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二年目
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髪を伸ばしていたのは、楽だからという他に理由があった。
髪の長い男はそうそういない。DJをする上で、特徴があった方がいいという菊音の言葉からだった。それに、菊音の紹介で始めたラジオの仕事。
もしラジオの仕事がばれてもSyuであったと思わせればいい。
「思わせればいい?あなたは流していただけでしょう?」
リビングに新聞紙を敷いて、彼は広めのゴミ袋に頭が入るだけの穴をあけて、それを被った。そして私の方を見る。ゴミ袋の下から、手を出して私の頭をなでた。
「お前はだから可愛いんだ。人のいうことをすぐ信じるから。」
「あっ……。」
「俺が椿をしていた。」
月曜日から金曜日まで、彼はラジオのパーソナリティをしていた。それを紹介したのは、菊音さん。
夜のラジオ番組は、菊音さんの最後の良心だった。
「あなたのいうことだから信じたのよ。」
「知ってる。もう隠す必要もない。番組は降りた。DJも気が向いたときしかしなくていい。」
「ねぇ……それでいいの?すべて自分の好きなことを捨てて、それでいいの?私といるから出来なくなったんじゃないの?」
「違う。」
彼はその格好のまま私を抱きしめた。
「一番したいのはお前といることだ。」
「でも……。」
「それにあっちにもクラブはある。そこで回せばいい。そのときは来てくれるだろう?」
「……うん。」
「じゃあ、切ってくれないか。」
そう言って彼はその広げた新聞紙の中心に座った。
朝になり柊さんはコーヒーだけ飲んで、一度散髪屋に行ってから仕事にいくといって出て行った。思った以上に人の髪を切るってのは難しい。特に彼は癖毛だしな。
食欲はなかったけれど私はコーヒーだけ飲むと、新たにコーヒーをいれた。そして魔法瓶にいれて出かける用意をした。
まだ病院は開いている時間じゃないけれど、先生はこれから仕事だと言っていたし、コーヒーだけでも飲んでおいた方がいいかもしれない。
そして家をでると、上から人が降りてきた。それは樒さんだった。
「おはよう。早いね。」
「……おはようございます。」
「どこかに出かけるの?」
「えぇ。病院に。」
「病院?どうしたの?妊娠でもした?」
「いいえ。」
すると樒さんは少し笑った。
「冗談で言ったんだよ。そんなに真面目に取られるとは思ってなかったな。」
「……すいません。今日、ちょっと急いでて。」
「送ろうか?今日、車あるし。」
「……あの……知ってるんですか?」
「知ってるよ。隣で大騒ぎだったから。救急車も警察もやってきて、気が付かない方がおかしいよ。茅の意識は戻ったの?」
「いいえ。まだ。」
「そうか。」
「先生も今日は仕事だし、早く代わってあげないと……。」
「そうだったら、尚更送ってあげるよ。」
樒さんはそう言ってその位置から車の鍵を、リモコンであける。それは見たことのある車だった。
「あの車……。」
「あぁ、知ってる?社用車なんだけど。」
「蓮見さんに乗せてもらったことがあります。」
「蓮見とも知り合いか。顔が広いね。君は。」
「いいえ。偶然知り合っただけですから。」
樒さんは、エスコートするように私を車に乗せてくれた。そしてエンジンをかける。
「あの……。」
「何?」
「多分ですけど……柊がお世話になってたんじゃないんですか。」
「……そうだね。先週までだったか。柊の声が評判良かったんだけど、辞めたいって言うから仕方ないよね。」
「……柊に会うまで、私も一ファンでしたよ。彼の曲と、彼の声が好きでした。」
信号で止まり、樒さんは煙草を取り出して火をつける。
「そうだね。内容はすべて柊が考えていた。曲も彼がチョイスしてた。センスのいい奴だ。このままやってくれると思ってたんだが……。まぁこっちの仕事よりも、本職の方が大事だからね。それに大事にする人も出来たようだし。」
その言葉に私は顔が赤くなる音を聞いた。
「確かに顔を晒さない契約をしていた。椿としてのイメージもあるしね。あんなおっさん……嫌。失礼。」
「おっさんなのは自覚してますよ。」
「そう。でも……正直、こんなに続けてくれるとは思ってなかった。夜しかでない、声しか出さない、姿を現さない、リクエストを受け付けない、相談だけはする。今時は明るいところで軽快なおしゃべりをするのが受けているのに、彼はまるでモグラだと思った。」
「……。」
「でも柊は「それで自分がしたことが許されるとは思っていない。でも許してもらえるなら進んでする」といっていたのを覚えている。」
「……そうだったんですか。」
彼は煙草を消すと、ニヤリと笑った。
「奴の言葉で、奴の声で、どれだけの人が救われただろうな。」
すると私は少し笑っていたのかもしれない。
「えぇ。私もその一人ですよ。夜になるたびに夜の声を、ずっと求めてました。出来れば続けて欲しいと思ったんですけどね。」
「あぁ。だから奴に一つ、企画を持ち込んでいるんだ。」
「企画?」
「そう。秋スタートにしようと思ってるんだけど、ラジオ番組。「深夜の集い」の後番組だよ。」
「無くなるんですか?」
「あぁ。スポンサーがヒジカタコーヒーでね。薬の事件があって以来、業績が思わしくないようだ。だから切って欲しいとこの間、言われた。」
「……そうだったんですか。」
「だからその後番組。君からも言ってくれないか。生放送ではないから、録音だけでいいって。」
「伝えておきます。」
