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二年目
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きっと葵さんは私が豆を仕上げるにはもう少し時間がかかると思っていたのかもしれない。だから急にそれを言い出したのだ。
相変わらず忙しい店だ。一人で回すには限界があるだろうに、どうするのだろう。
「お前、余計なことを考えるなよ。」
茅さんはそう言って私をたしなめた。
「……余計な事かしら。」
「もうあの店を辞めたんだ。あとは店同士のライバルになるんだから。友達とか、仲間とか、師弟とか、そんなん関係ねぇからな。」
「うん。」
まだ学校には二週間ほど通わないといけない。卒業試験もあるから、そんなにゆっくりバイトなんてできないだろうと思っていたのに、なんか急かされた気がした。
「それよりお前、今からのことを考えろよ。試験いつからだ。」
「あと一週間。」
「としたら、瑠璃の店に行けるのはそのあとって事か。」
「そうね。この土日は勉強しなきゃ。」
「教えてやりてぇけど、俺は高校行ってねぇしな。」
だけど……本当にこの豆でいいのだろうか。納得して、私はあの店を辞めたのだろうか。わからない。
でも答えはきっとお客さんに初めて出したときにはっきりする。美味しいと言ってくれるのだろうか。
すると不意に肩に手が置かれた。
「何するのよ。」
茅さんの手を払いのけると、彼は少し笑った。
「いつも通りになったな。」
「……。」
「なぁ。その調子でさ、今晩しねぇ?」
「しない。勉強する。」
「真面目かよ。お前とはタイミング悪くてぜんぜんしてねぇもん。」
「これからないって言ってるでしょう?」
私はそう言って先にアパートの中に入っていった。
朝仕込んでいた、鶏肉をトースターで焼く。柊さんは今日は食事がいらないと朝言われたから、二人分だ。
焼いている間に、かき玉汁と、サラダ、白菜のお浸しを作った。
「手早いよな。お前。」
「朝仕込んでおいたからあっという間よ。」
「それでも早ぇよ。あっち行ったら、飯だけでも食わせてもらおうかな。」
「柊がいいならどうぞ。」
「ついでにお前も喰いてぇ。」
「それについては遠慮するわ。」
いつもの会話だ。二人で向かい合いながら食事をしていると、チャイムが鳴った。茅さんはその音に立ち上がって、玄関に向かう。
その間、私は携帯電話を取りに部屋に行った。着信が残っている。
「……竹彦?」
竹彦からの着信。今日会ったばかりなのに、何の用なのだろう。まぁいいや。後で連絡しよう。
「桜。客。」
部屋にやってきたのは、葵さんだった。
「今晩は。」
「はい。どうしました?」
携帯電話を机に置くと、葵さんは後ろ手でドアを閉めた。
「桜さん。あのコーヒーなんですが。」
「私が焙煎したものですか。」
「……本当のことを言って欲しいのですが。」
「……どうしました?」
「あれは、誰かに習いましたか。」
「誰かに?」
あぁでもない。こうでもないと試行錯誤して焙煎したコーヒーを誰かに習ったのかと、葵さんは聞いてきたのか。そんなわけない。
「いいえ。あれは私が……。」
「正直に言ってください。ではないと、そんな偶然があるわけがないんです。」
「え?」
「私が昔……恋い焦がれた味です。」
「恋い焦がれた?」
「百合の味に似てました。」
「そんなわけありません。私は百合さんのコーヒーを飲んだこともないのに。」
すると彼は思ったよりも近くに寄ってくる。私は逃げるように窓側に体を寄せた。
「正直に。」
「そんなわけありません。私が淹れるものは、瑠璃さんのものとも違います。私が……。」
「私がずっと追い求めていたコーヒーの味を、あなたがここ数ヶ月でぱっと出せるわけがない。もしかして、あの芙蓉という女に?」
「芙蓉さんは焙煎も知らないのに。」
「……でしたらそんな偶然があるというのですか?」
「実際あるじゃないですか。」
すると彼は私に体を寄せてきた。そして窓に手を突く。これで身動きがとれない。
「桜。こっちを見て。」
「いやです。」
「やましいことがあるから見れないのか。」
「見たら何かするでしょう?」
するとドアがバン!と開いた。そして葵さんは引き離される。
「……それくらいにしとけよ。」
茅さんが引き離したらしい。
「お前ほんと、百合のことに関しては見境ねぇな。」
「茅。お前も思っただろう。あの味は……。」
「香りが高くて、飲みやすいコーヒーだった。あぁいうのが百合が好きだったな。けどこいつは、それを知るわけない。でも俺が少し手助けはした。」
「何だと?」
「百合が使っていた豆を、こいつにやったのは俺だからな。豆で決まるだろ?」
「……。」
「焙煎は瑠璃。淹れ方はお前。それが全て重なって、百合になるのは当たり前だろ?」
「……。」
「悪いこといわねぇよ。こいつは俺がもらうから。」
「お前じゃないだろう。ヒジカタコーヒーにもらわれるんだ。あぁ。あのヤクザと変わらないような奴がいるところにな。」
相当いやな言われ方だ。
「あそこにだけ入れたくなかった。あそこがどこと繋がっているのか知ってるのか。」
「高杉組か?」
「あぁ。だから百合は柊をあの土地にやるのを嫌がっていた。」
待って……百合さんが柊さんをあの土地に渡すのを嫌がっていた?それはもしかして……。
