやってきたのだ。窓側の日当たりのいい席に一人で座っていると、向かいに男の人が座ってきた。それは今度上司になる橘さんだった。
「一人?」
「えぇ。」
「寂しくないの?」
「特には。」
 彼も弁当を持っている。おそらく愛妻弁当なのだろう。
「山口さんが転勤したら、君の直属の上司になるわけだけど。」
「そうですね。」
「データを取ることばかり君はやってきていたの?」
「一応、新製品の案は出していますが、採用はされたことはなくて。」
「どんなものを作っていたのか、気になるな。」
「どうでしょうか。」
 弁当箱を開いた橘さんの弁当は、手の込んでいるものが多かった。おそらく奥さんは料理上手なのかもしれない。
「小耳に挟んだんだけど。」
「なんですか。」
「山口さんの性癖。」
「あぁ。」
「ゲイなんだって?」
「えぇ。そう聞いています。」
「おかしいな。」
 彼は弁当の中のアスパラガスの肉巻きを食べながら、少し首を傾げた。
「何がですか。」
「俺、あいつの大学の先輩になるんだけど、大学の時彼女いたよ。」
「……。」
 こんなところで会うと思ってなかったのかもしれない。下手な嘘を付くものじゃないと思っていたのに。
「相手知っている?」
「話だけは。」
「なんだ知ってたのか。つまらないな。」
「子供の時はノーマルでも、大人になって自分の性癖に気が付く人もいますからね。そういうことじゃないんですか。」
「……そんなものかな。」
「えぇ。そんなものですよ。」
 人工の多い町だ。そんな人がいても特に不思議はないだろう。
「君と噂もあったって聞いたよ。」
「ゲイなら嘘でしょう。」
「仲が良すぎるってね。ただの上司と部下の関係じゃないって言われてたよ。気づいてた?」
「えぇ。下らない。」
「下らないで終わらせられるんだね。」
「男性の多い職場ですから、そういうことを言われても仕方ありません。」
「他に恋人がいるとか。」
「セクハラですか。」
「冗談だよ。」
 ぐいぐい聞いてくるな。あまり自分のことは話したくないんだけどな。
 そのとき向こうから山口さんがやってきた。手にはコンビニの袋が持たれている。
「二人で何こそこそ話しているんだよ。僕も入れて。」
 そういって彼は私の隣に座った。
「性癖の話していたんだ。」
「あぁ。そういうこと。」
 コンビニの袋から彼はおにぎりとお茶を取り出して、それを開きだした。
「この間、別れてしまったんです。」
「そうだったんですか。だったら今度飲みに行きませんか。俺そういうのに興味があって。」
「新婚さんでしょう?何言ってるんですか。」
 いつも通りの山口さんだ。橘さんの冗談を普通に交わしている。
 やがて食事を終えると、橘さんは喫煙所へ行ってしまった。私たちはまた地下へ戻ろうと、エレベーターの方へ向かった。
「桜井さん。橘さんとはうまくやれそう?」
「えぇ。既婚者ですから、やりやすいでしょうね。」
 やがてエレベーターがやってきて、私たちは乗り込んだ。他に乗ってくる人はいない。
「デートは今度の土曜日はどうだろうか。」
「……本気だったんですか。」
「うん。車、レンタカー借りたし、遠出も出来るよ。」
 さらに笑顔で彼は言う。
「それって私が都合が悪いって言えばどうしたんですか。」
「キャンセルすればいいだけだから。」
 私は少しため息を付くと、わかりました。といってそれを快諾した。
「髪を下ろしてコンタクトにしてね。」
 エレベーターを降りて、自分のオフィスへ向かおうとしたときだった。彼は私に声をかける。
「足、もう治ったんだ。」
 調子を崩されたせいか、足を痛めたことをすっかり忘れていた。私は振り返り、彼に言う。
「それが、人間じゃないってことなんでしょうね。」
 彼はそれを聞いてますます笑っていた。

 その日の夜。定時で帰ることが出来た私は、その足で美容室へ向かった。美容室なんて何年ぶりだろう。いつも結んでいるだけだからな。
 そもそも髪を触られるのが苦手だ。その上、あれこれと聞いてくる美容師も苦手。なので美容室では、雑誌ばかり読んでいる。
 ファッショナブルなモデルが色とりどりの洋服を着ているのを流し読みしていると、隣に誰か座った。ヒールを鳴らして座ってきたのをみると、それは愛さんだった。
「愛さん。」
「あら。珍しいところで会いますね。」
 タオルを髪に巻いているところを見ると、もう仕上げなのかもしれない。
「切るんですか?」
「揃えるだけです。」
「そうですね。せっかく長いのですし、切るのは勿体ないですね。それにしても、何年も切っていないような髪ですね。」
「メンドクサくて。」
「あなたらしいです。何かあるのですか。」
「えぇ。デートに誘われまして。」
「あら。色っぽい話ですね。」
 その相手は愛さんでもわかっているはずだ。そしてそれが勝負になることも、彼女はわかっている。
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