「頼んだよ。」
樒さんは多分、それを頼みたかったのだろう。だから車に強引に乗せた。
病院の前で、私はその車が行ってしまうのを見送り、そしてまた病院の中に入っていった。
髪の長い男はそうそういない。DJをする上で、特徴があった方がいいという菊音の言葉からだった。それに、菊音の紹介で始めたラジオの仕事。
もしラジオの仕事がばれてもSyuであったと思わせればいい。
「思わせればいい?あなたは流していただけでしょう?」
リビングに新聞紙を敷いて、彼は広めのゴミ袋に頭が入るだけの穴をあけて、それを被った。そして私の方を見る。ゴミ袋の下から、手を出して私の頭をなでた。
「お前はだから可愛いんだ。人のいうことをすぐ信じるから。」
「あっ……。」
「俺が椿をしていた。」
月曜日から金曜日まで、彼はラジオのパーソナリティをしていた。それを紹介したのは、菊音さん。
夜のラジオ番組は、菊音さんの最後の良心だった。
「あなたのいうことだから信じたのよ。」
「知ってる。もう隠す必要もない。番組は降りた。DJも気が向いたときしかしなくていい。」
「ねぇ……それでいいの?すべて自分の好きなことを捨てて、それでいいの?私といるから出来なくなったんじゃないの?」
「違う。」
彼はその格好のまま私を抱きしめた。
「一番したいのはお前といることだ。」
「でも……。」
「それにあっちにもクラブはある。そこで回せばいい。そのときは来てくれるだろう?」
「……うん。」
「じゃあ、切ってくれないか。」
そう言って彼はその広げた新聞紙の中心に座った。
朝になり柊さんはコーヒーだけ飲んで、一度散髪屋に行ってから仕事にいくといって出て行った。思った以上に人の髪を切るってのは難しい。特に彼は癖毛だしな。
食欲はなかったけれど私はコーヒーだけ飲むと、新たにコーヒーをいれた。そして魔法瓶にいれて出かける用意をした。
まだ病院は開いている時間じゃないけれど、先生はこれから仕事だと言っていたし、コーヒーだけでも飲んでおいた方がいいかもしれない。
そして家をでると、上から人が降りてきた。それは樒さんだった。
「おはよう。早いね。」
「……おはようございます。」
「どこかに出かけるの?」
「えぇ。病院に。」
「病院?どうしたの?妊娠でもした?」
「いいえ。」
すると樒さんは少し笑った。
「冗談で言ったんだよ。そんなに真面目に取られるとは思ってなかったな。」
「……すいません。今日、ちょっと急いでて。」
「送ろうか?今日、車あるし。」
「……あの……知ってるんですか?」
「知ってるよ。隣で大騒ぎだったから。救急車も警察もやってきて、気が付かない方がおかしいよ。茅の意識は戻ったの?」
「いいえ。まだ。」
「そうか。」
「先生も今日は仕事だし、早く代わってあげないと……。」
「そうだったら、尚更送ってあげるよ。」
樒さんはそう言ってその位置から車の鍵を、リモコンであける。それは見たことのある車だった。
「あの車……。」
「あぁ、知ってる?社用車なんだけど。」
「蓮見さんに乗せてもらったことがあります。」
「蓮見とも知り合いか。顔が広いね。君は。」
「いいえ。偶然知り合っただけですから。」
樒さんは、エスコートするように私を車に乗せてくれた。そしてエンジンをかける。
「あの……。」
「何?」
「多分ですけど……柊がお世話になってたんじゃないんですか。」
「……そうだね。先週までだったか。柊の声が評判良かったんだけど、辞めたいって言うから仕方ないよね。」
「……柊に会うまで、私も一ファンでしたよ。彼の曲と、彼の声が好きでした。」
信号で止まり、樒さんは煙草を取り出して火をつける。
「そうだね。内容はすべて柊が考えていた。曲も彼がチョイスしてた。センスのいい奴だ。このままやってくれると思ってたんだが……。まぁこっちの仕事よりも、本職の方が大事だからね。それに大事にする人も出来たようだし。」
その言葉に私は顔が赤くなる音を聞いた。
「確かに顔を晒さない契約をしていた。椿としてのイメージもあるしね。あんなおっさん……嫌。失礼。」
「おっさんなのは自覚してますよ。」
「そう。でも……正直、こんなに続けてくれるとは思ってなかった。夜しかでない、声しか出さない、姿を現さない、リクエストを受け付けない、相談だけはする。今時は明るいところで軽快なおしゃべりをするのが受けているのに、彼はまるでモグラだと思った。」
「……。」
「でも柊は「それで自分がしたことが許されるとは思っていない。でも許してもらえるなら進んでする」といっていたのを覚えている。」
「……そうだったんですか。」
彼は煙草を消すと、ニヤリと笑った。
「奴の言葉で、奴の声で、どれだけの人が救われただろうな。」
すると私は少し笑っていたのかもしれない。
「えぇ。私もその一人ですよ。夜になるたびに夜の声を、ずっと求めてました。出来れば続けて欲しいと思ったんですけどね。」
「あぁ。だから奴に一つ、企画を持ち込んでいるんだ。」
「企画?」
「そう。秋スタートにしようと思ってるんだけど、ラジオ番組。「深夜の集い」の後番組だよ。」
「無くなるんですか?」
「あぁ。スポンサーがヒジカタコーヒーでね。薬の事件があって以来、業績が思わしくないようだ。だから切って欲しいとこの間、言われた。」
「……そうだったんですか。」
「だからその後番組。君からも言ってくれないか。生放送ではないから、録音だけでいいって。」
「伝えておきます。」
「頼んだよ。」
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