夜の声

神崎

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二年目

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 冷たい雨が降っている。雪にはならないかもしれない。思ったよりも暖かかかったから。
 葬儀屋の前には多くの人が訪れている。近所の人や親戚、きっとお世話になった人もいるのだろう。
 私のように高校生の制服を着た人もいたけれど、ほとんどが親と一緒といった感じで、渋々ここに来ているようだった。
 焼香をあげて、写真に飾られている竹彦の父さんと母さんをみた。父さんには会ったことがないけれど、優しそうなふっくらとした人に見える。そうなってくると母さんが細いのに少し違和感を感じる。
 脇にいたのは喪主であるきっと竹彦の姉さんだろう。でも竹彦にはあまり似ていない。きっと父さんの連れ子ってことだろうか。
「竹彦の友達?」
「はい。」
 疲れた顔をしている。きっとこういうことは初めてなのだろう。そして着ている黒い着物も着慣れていない。きつそうだ。
「ありがとう。来てくれて。」
「一度、母さんには会いました。」
 その言葉に彼女は少し顔をこわばらせた。
「……よかったらお茶でも飲んでいってね。」
「ありがとうございます。」
 でもせっかくだけど、もう早く帰ろう。一礼して、その場を去ろうとした。
 別室に弔問に来た人のために、部屋を設けられているみたいだけど私はその前を通り過ぎようとしたときだった。
「桜さん。」
 声をかけられた。そこには支社長と茅さんがいた。通夜と言うことで、喪服ではなく普通のビジネススーツを着ている。
「支社長。」
「お前もいたのか。どうしたんだ。あぁ。友達の両親って、ここの家の子供か。」
「……はい。」
 竹彦の姿は見えなかった。きっと裏で動き回っているのだろう。
「お茶、飲みましょうよ。お葬式のお茶って美味しいわよね。」
「あぁ。そうしろよ。寒いだろ?外。温まろうぜ。」
 なんか強引に私は彼らに連れられてその別室へ向かった。
 長机とパイプいす。そして薄い音楽。
「どうぞ。」
 女性からお茶とお菓子を置かれた。
「ここのお茶は、うちが卸しているの。」
「だから弔問に?」
「えぇ。いい取引相手だったし。でもどうなるのかしらね。娘さんの旦那さんがするっていっていたけれど、経験がないみたいだったし。」
「たぶん息子さんがよく手伝っていたみたいなので、勝手は彼の方がわかるかもしれませんね。」
 そのとき隣に座ったおばさんたちが色々と話を始めた。
「ねぇ。後妻さんだったんでしょ?」
「えぇ。だから殺したっていう噂もあるのよ。」
「旦那を殺して、自分は自殺って勝手よね。介護は確かに大変だけど、ずっと病院だったんでしょう?」
 その言葉に私は拳をぎゅっと握った。何も知らないくせに。しかしそのおばさんたちはまた話を続ける。
「奥さんってほら、ヤクザか何かの愛人だったんでしょう?」
「息子だってヤクザの息子だったって。」
「柄が悪いわねぇ。そんな人よく奥さんにしたわねぇ。」
 つい言葉が出そうになったけれど、茅さんがお茶をずっと音を立てて飲んで言った。
「俺もヤクザの片棒を担いでいた時期はあったけどな。」
「茅さん。」
 その言葉が聞こえたのか、そのおばさんたちはこそこそと声を小さくした。
「でもまぁ、実質この葬儀屋さんは奥さんがよく動いてくれていたから経営できてたみたいだし、これからもいいおつきあいが出来ればいいわね。そのお茶も、うちで仕入れたヤツなの。」
「そうだったんですか。」
 そのとき入り口から喪服を着た竹彦が入ってきた。奥の扉に入ると、紙袋と小さな包みを手にしていた。やっぱり忙しそうだ。
「あいつ……。」
 茅さんが急に席を立った。そして竹彦の方へ向かっていく。
「茅さん。」
 私も立ち上がり、茅さんを止める。
「何だよ。桜。」
「仕事中よ。話があるならそのあとでしょう?あなたも昔そう言っていたわ。」
 その言葉に彼は不機嫌そうにまた席に座った。
「まるで恋人ね。」
「支社長もそう見えます?」
 茅さんは嬉しそうだけど、なんか納得いかない。すると支社長は少し笑い、ため息を付いた。
「そうね。恋人っていうか、兄妹かな。出来の悪い兄さんって感じ。あーあ。あの話がなければ、茅さんがうちの支社長にって蓮さんが言ってたのに。」
 たぶん○×市のカフェ事業のことだろう。彼も春にはこの土地を離れるのだから。
「支社長の代わりは決まったんですか。」
「えぇ。今日話が決まったみたい。」
「え?支社長、変わるんですか。」
「えぇ。移動ね。本社勤務。代わりには若い男の子が来るみたい。」
「俺が支社長になったら、辞めるヤツ続出ですよ。」
「それは困ったわね。」
 といいながらもあまり困っていないようだ。
 彼女はため息を付いて、周りを見渡す。
「どんな場面でも、心がぱっと一瞬明るくなるようなそんなものを排出したいわねぇ。」
「同じようなことを葵さんも言ってましたよ。」
 やっぱり似てるんだ。この二人は。だから恋人同士だった時期もあった。あの家で暮らしていたこともあるのだ。
「やだ。葵もそんなことを言ってたの?なんかやだわ。」
 でも相変わらずお互いが嫌がっているな。

 遅くなったからと支社長は一人で帰り、私は茅さんと並んで歩く。
「良くも騙してくれたな。」
「何が?」
 まだ雨は降っている。日が落ちて寒さが厳しくなってきたようだ。それでも茅さんは不機嫌そうに煙草を取り出そうとして箱をくしゃっと潰す。
「あいつが友人だってな。どっかでみたと思ったんだ。葬儀屋の息子だとはな。」
「……。」
「あいつには話は聞けてるのか。」
「椿だったから。こういうことがあるかもしれないって予想していたのかもしれないわ。」
 コンビニの前にたって、彼は私を見る。
「知っててお前は黙っていたのか。あいつが金髪の男だってわかってて。でもお前言ったよな。知らないって。」
「言ってどうするの?」
「そりゃ……。」
「私に餌になってもらって、彼に話を聞く?あのころまだ彼は椿だった。後ろ盾がある。そしたらあなたはまた椿に戻るの?コーヒーを辞めて?ふざけないでよ。」
「ふざけてんのはお前だろ?百合をたれ込んだのはあいつかもしれねぇのに。」
「そんなにお姉さんが大事?」
 すると彼はそのコンビニの影に、私の手を引いた。そして壁に私を押しつける。
「百合が大事なんじゃねぇ。嘘をつかれたのがイヤなんだ。」
 すると私は彼を見上げて言う。
「私は嘘をついてる。柊にも、あなたにも……。それはわかっているでしょう?彼を騙してこんなことをしてるんだもの。」
「だったら暴露してやる。夕べお前がどんだけ乱れたか。」
「……。」
 傘で私たちの姿を消した。そして彼は私の唇に唇を寄せる。後ろ頭を壁でぶつけて、少し痛かった。だけどそれを感じないくらい、彼は舌を絡ませてくる。
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