夜の声

神崎

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二年目

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 意識が戻ってからは、とんとん拍子にいろんな管が抜かれた。ただおしっこの管だけはまだ抜けないままだったので、それが人間らしくないと茅さんはグチっている。
「まだおしめとかさ、そういうヤツの方がいい。」
「文句言わないの。」
「ちぇっ。」
 さすがにまだコーヒーは飲めない。
 今晩くらいから食事を始めるけれど、まずはお粥からだということだし先は長いかもしれないな。
「お前、何か食った?」
「……私のことはいいから。」
「あのさ、昨日のことはショックだったかもしれねぇけど、ちゃんと食えよ。お前、最初の頃は骨が当たって痛かったんだよ。」
「そんな言葉は、元気になってからまた言って。」
 元気になったらまた抱ける。そう思っているのかもしれない。だからそんな言葉がでるのだ。
「何?元気になったらいいのか?」
 そのとき看護師さんが、バケツを持ってやってきた。
「藤堂さん。元気そうですねぇ。」
「おかげさんで。」
「明日、一般病棟に移りましょうね。」
「その前にさ、体起こしてくんねぇ?同じ体勢で腰がそろそろ痛いわ。」
「痛いですか?」
 その言葉に、看護師さんが驚いたように彼を見た。そしてバケツにおしっこを移すと、また立ち上がる。
「ちょっと先生呼んできますね。」
 その様子に私たちは顔を見合わせた。

 医師はまだ三十代といったところだろうか。若い先生だった。
 検査の間、私は外にでていた。そして先生と看護師が出てくるのを待つ。時計を見たら、もう夕方の時間だ。そろそろ柊さんも先生も仕事が終わる時間だろうか。
 私は携帯で、先生にメッセージを送る。仕事が終わったら様子を見に来てくださいと。
 するとそのカーテンから医師が出てきた。
「身内の方ですか。」
「あ、いいえ。あの……同居人というか……。」
「同居人……。」
「あぁ、あの茅さんのお兄さんにさっきメッセージを送りました。」
「恋人とかではないのですか。」
「ではないんです。」
「……。」
「どうしたんですか。」
「異常な回復力ですね。学会に提出したいくらいだ。」
「はぁ……。」
「足の感覚が戻っているようなので、カテーテルを抜きました。」
「カテーテルってことは、あの……おしっこの管のことですか?」
「えぇ。看護師に言って、車いすを用意します。それから、身内の方が見えられたらまた詳しく説明しますよ。」
 カーテンの中に入ると、茅さんはもうベッドを起こしてもらっていた。それにもう管は何もない。
「あー。人間に戻ったみたいだ。傷はひきつるけどな。」
「無理しないで。今、先生にメッセージ送ったから。」
「手術して、一日もしないで起きあがれると思ってなかったんだってさ。」
「だったら何でこんなに眠ってたの?」
「……ただの寝不足だろ?」
 彼はそういってあくびを一つした。
「人騒がせな……。」
 すると彼は私の腕に手を伸ばし、その腕をつかんだ。
「下半身が不随にならなくて良かったな。アレも立つんだって。」
「そう。良かったわね。」
「気づいた?俺、起きたとき朝立ちしてたの。」
「くだらない。」
 いつもの会話だ。そういって彼は、私の手を引いて唇を軽く合わせた。
「……退院したら、しようぜ。多分溜まってるから。」
「いつ退院するのかしらねぇ。」
 自分で自分の言葉に、私ははっとした。
「カフェが……。」
「あぁ。そのこともあってな。さっさと退院しなきゃいけないんだがな。くそ。これくらいの傷、昔はさっさと直ってたのに。」
「でも回復力早いって言ってたわ。」
「そうだよな。」
 すると看護師さんの声がした。
「藤堂さん。車いす持ってきましたよ。」
 そういって車いすを持ってきた看護師さんは、ほほえみながら私たちを見ていた。
「いいですねぇ。若い彼女で。」
「恋人じゃないですよ。」
「あら。そうなんですか?」
「どっちかつーと愛人みたいな?」
「愛人?」
 その言葉にその若い看護師さんは、驚いたように私を見る。
「違います。茅さん。変なこと言わないで。お互い独身じゃない。」
「不思議に思ってたんですよ。どんなつきあいの人が来てるんだろうって。」
「あぁ。だから……。」
「同居人です。」
 今度は変なことを言われる前に自分から言った。それでもこの看護師がナースステーションに入ったら、すごい噂になるんだろうな。
 看護師さんがカーテンの向こうへ行ってしまったのを見計らい、私は茅さんに詰め寄る。
「誰が愛人ですって?」
 すると茅さんは悪びれもなく言った。
「言ったじゃん。愛する人、で愛人。」
「やめてよ、そういうの。誤解を招くわ。」
 すると彼はその車いすを自分のそばに持ってくるように言う。私は頬を膨らませたまま、それをベッドサイドに持ってきた。
「いてて……。やっぱまだ傷がひきつるな。」
「大丈夫?」
 その体を支えようと、私は手を伸ばした。すると彼は私のその手を引っ張り、私の体を抱きしめた。
「ちょ……。」
「黙れ。」
「何?」
「お前、痛いとことか何もないんだよな。」
「うん……。」
「良かった。お前が無事なら、それでいい。俺がどうなっても、お前が無事なら……。」
 腕の力が強くなる。そしてぎゅっとその体を抱きしめた後、彼は少し私を離して、また唇を重ねた。
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