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内心 は 混沌
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最上階から、また最下層にやってくる。最上階へは行くことがない。私の居場所は地下にしかないと言われているようだった。
でも実際そうだ。私は可愛く着飾ることもできないし、そんな振る舞いもできなかった。いいのはベッドの反応だけ。もっとも「人間」に抱かれても「マグロ」だといわれ続けていたので、そのいいところもなかったわけだが。
デスクに帰ってくると、みんなの注目を集めた。最初に聞いてきたのは、山口さん。
「社長はなんて?」
「すいません。他言はするなと言われているので。」
確かに他言してはいけないだろう。自分の父が死にそうなので、出て行った兄弟と連絡が取りたいなんて、普通の家庭でもそう易々と言わないだろう。
パソコンを開くと、社内メールが一件。それは愛さんからメール。電話番号とメールアドレスが記されている。おそらく桐彦さんに連絡が付いたら、ここに連絡しろということなのだろう。
仕事が終わり家に帰る途中、私は電話をした。それは桐彦さん宛。繋がるかどうかわからないけれど、連絡をしなければいけない。
「どうした。」
出ないからもう切ろうかと思っていたときに、桐彦さんは電話に出てくれた。
「……社長に会いました。それから秘書の方にも。」
「武彦と、愛か。」
「会長は国立病院にいるそうです。」
「親父殿が?」
さっきから声に覇気がない。いつもの桐彦さんとは別人のようだった。
「もうあまり時間がないと。」
「……六花。誰に頼まれた?」
「え?」
「武彦か。それとも愛か?」
「両方です。」
「それは嘘かもしれない。ワタシを連れ戻そうとしているからな。」
「魔界から?」
「あの会社は人間を魔物にかえる「転生」の方法では第一線を行っている。と言うことは、魔物を人間に返ることもできているのだ。ワタシを人間にしようと、奴らは必死になっているからな。」
「そんな……。」
「だいたい、本当の訳がない。親父殿は、先週までパーティだ、ゴルフだと精力的に動き回っていた。」
「……。」
どちらが本当なのだろうか。私は思わず立ちすくんでしまった。
「しばらくはそっちにワタシは行けない。」
「愛さんには、なんと言えばいいのですか。」
「嘘だろう。何も言わなくていい。」
「桐彦さん。本当に嘘なんですか。」
「しつこい奴だ。あいつ等がどんな手を使っているのか、ワタシはずっと見てきたんだ。嘘に決まっている。」
「でも……泣いてたんです。」
「誰が?」
「愛さんが……。」
魔物が涙を流すことはあまりない。今ではそんなことをいう人は少なくなったが、「魔物は涙を流すと死ぬ」ともいわれていたことがあったのだ。
「演技に決まっている。」
「桐彦さん。」
「来て欲しいなら、お前がまず来い。息吹を捨ててな。」
「……そんなこと……。」
「できないだろう。私の前であれだけ啖呵を切ったのだから。」
こんな日が来ると思ってなかった。
おそらく愛さんと社長のいうことは、社長命令になるだろう。それと息吹。どちらを取るのか、その選択を迫られるなんて。
「私は……。」
「悩むな。そんなことくらいで。軽い「愛」だといわれるぞ。」
そうかもしれない。
電話を切った後、私は暗くなってしまった空を見上げた。
たぶん今日も息吹は来ない。もう何日会っていないだろう。寂しいといえば寂しい。だけど「今まで通りだから」、と言い聞かせている自分もいる。
素直に「寂しい」と言えない自分が、悲しかった。
とはいえ、そんなことを愛さんに報告できるわけがない。
「桐彦さんはあなたたちに疑心暗鬼になっています。会長の件も嘘だといって取り合ってもらえませんでした。諦めてください。」
なんて言えるわけがない。
どうしたものかと、思いながら駅へ向かっていた。そのとき、駅前で男性がビラを配っていた。
「どうぞー。」
そのビラを見ると居酒屋がオープンしたらしい。どうやら魚料理が美味しいらしく、それを全面に出していた。この年末にオープンさせるなんて、度胸のある居酒屋だ。
住所を見るとここから近いらしい。たまには行ってみよう。一人酒でもしないと、ぐちゃぐちゃ考えてしまうし。
居酒屋はビルの一階。外にまで席があり、もうすでに酔っぱらった人もいる。
「いらっしゃいませー。何名様ですか?」
「一人ですが、よろしいですか。」
「どうぞ。カウンター席に。」
元気のいい店員に案内されて、私はカウンター席に座った。後にはテーブル席がいくつかあり、もうそこも酔っぱらっている人が多い。
カウンター席は少し席が空いているが、あと何人かで満席になりそうだ。チラシの効果は高い。
「とりあえず生と、鯵の南蛮をください。」
注文するとすぐに生ビールが運ばれる。それに口を付けようとしたときだった。
「桜井さん。一人?」
声をかけられてそちらを見ると、そこには山口さんの姿があった。
「山口さん。」
「僕も一人。隣いい?」
「どうぞ。」
