338 / 355
二年目
338
しおりを挟む
瑠璃さんの家を出て、私はため息をついた。瑠璃さんの言うことももっともで、私が柊さんと一緒になるためこの土地に来ることは、こういうことも覚悟していないといけないのかもしれない。だけど、失ったものは大きかった。
蓬さんに引き留められ、母さんが結婚できないかもしれなくて、葵さんや茅さんを捨てて、百合さんが逮捕されて、瑠璃さんの店が焼けた。他人を不幸にして私たちは一緒になろうとしているのだろうか。それでいいの?私たちはそれで一緒になれると思っているの?
「桜。」
名前を呼ばれてやっと我に返った。
「何?」
「柊の話は終わったらしい。役場に行こう。」
「うん。」
「桜。」
茅さんは私の肩を抱いて言う。
「そんなに気落ちするんじゃねぇよ。瑠璃さんだって、言いたくて言ってるわけじゃねぇと思う。」
「じゃあどうして?」
「そうでも言わないと、誰にも当たれねぇからだろ?犬にでも噛まれたと思って忘れな。」
「……そうね。」
「後でけろっと電話があるさ。」
そのとき本当に私の携帯電話に電話があった。
「もしもし。」
肩から手を避けて、その電話に出る。
「桜さんか。蓮だが。」
「はい。」
「君は今仮卒中だろう。」
「はい。」
「明日、本社の方にこれるだろうか。」
「本社ですか?」
電車で来いと言うことだろうか。
「はい。えっと……何時頃お伺いすればいいですか。」
「茅に連れてきてもらえ。茅にも用事があるのでな。」
すると電話は切れた。そして茅さんを見る。
「誰だ。」
「蓮さん。明日、本社に来てほしいって。」
「このことだろうな。心配すんなって、俺が悪いようにはしねぇから。」
そういって彼はまた私の肩に手を置こうとした。それを振り払うと、彼を見上げる。
「調子に乗らないで。」
「ちぇっ。冷てぇの。」
茅さんは少し足を止めて、新緑荘を見ていた。そして視線をはずすと私の後を追ってくる。
柊さんは役場の前の喫煙所にいた。私たちを見ると、煙草を消して出てくる。
「そっちはどうだったんだ。」
「……一度「雇う」と言ったものを、そっちの都合で取り消しには出来ない。あそこではないところの担当についてもらうと言われた。それが都合が悪いなら、こちらから断ってもらってもいいという話だ。」
まぁ、そうなるだろうな。そして担当は、もしかしたら誰もしたがらないような所に配属になるかもしれないのだ。
「どこに行くようになりそうなの?」
「人手はどこも足りないが、おそらく清掃センターだろうと言う話だ。」
「ゴミ収集とかか。まぁ、そういう仕事はどいつもやりたくないと思ってるだろうし。」
「そっちはどうだった。」
私が話そうとしたけれど、茅さんがそれを止めた。たぶん私が話せば、言葉に詰まると思ったのだろう。それに自分を責める。
茅さんは一歩ひいた目線で、私を見ていた。そしてありのままを伝える。すると柊さんは少しため息をついて、頭をくしゃくしゃとかいた。そして手櫛で整えて、またゴムで髪を結んだ。
「何となくそんな感じもした。高杉組か。ここの傘下は。」
「たぶん、お前どこに行っても狙われるんじゃねぇの?それだけ派手に暴れてたんだし。」
「……関係ない。とはいかないかもしれないな。」
「過去のつけがこんなところでくると思ってなかったろ?」
「茅さん。」
「んだよ。」
私は思わず口を出した。
「言い過ぎだわ。」
「言い足りねぇくらいだ。お前こそどうすんだよ。」
「……本社が決めることでしょう?でも……それって私にも言えることね。」
「んだと?」
「私も柊さんと一緒ということよ。たぶん、当初のように私にカフェ事業の一環を担ってほしいと思うでしょうね。でも、私がそれに乗らないといったら?気が進まないといったら?」
「はぁ?お前何言ってんの?」
その言葉は彼にとって寝耳に水だっただろう。
「バリスタライセンスは、移動こそあなたに送ってもらった。でもそれ以外の費用はこちら持ちだわ。会社に負担はそんなにかかっていない。」
「入社前なんだから当然だろ?」
「断ることも出来るってことよ。」
「お前、気が進まねぇのか?」
