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二年目
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瑠璃さんの家を出て、私はため息をついた。瑠璃さんの言うことももっともで、私が柊さんと一緒になるためこの土地に来ることは、こういうことも覚悟していないといけないのかもしれない。だけど、失ったものは大きかった。
蓬さんに引き留められ、母さんが結婚できないかもしれなくて、葵さんや茅さんを捨てて、百合さんが逮捕されて、瑠璃さんの店が焼けた。他人を不幸にして私たちは一緒になろうとしているのだろうか。それでいいの?私たちはそれで一緒になれると思っているの?
「桜。」
名前を呼ばれてやっと我に返った。
「何?」
「柊の話は終わったらしい。役場に行こう。」
「うん。」
「桜。」
茅さんは私の肩を抱いて言う。
「そんなに気落ちするんじゃねぇよ。瑠璃さんだって、言いたくて言ってるわけじゃねぇと思う。」
「じゃあどうして?」
「そうでも言わないと、誰にも当たれねぇからだろ?犬にでも噛まれたと思って忘れな。」
「……そうね。」
「後でけろっと電話があるさ。」
そのとき本当に私の携帯電話に電話があった。
「もしもし。」
肩から手を避けて、その電話に出る。
「桜さんか。蓮だが。」
「はい。」
「君は今仮卒中だろう。」
「はい。」
「明日、本社の方にこれるだろうか。」
「本社ですか?」
電車で来いと言うことだろうか。
「はい。えっと……何時頃お伺いすればいいですか。」
「茅に連れてきてもらえ。茅にも用事があるのでな。」
すると電話は切れた。そして茅さんを見る。
「誰だ。」
「蓮さん。明日、本社に来てほしいって。」
「このことだろうな。心配すんなって、俺が悪いようにはしねぇから。」
そういって彼はまた私の肩に手を置こうとした。それを振り払うと、彼を見上げる。
「調子に乗らないで。」
「ちぇっ。冷てぇの。」
茅さんは少し足を止めて、新緑荘を見ていた。そして視線をはずすと私の後を追ってくる。
柊さんは役場の前の喫煙所にいた。私たちを見ると、煙草を消して出てくる。
「そっちはどうだったんだ。」
「……一度「雇う」と言ったものを、そっちの都合で取り消しには出来ない。あそこではないところの担当についてもらうと言われた。それが都合が悪いなら、こちらから断ってもらってもいいという話だ。」
まぁ、そうなるだろうな。そして担当は、もしかしたら誰もしたがらないような所に配属になるかもしれないのだ。
「どこに行くようになりそうなの?」
「人手はどこも足りないが、おそらく清掃センターだろうと言う話だ。」
「ゴミ収集とかか。まぁ、そういう仕事はどいつもやりたくないと思ってるだろうし。」
「そっちはどうだった。」
私が話そうとしたけれど、茅さんがそれを止めた。たぶん私が話せば、言葉に詰まると思ったのだろう。それに自分を責める。
茅さんは一歩ひいた目線で、私を見ていた。そしてありのままを伝える。すると柊さんは少しため息をついて、頭をくしゃくしゃとかいた。そして手櫛で整えて、またゴムで髪を結んだ。
「何となくそんな感じもした。高杉組か。ここの傘下は。」
「たぶん、お前どこに行っても狙われるんじゃねぇの?それだけ派手に暴れてたんだし。」
「……関係ない。とはいかないかもしれないな。」
「過去のつけがこんなところでくると思ってなかったろ?」
「茅さん。」
「んだよ。」
私は思わず口を出した。
「言い過ぎだわ。」
「言い足りねぇくらいだ。お前こそどうすんだよ。」
「……本社が決めることでしょう?でも……それって私にも言えることね。」
「んだと?」
「私も柊さんと一緒ということよ。たぶん、当初のように私にカフェ事業の一環を担ってほしいと思うでしょうね。でも、私がそれに乗らないといったら?気が進まないといったら?」
「はぁ?お前何言ってんの?」
その言葉は彼にとって寝耳に水だっただろう。
「バリスタライセンスは、移動こそあなたに送ってもらった。でもそれ以外の費用はこちら持ちだわ。会社に負担はそんなにかかっていない。」
「入社前なんだから当然だろ?」
「断ることも出来るってことよ。」
「お前、気が進まねぇのか?」
「……茅さん。私……コーヒーを見てみたいの。ううん。コーヒーだけじゃない。お茶とか、そういったものを世界を見たいの。」
「……お前……。」
「その上で美味しいものを探したい。正直、仕入れてもらっている豆には限界があると思うから。その上でみんなに飲んでもらって、美味しいって言われたら幸せだと思うから。」
「……入社、断るか?さすがにそういう理由じゃ、会社も見てもらえないと思うし。確かに海外に出張してるバイヤーはいるけどさ、そういう理由じゃねぇし。」
柊さんも呆れたように言う。
「茅。お前もマニアだと言っていたが、こいつはお前の上を行っていたな。」
「まぁな。でも柊はどうするんだ。こいつ置いていくのか?」
すると彼は、私の方を見て言う。
「お前がいなきゃ、俺はヤクザになるかもしれないぞ。」
「そのときは情婦になるわ。百合さんのようにね。」
「バカ。お前、そんなときに百合の名前出すな。」
あわてたように茅さんは私を止めた。しかし柊さんは笑いながら言う。
「だったら俺も行くことにしよう。」
「柊も?」
「あぁ。俺も茅がうらやましいとずっと思っていたからな。」
「……レコードのことか?」
「あぁ。」
「どいつもこいつも……。」
茅さんは頭をかき、そのまま喫煙所に向かっていった。
「いいの?」
「いい。ただ、その前にやることがあるな。」
「何?」
「籍を入れて、式をしよう。」
蓬さんに引き留められ、母さんが結婚できないかもしれなくて、葵さんや茅さんを捨てて、百合さんが逮捕されて、瑠璃さんの店が焼けた。他人を不幸にして私たちは一緒になろうとしているのだろうか。それでいいの?私たちはそれで一緒になれると思っているの?
