夜の声

神崎

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二年目

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 以前にもこの道を通った。あのとき茅さんは浮き足立っていたと思う。私に手を出せるチャンスが巡ってきたのだから。
 今は違う。私が断りを入れるとわかっているから、その道中は気が重いだろう。気が重くても何でも道を走らせればついてしまうのだ。
 朝早く柊さんが出る時間に出発したのに、本社に着いたのは昼前だった。
「行こうか。」
 スーツを着ていた茅さんの首元、手元には入れ墨がある。だけどそれを咎める人はいないらしい。それが本当にヤクザと手を組んでいることを証明しているようだった。
 会社にたどり着いて、案内されたのは前にも案内された人事部の部署だった。
「蓮。」
 その一番奥。そこに蓮さんがいた。紺色のスーツを着ている。神経質そうにパソコンに向き合っていたが、私の姿を見ると少し笑顔になった。
「桜さん。急に呼び出してすいません。」
「いいえ。」
 周りには女性や男性が仕事をしていたが、チャイムが鳴りみんな席を立つ。
「何食べる?」
「あー。ごめん。仕事終わらないわ。」
「コンビニ行ってくるよ。何か買ってこようか?」
「んー。じゃあおにぎりと、サラダ。」
 その声に蓮さんが声をかける。
「原田さん。休憩はちゃんとしてください。休憩中に働いたからといって、給料は出ませんから。それよりも働いて、体を壊されたら困ります。」
 その声に原田と言われた女性はむっとしたような表情になったけれど、結局女性たちと席を後にした。相変わらず辛口で、周りの反感を買っているようだ。
 たぶんイケメンだけど、とりつく島がないと思われているに違いない。
「さて、私たちも行きましょう。」
「飯か?」
「そうですね。話もありますし。何か食べたいものはありますか?」
 そういって蓮さんはパソコンをスリープ状態にすると、席を立った。
「この辺はよくわからないので、お任せします。」
「この辺はテイクアウトの店も多いんです。行きましょう。」
 そういって蓮さんは私たちとともに、部屋を出ていく。
 会社を出ると同じように昼休憩の人たちが行き交っていた。その手にはビニールの袋なんかが握られている。
「あー。蓮。俺、あれがいい。茜のとこ。」
「あなた意見は聞きたくはありませんが、そこへ行こうと思ってました。桜さん。食べれないものはありませんか。」
「特には。」
 たぶんここに入ることを前提にして、蓮さんは優しくしているのだろうけど、もし真実を言ったらどんな反応をするのだろう。
 少しいったところに公園がある。そこに車を改造した弁当専門の店が並んでいる。その中の一つの黄色の車に彼らは近づいた。
 二、三人の人が並んでいる。その列に私たちは並ぶ。蓮さんは携帯電話を取り出して、どこかにメッセージを送っていた。そして茅さんは周りをきょろきょろしている。
 たぶんすごく変な三人組に見えるだろう。きっちりとスーツを着込んだ蓮さんと、入れ墨が見え隠れしているチンピラにも見える茅さん。それと私服の私。見ようによってはヤクザにも見えるのかもしれない。
「いらっしゃい。おっ。蓮さんと茅か。」
 女性に見えるけれど、口調は男性に聞こえる女の人がそこにいた。
「サンドイッチの店だ。好きな具材を言って、作ってもらう。コーヒーも入れてもらえるが、何にする?」
「三種類ね。好きなの言ってもらっていいよ。」
 好きなのと言っても書いてあるのは、レタスやスライスオニオン、トマトの野菜。チキンやハム、ベーコンなどの肉、卵、チーズ、ツナ、後は調味料のケチャップやマヨネーズがあるらしい。
「組み合わせ自在ですね。」
 適当に選び、コーヒーを受け取っても七百円。コーヒー抜きなら五百円。この辺では格安だろう。
 それを受け取って、私たちはその公園の東屋に座る。灰皿があるからそこを選んだに違いない。
 紙袋を開けると、私の選んだチーズ、レタス、ベーコンのサンドイッチが顔をのぞかせた。二人とも好きなように具材を選び、それにかぶりつく。
「パンが美味しい。香ばしいですね。」
「コーヒーと良く合うでしょう?」
「えぇ。」
「ここのコーヒーはウチが選んだんです。正確には、茅さんがね。」
 驚いた。その言葉は意外だったから。
「喫煙者ですが、舌は確かです。桜さん。彼と仕事をすれば、あなた自身の成長も得られると思いませんか。」
 あぁ。やっぱり。蓮さんは何もかも知っているのだ。私が何を知っていて、そしてここの内定を蹴ろうとしていることも。
「蓮さん。私は……この会社に入れません。」
「元々、断るつもりだったのでしょう。それを無理に入れようと、茅が画策した。結果は、母の店を無くす結果になりましたが……。」
「おい。それは聞き捨てならねぇな。蓮。こいつのせいで瑠璃さんの店が無くなったみたいじゃねぇか。」
 すると彼はコーヒーを一口飲み、私の方を見る。
「確かに桜さんは直接関係はありませんね。しかし、桜さんの恋人には関係がある。」
「……。」
「もうウチの会社がどことつながりがあるか知っているのでしょう。」
 食べ終わったサンドイッチの袋をまとめると、蓮さんはコーヒーを一口飲んだ。
「……柊さんを高杉組に入れるつもりですか。」
「それは彼次第です。あなたが行くと言えば彼もついてくる。だから向こうの組があの建物に火をつけた。小火ですむところを全焼にまでさせた。」
 彼はため息をつく。
「全く、関わりがない方がいいんですけどね。母の店も、そんなことで無くす事はなかったのに。」
「……恨むなよ。柊がいるからそんなことになったとは俺は思ってねぇし。」
「だったら何だというのですか。」
 喧嘩腰になってきた。私は食べ終わったサンドイッチの袋を畳むと、コーヒーを飲む。たぶんコーヒーメーカーか何かで淹れたコーヒーだろうけど、普通のものよりも美味しいものだった。
「だったら柊さんがいなければいい。どっちにもつかなければ、喧嘩になりませんよね。」
「……桜。」
 私は蓮さんを見る。
「蓮さん。会社はおそらく、私にあぁいう店をさせたかったんじゃないんですか。」
「えぇ。店がなければ、移動販売でも何でも出来ましたから。」
「……やめておきます。そして、内定を取り消させてもらえませんか。」
 その言葉に蓮さんは黙ったままこちらを見ていた。その視線を私は良く知っている。
 葵さんによく似ていた。
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