「……茅さん。私……コーヒーを見てみたいの。ううん。コーヒーだけじゃない。お茶とか、そういったものを世界を見たいの。」
「……お前……。」
「その上で美味しいものを探したい。正直、仕入れてもらっている豆には限界があると思うから。その上でみんなに飲んでもらって、美味しいって言われたら幸せだと思うから。」
「……入社、断るか?さすがにそういう理由じゃ、会社も見てもらえないと思うし。確かに海外に出張してるバイヤーはいるけどさ、そういう理由じゃねぇし。」
柊さんも呆れたように言う。
「茅。お前もマニアだと言っていたが、こいつはお前の上を行っていたな。」
「まぁな。でも柊はどうするんだ。こいつ置いていくのか?」
すると彼は、私の方を見て言う。
「お前がいなきゃ、俺はヤクザになるかもしれないぞ。」
「そのときは情婦になるわ。百合さんのようにね。」
「バカ。お前、そんなときに百合の名前出すな。」
あわてたように茅さんは私を止めた。しかし柊さんは笑いながら言う。
「だったら俺も行くことにしよう。」
「柊も?」
「あぁ。俺も茅がうらやましいとずっと思っていたからな。」
「……レコードのことか?」
「あぁ。」
「どいつもこいつも……。」
茅さんは頭をかき、そのまま喫煙所に向かっていった。
「いいの?」
「いい。ただ、その前にやることがあるな。」
「何?」
「籍を入れて、式をしよう。」
蓬さんに引き留められ、母さんが結婚できないかもしれなくて、葵さんや茅さんを捨てて、百合さんが逮捕されて、瑠璃さんの店が焼けた。他人を不幸にして私たちは一緒になろうとしているのだろうか。それでいいの?私たちはそれで一緒になれると思っているの?
「桜。」
名前を呼ばれてやっと我に返った。
「何?」
「柊の話は終わったらしい。役場に行こう。」
「うん。」
「桜。」
茅さんは私の肩を抱いて言う。
「そんなに気落ちするんじゃねぇよ。瑠璃さんだって、言いたくて言ってるわけじゃねぇと思う。」
「じゃあどうして?」
「そうでも言わないと、誰にも当たれねぇからだろ?犬にでも噛まれたと思って忘れな。」
「……そうね。」
「後でけろっと電話があるさ。」
そのとき本当に私の携帯電話に電話があった。
「もしもし。」
肩から手を避けて、その電話に出る。
「桜さんか。蓮だが。」
「はい。」
「君は今仮卒中だろう。」
「はい。」
「明日、本社の方にこれるだろうか。」
「本社ですか?」
電車で来いと言うことだろうか。
「はい。えっと……何時頃お伺いすればいいですか。」
「茅に連れてきてもらえ。茅にも用事があるのでな。」
すると電話は切れた。そして茅さんを見る。
「誰だ。」
「蓮さん。明日、本社に来てほしいって。」
「このことだろうな。心配すんなって、俺が悪いようにはしねぇから。」
そういって彼はまた私の肩に手を置こうとした。それを振り払うと、彼を見上げる。
「調子に乗らないで。」
「ちぇっ。冷てぇの。」
茅さんは少し足を止めて、新緑荘を見ていた。そして視線をはずすと私の後を追ってくる。
柊さんは役場の前の喫煙所にいた。私たちを見ると、煙草を消して出てくる。
「そっちはどうだったんだ。」
「……一度「雇う」と言ったものを、そっちの都合で取り消しには出来ない。あそこではないところの担当についてもらうと言われた。それが都合が悪いなら、こちらから断ってもらってもいいという話だ。」
まぁ、そうなるだろうな。そして担当は、もしかしたら誰もしたがらないような所に配属になるかもしれないのだ。
「どこに行くようになりそうなの?」
「人手はどこも足りないが、おそらく清掃センターだろうと言う話だ。」
「ゴミ収集とかか。まぁ、そういう仕事はどいつもやりたくないと思ってるだろうし。」
「そっちはどうだった。」
私が話そうとしたけれど、茅さんがそれを止めた。たぶん私が話せば、言葉に詰まると思ったのだろう。それに自分を責める。
茅さんは一歩ひいた目線で、私を見ていた。そしてありのままを伝える。すると柊さんは少しため息をついて、頭をくしゃくしゃとかいた。そして手櫛で整えて、またゴムで髪を結んだ。
「何となくそんな感じもした。高杉組か。ここの傘下は。」