「お前、やっぱ百合と繋がってたのか。」
「……。」
葵さんはうつむいて、そしてよろめくようにベッドに腰掛けた。
相変わらず忙しい店だ。一人で回すには限界があるだろうに、どうするのだろう。
「お前、余計なことを考えるなよ。」
茅さんはそう言って私をたしなめた。
「……余計な事かしら。」
「もうあの店を辞めたんだ。あとは店同士のライバルになるんだから。友達とか、仲間とか、師弟とか、そんなん関係ねぇからな。」
「うん。」
まだ学校には二週間ほど通わないといけない。卒業試験もあるから、そんなにゆっくりバイトなんてできないだろうと思っていたのに、なんか急かされた気がした。
「それよりお前、今からのことを考えろよ。試験いつからだ。」
「あと一週間。」
「としたら、瑠璃の店に行けるのはそのあとって事か。」
「そうね。この土日は勉強しなきゃ。」
「教えてやりてぇけど、俺は高校行ってねぇしな。」
だけど……本当にこの豆でいいのだろうか。納得して、私はあの店を辞めたのだろうか。わからない。
でも答えはきっとお客さんに初めて出したときにはっきりする。美味しいと言ってくれるのだろうか。
すると不意に肩に手が置かれた。
「何するのよ。」
茅さんの手を払いのけると、彼は少し笑った。
「いつも通りになったな。」
「……。」
「なぁ。その調子でさ、今晩しねぇ?」
「しない。勉強する。」
「真面目かよ。お前とはタイミング悪くてぜんぜんしてねぇもん。」
「これからないって言ってるでしょう?」
私はそう言って先にアパートの中に入っていった。
朝仕込んでいた、鶏肉をトースターで焼く。柊さんは今日は食事がいらないと朝言われたから、二人分だ。
焼いている間に、かき玉汁と、サラダ、白菜のお浸しを作った。
「手早いよな。お前。」
「朝仕込んでおいたからあっという間よ。」
「それでも早ぇよ。あっち行ったら、飯だけでも食わせてもらおうかな。」
「柊がいいならどうぞ。」
「ついでにお前も喰いてぇ。」
「それについては遠慮するわ。」
いつもの会話だ。二人で向かい合いながら食事をしていると、チャイムが鳴った。茅さんはその音に立ち上がって、玄関に向かう。
その間、私は携帯電話を取りに部屋に行った。着信が残っている。
「……竹彦?」
竹彦からの着信。今日会ったばかりなのに、何の用なのだろう。まぁいいや。後で連絡しよう。
「桜。客。」
部屋にやってきたのは、葵さんだった。
「今晩は。」
「はい。どうしました?」
携帯電話を机に置くと、葵さんは後ろ手でドアを閉めた。
「桜さん。あのコーヒーなんですが。」
「私が焙煎したものですか。」
「……本当のことを言って欲しいのですが。」
「……どうしました?」
「あれは、誰かに習いましたか。」
「誰かに?」
あぁでもない。こうでもないと試行錯誤して焙煎したコーヒーを誰かに習ったのかと、葵さんは聞いてきたのか。そんなわけない。
「いいえ。あれは私が……。」
「正直に言ってください。ではないと、そんな偶然があるわけがないんです。」
「え?」
「私が昔……恋い焦がれた味です。」
「恋い焦がれた?」
「百合の味に似てました。」
「そんなわけありません。私は百合さんのコーヒーを飲んだこともないのに。」
すると彼は思ったよりも近くに寄ってくる。私は逃げるように窓側に体を寄せた。
「正直に。」
「そんなわけありません。私が淹れるものは、瑠璃さんのものとも違います。私が……。」
「私がずっと追い求めていたコーヒーの味を、あなたがここ数ヶ月でぱっと出せるわけがない。もしかして、あの芙蓉という女に?」
「芙蓉さんは焙煎も知らないのに。」
「……でしたらそんな偶然があるというのですか?」
「実際あるじゃないですか。」
すると彼は私に体を寄せてきた。そして窓に手を突く。これで身動きがとれない。
「桜。こっちを見て。」
「いやです。」
「やましいことがあるから見れないのか。」
「見たら何かするでしょう?」
するとドアがバン!と開いた。そして葵さんは引き離される。
「……それくらいにしとけよ。」
茅さんが引き離したらしい。
「お前ほんと、百合のことに関しては見境ねぇな。」
「茅。お前も思っただろう。あの味は……。」
「香りが高くて、飲みやすいコーヒーだった。あぁいうのが百合が好きだったな。けどこいつは、それを知るわけない。でも俺が少し手助けはした。」
「何だと?」
「百合が使っていた豆を、こいつにやったのは俺だからな。豆で決まるだろ?」
「……。」
「焙煎は瑠璃。淹れ方はお前。それが全て重なって、百合になるのは当たり前だろ?」
「……。」
「悪いこといわねぇよ。こいつは俺がもらうから。」
「お前じゃないだろう。ヒジカタコーヒーにもらわれるんだ。あぁ。あのヤクザと変わらないような奴がいるところにな。」
相当いやな言われ方だ。
「あそこにだけ入れたくなかった。あそこがどこと繋がっているのか知ってるのか。」
「高杉組か?」
「あぁ。だから百合は柊をあの土地にやるのを嫌がっていた。」
待って……百合さんが柊さんをあの土地に渡すのを嫌がっていた?それはもしかして……。
「お前、やっぱ百合と繋がってたのか。」
「……。」
葵さんはうつむいて、そしてよろめくようにベッドに腰掛けた。
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