一人で悶々と悩みたかったけれど、仕方ないか。
「何頼んだ?」
「南蛮です。」
「そっか。じゃあすいません。生ととりあえずポテトサラダ。」
魚が美味しい店で、魚じゃないものを頼むのね。この人は。
でも実際そうだ。私は可愛く着飾ることもできないし、そんな振る舞いもできなかった。いいのはベッドの反応だけ。もっとも「人間」に抱かれても「マグロ」だといわれ続けていたので、そのいいところもなかったわけだが。
デスクに帰ってくると、みんなの注目を集めた。最初に聞いてきたのは、山口さん。
「社長はなんて?」
「すいません。他言はするなと言われているので。」
確かに他言してはいけないだろう。自分の父が死にそうなので、出て行った兄弟と連絡が取りたいなんて、普通の家庭でもそう易々と言わないだろう。
パソコンを開くと、社内メールが一件。それは愛さんからメール。電話番号とメールアドレスが記されている。おそらく桐彦さんに連絡が付いたら、ここに連絡しろということなのだろう。
仕事が終わり家に帰る途中、私は電話をした。それは桐彦さん宛。繋がるかどうかわからないけれど、連絡をしなければいけない。
「どうした。」
出ないからもう切ろうかと思っていたときに、桐彦さんは電話に出てくれた。
「……社長に会いました。それから秘書の方にも。」
「武彦と、愛か。」
「会長は国立病院にいるそうです。」
「親父殿が?」
さっきから声に覇気がない。いつもの桐彦さんとは別人のようだった。
「もうあまり時間がないと。」
「……六花。誰に頼まれた?」
「え?」
「武彦か。それとも愛か?」
「両方です。」
「それは嘘かもしれない。ワタシを連れ戻そうとしているからな。」
「魔界から?」
「あの会社は人間を魔物にかえる「転生」の方法では第一線を行っている。と言うことは、魔物を人間に返ることもできているのだ。ワタシを人間にしようと、奴らは必死になっているからな。」
「そんな……。」
「だいたい、本当の訳がない。親父殿は、先週までパーティだ、ゴルフだと精力的に動き回っていた。」
「……。」
どちらが本当なのだろうか。私は思わず立ちすくんでしまった。
「しばらくはそっちにワタシは行けない。」
「愛さんには、なんと言えばいいのですか。」
「嘘だろう。何も言わなくていい。」
「桐彦さん。本当に嘘なんですか。」
「しつこい奴だ。あいつ等がどんな手を使っているのか、ワタシはずっと見てきたんだ。嘘に決まっている。」
「でも……泣いてたんです。」
「誰が?」
「愛さんが……。」
魔物が涙を流すことはあまりない。今ではそんなことをいう人は少なくなったが、「魔物は涙を流すと死ぬ」ともいわれていたことがあったのだ。
「演技に決まっている。」
「桐彦さん。」
「来て欲しいなら、お前がまず来い。息吹を捨ててな。」
「……そんなこと……。」
「できないだろう。私の前であれだけ啖呵を切ったのだから。」
こんな日が来ると思ってなかった。
おそらく愛さんと社長のいうことは、社長命令になるだろう。それと息吹。どちらを取るのか、その選択を迫られるなんて。
「私は……。」
「悩むな。そんなことくらいで。軽い「愛」だといわれるぞ。」
そうかもしれない。
電話を切った後、私は暗くなってしまった空を見上げた。
たぶん今日も息吹は来ない。もう何日会っていないだろう。寂しいといえば寂しい。だけど「今まで通りだから」、と言い聞かせている自分もいる。
素直に「寂しい」と言えない自分が、悲しかった。
とはいえ、そんなことを愛さんに報告できるわけがない。
「桐彦さんはあなたたちに疑心暗鬼になっています。会長の件も嘘だといって取り合ってもらえませんでした。諦めてください。」
なんて言えるわけがない。
どうしたものかと、思いながら駅へ向かっていた。そのとき、駅前で男性がビラを配っていた。
「どうぞー。」
そのビラを見ると居酒屋がオープンしたらしい。どうやら魚料理が美味しいらしく、それを全面に出していた。この年末にオープンさせるなんて、度胸のある居酒屋だ。
住所を見るとここから近いらしい。たまには行ってみよう。一人酒でもしないと、ぐちゃぐちゃ考えてしまうし。
居酒屋はビルの一階。外にまで席があり、もうすでに酔っぱらった人もいる。
「いらっしゃいませー。何名様ですか?」
「一人ですが、よろしいですか。」
「どうぞ。カウンター席に。」
元気のいい店員に案内されて、私はカウンター席に座った。後にはテーブル席がいくつかあり、もうそこも酔っぱらっている人が多い。
カウンター席は少し席が空いているが、あと何人かで満席になりそうだ。チラシの効果は高い。
「とりあえず生と、鯵の南蛮をください。」
注文するとすぐに生ビールが運ばれる。それに口を付けようとしたときだった。
「桜井さん。一人?」
声をかけられてそちらを見ると、そこには山口さんの姿があった。
「山口さん。」
「僕も一人。隣いい?」
「どうぞ。」
一人で悶々と悩みたかったけれど、仕方ないか。
「何頼んだ?」
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