「桜。」
名前を呼ばれてやっと我に返った。
「何?」
「柊の話は終わったらしい。役場に行こう。」
「うん。」
「桜。」
茅さんは私の肩を抱いて言う。
「そんなに気落ちするんじゃねぇよ。瑠璃さんだって、言いたくて言ってるわけじゃねぇと思う。」
「じゃあどうして?」
「そうでも言わないと、誰にも当たれねぇからだろ?犬にでも噛まれたと思って忘れな。」
「……そうね。」
「後でけろっと電話があるさ。」
そのとき本当に私の携帯電話に電話があった。
「もしもし。」
肩から手を避けて、その電話に出る。
「桜さんか。蓮だが。」
「はい。」
「君は今仮卒中だろう。」
「はい。」
「明日、本社の方にこれるだろうか。」
「本社ですか?」
電車で来いと言うことだろうか。
「はい。えっと……何時頃お伺いすればいいですか。」
「茅に連れてきてもらえ。茅にも用事があるのでな。」
すると電話は切れた。そして茅さんを見る。
「誰だ。」
「蓮さん。明日、本社に来てほしいって。」
「このことだろうな。心配すんなって、俺が悪いようにはしねぇから。」
そういって彼はまた私の肩に手を置こうとした。それを振り払うと、彼を見上げる。
「調子に乗らないで。」
「ちぇっ。冷てぇの。」
茅さんは少し足を止めて、新緑荘を見ていた。そして視線をはずすと私の後を追ってくる。
柊さんは役場の前の喫煙所にいた。私たちを見ると、煙草を消して出てくる。
「そっちはどうだったんだ。」
「……一度「雇う」と言ったものを、そっちの都合で取り消しには出来ない。あそこではないところの担当についてもらうと言われた。それが都合が悪いなら、こちらから断ってもらってもいいという話だ。」
まぁ、そうなるだろうな。そして担当は、もしかしたら誰もしたがらないような所に配属になるかもしれないのだ。
「どこに行くようになりそうなの?」
「人手はどこも足りないが、おそらく清掃センターだろうと言う話だ。」
「ゴミ収集とかか。まぁ、そういう仕事はどいつもやりたくないと思ってるだろうし。」
「そっちはどうだった。」
私が話そうとしたけれど、茅さんがそれを止めた。たぶん私が話せば、言葉に詰まると思ったのだろう。それに自分を責める。
茅さんは一歩ひいた目線で、私を見ていた。そしてありのままを伝える。すると柊さんは少しため息をついて、頭をくしゃくしゃとかいた。そして手櫛で整えて、またゴムで髪を結んだ。
「何となくそんな感じもした。高杉組か。ここの傘下は。」
「たぶん、お前どこに行っても狙われるんじゃねぇの?それだけ派手に暴れてたんだし。」
「……関係ない。とはいかないかもしれないな。」
「過去のつけがこんなところでくると思ってなかったろ?」
「茅さん。」
「んだよ。」
私は思わず口を出した。
「言い過ぎだわ。」
「言い足りねぇくらいだ。お前こそどうすんだよ。」
「……本社が決めることでしょう?でも……それって私にも言えることね。」
「んだと?」
「私も柊さんと一緒ということよ。たぶん、当初のように私にカフェ事業の一環を担ってほしいと思うでしょうね。でも、私がそれに乗らないといったら?気が進まないといったら?」
「はぁ?お前何言ってんの?」
その言葉は彼にとって寝耳に水だっただろう。
「バリスタライセンスは、移動こそあなたに送ってもらった。でもそれ以外の費用はこちら持ちだわ。会社に負担はそんなにかかっていない。」
「入社前なんだから当然だろ?」
「断ることも出来るってことよ。」
「お前、気が進まねぇのか?」
「……茅さん。私……コーヒーを見てみたいの。ううん。コーヒーだけじゃない。お茶とか、そういったものを世界を見たいの。」
「……お前……。」
「その上で美味しいものを探したい。正直、仕入れてもらっている豆には限界があると思うから。その上でみんなに飲んでもらって、美味しいって言われたら幸せだと思うから。」
「……入社、断るか?さすがにそういう理由じゃ、会社も見てもらえないと思うし。確かに海外に出張してるバイヤーはいるけどさ、そういう理由じゃねぇし。」
柊さんも呆れたように言う。
「茅。お前もマニアだと言っていたが、こいつはお前の上を行っていたな。」
「まぁな。でも柊はどうするんだ。こいつ置いていくのか?」
すると彼は、私の方を見て言う。
「お前がいなきゃ、俺はヤクザになるかもしれないぞ。」
「そのときは情婦になるわ。百合さんのようにね。」
「バカ。お前、そんなときに百合の名前出すな。」
あわてたように茅さんは私を止めた。しかし柊さんは笑いながら言う。
「だったら俺も行くことにしよう。」
「柊も?」
「あぁ。俺も茅がうらやましいとずっと思っていたからな。」
「……レコードのことか?」
「あぁ。」
「どいつもこいつも……。」
茅さんは頭をかき、そのまま喫煙所に向かっていった。
「いいの?」
「いい。ただ、その前にやることがあるな。」
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