「たぶん、お前どこに行っても狙われるんじゃねぇの?それだけ派手に暴れてたんだし。」
「……関係ない。とはいかないかもしれないな。」
「過去のつけがこんなところでくると思ってなかったろ?」
「茅さん。」
「んだよ。」
私は思わず口を出した。
「言い過ぎだわ。」
「言い足りねぇくらいだ。お前こそどうすんだよ。」
「……本社が決めることでしょう?でも……それって私にも言えることね。」
「んだと?」
「私も柊さんと一緒ということよ。たぶん、当初のように私にカフェ事業の一環を担ってほしいと思うでしょうね。でも、私がそれに乗らないといったら?気が進まないといったら?」
「はぁ?お前何言ってんの?」
その言葉は彼にとって寝耳に水だっただろう。
「バリスタライセンスは、移動こそあなたに送ってもらった。でもそれ以外の費用はこちら持ちだわ。会社に負担はそんなにかかっていない。」
「入社前なんだから当然だろ?」
「断ることも出来るってことよ。」
「お前、気が進まねぇのか?」
「……茅さん。私……コーヒーを見てみたいの。ううん。コーヒーだけじゃない。お茶とか、そういったものを世界を見たいの。」
「……お前……。」
「その上で美味しいものを探したい。正直、仕入れてもらっている豆には限界があると思うから。その上でみんなに飲んでもらって、美味しいって言われたら幸せだと思うから。」
「……入社、断るか?さすがにそういう理由じゃ、会社も見てもらえないと思うし。確かに海外に出張してるバイヤーはいるけどさ、そういう理由じゃねぇし。」
柊さんも呆れたように言う。
「茅。お前もマニアだと言っていたが、こいつはお前の上を行っていたな。」
「まぁな。でも柊はどうするんだ。こいつ置いていくのか?」
すると彼は、私の方を見て言う。
「お前がいなきゃ、俺はヤクザになるかもしれないぞ。」
「そのときは情婦になるわ。百合さんのようにね。」
「バカ。お前、そんなときに百合の名前出すな。」
あわてたように茅さんは私を止めた。しかし柊さんは笑いながら言う。
「だったら俺も行くことにしよう。」
「柊も?」
「あぁ。俺も茅がうらやましいとずっと思っていたからな。」
「……レコードのことか?」
「あぁ。」
「どいつもこいつも……。」
茅さんは頭をかき、そのまま喫煙所に向かっていった。
「いいの?」
「いい。ただ、その前にやることがあるな。」
「何?」
「籍を入れて、式をしよう。」
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
亡くなった王太子妃
沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。
侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。
王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。
なぜなら彼女は死んでしまったのだから。
お父様お母様、お久しぶりです。あの時わたしを捨ててくださりありがとうございます
柚木ゆず
恋愛
ヤニックお父様、ジネットお母様。お久しぶりです。
わたしはアヴァザール伯爵家の長女エマとして生まれ、6歳のころ貴方がたによって隣国に捨てられてしまいましたよね?
当時のわたしにとってお二人は大事な家族で、だからとても辛かった。寂しくて悲しくて、捨てられたわたしは絶望のどん底に落ちていました。
でも。
今は、捨てられてよかったと思っています。
だって、その出来事によってわたしは――。大切な人達と出会い、大好きな人と出逢うことができたのですから。
【完結】お父様の再婚相手は美人様
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
シャルルの父親が子連れと再婚した!
二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。
でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる