遠くて近い 近くて遠い

神崎

文字の大きさ
上 下
68 / 85

青空 と 裏腹

しおりを挟む
「こんなに跡が付いている。」
「何回された?」
「何度イッたんだ?」
 シャワーを浴びたい。そういった私の願いは届かなかった。ただがむしゃらに息吹は私を抱き続けた。その行為に、愛があるのかと言われると、わからなかった。
 これは独占欲ではないの?
 私を逃したくないっていう感情からだけのものではないの?
 気を失うように二人で眠り続け、目を覚ましたのはもう昼近い時間だった。大した時間ではなかったはずだ。だけど起きたときにはもう息吹の姿はなかった。もう出ていったらしい。
 彼が何をしているのかはわからない。
 だけどそれを聞くことはできないと夕べ言われたばかりだった。そう。彼には秘密がまだある。

 シャワーをやっと浴びて、部屋着に着替えた。すると携帯電話に山口さんからのメッセージが入っていた。
「熱は下がった?」
 素っ気ない文面。山口さんは私の仮病を信じているのだろうか。それとも夕べのことが気になったのだろうか。
「少し下がりました。ご迷惑かけました。」
 とだけ打って、送信する。そしてまたベッドに横になった。まだ疲れているようだ。ベッドの中に吸い込まれそうな感覚に落ちていくようだった。

 ピンポーン。

 そのとき部屋のチャイムが鳴った。私はその感覚から叩き起こされるような気持ちになりながら、ベッドから体を起こす。
 そしてのぞき穴から外を見ると、そこには愛さんの姿があった。
「愛さん。」
 ドアを開けると、彼女は少し笑いながら私をみる。
「眠ってました?」
「眠りそうでした。」
「そうでしたか。すいません。そんなときに来てしまって。」
 目立つ人だ。夜の仕事の人でもこんなに迫力のある人はいないだろう。
「上がりますか。狭いですけど。」
「ええ。お邪魔します。」
 初めてヒールを脱いだところを見たけれど、背も高いようだ。感覚的には山口さんとあまり変わらないくらいの身長だろうか。
 私はお湯を沸かしながら、そんなことを考えていた。
「男性がこの部屋に?」
 ドキリとした。振り返ると愛さんは、テーブルの上の灰皿を見ていたようだ。
「喫煙者ではないですよね。桜井さんは。」
「えぇ。」
「口紅が付いてないので女性用ではないですし、兄の銘柄でもありませんから。」
「……。」
 お茶を入れて、彼女の前に置いた。
「えぇ。」
「兄を捨てて、その人と一緒になりたいと?」
「……愛さん。正直なところを言っていいですか。」
 私はそのとき初めて、私のことを他人に話したと思う。
 妻というのは桐彦さんが勝手に言っていたこと。
 息吹と心を通じ合い私は嬰児に戻され、息吹は記憶を無くされた事。
 私は記憶を失ったあと、人間と信じながら生きてきたこと。
「つまり……妻だというのは、兄があなたを生きながらえさせるための条件の一つだったと?」
「はい。」
 愛さんはぎゅっと手を握る。
「そんなことで兄の妻を名乗っていたなんて……。」
 なんだか様子がおかしいな。どういうことだろう。
「……愛さん?」
「……あなた魔物なんですよね。」
「えぇ。そうらしいです。」
「どうしてそんな人が「愛」だの「恋」だの言えるんですか。」
「どうしてでしょう。」
 それが不思議だった。人工的に作られた魔物だからだろうか。突然変異だったのだろうか。それとも作ったのが「人間」だったからだろうか。
「作った製造元に聞かないとわかりませんが、そんなプログラムを埋め込んだのか、それとも、無意識のうちにそうさせたのか……。」
「殺人マシーンを作りたかったはずです。それに感情など不必要なはず。だけど……あなたはどうして……。」
「……。」
「兄を巻き込みながら、どうして人に愛されるのですか。」
「たぶん……桐彦さんは私を愛していたから妻にしたんじゃないんです。」
「じゃあ、どうして?」
「魔物にとって私は、極上の食料らしいです。」
「……食べるの?」
「えぇ。魔物は人間も食べます。その人がもし「霊感」などが強いものであれば、さらに極上の食料になります。」
 こんな事を淡々と言う私も、どうかしている。
「どうして?」
「魔物が人間や魔物を食べるのは、ただ単に食事というだけではないのです。その食べたものの持っている「力」を自分のものにできるから……。」
「でもあなたは生きていますよね。」
「食べるのは肉や血だけではないのですよ。」
「……体液もいいということですか。」
「えぇ。そのために桐彦さんは私を妻にした、そう思えます。」
 たぶん、それが真実。彼に愛など無かった。ただ独占欲と、食欲が満たされる為に私を妻にしたのだ。
「栄介も……あなたを好きでいるみたいですね。」
「山口さんにはずっとお世話になっています。」
「……栄介とは大学の時に恋人同士でしたけど……彼は私といても心は違うところにずっとあった。そんな感じのする人でした。」
「……何を見ていたんでしょう。」
 すると愛さんは私の手を握る。温かい手だ。そして指先のマニキュアが、綺麗だと思った。
「桜井さん。栄介には気をつけた方がいいかもしれません。」
「え?」
「兄は昔ぽつりと言ったことがあるんです。栄介は、笑いながら仕事ができる人だって。」
「……。」
 どういう意味だろう。確かに笑っているが。
「仕事って……会社の仕事ではなくて?」
「えぇ。もちろん、違います。彼は笑いながら殺すことができる人。そんな人なのです。」
 愛さんが出ていったあと、私はお茶を片づけ終わると外を見た。天気がいい日だ。晴れ渡る空が広がっていて、もやもやしている私の心も照らしてくれないだろうかと願ってしまう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...