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二年目
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いつか竹彦は柊さんに宣戦布告した。私のことが好きだと。柊さんは、葵さんや茅さんが同じ事を言っても取られるはずはないと微笑む余裕すらあった。
そして今、私はその自販機の前で竹彦といる。金色の髪は黒に戻り、短く切られていた。耳も見える限り二、三個ピアスが開いてるだけ。普通の高校生に戻ったようにも見える。だけど彼は一年前よりも背が伸びて男らしくなった。目線は同じ位だったのに、今は見上げるくらいある。
「正月以来かな。」
「えぇ。久しぶりと言うほど久しぶりでもないわね。」
「制服を着るのも、もうそんなに時間はないって事だね。」
彼は少し微笑んで、私を見下ろす。同じ制服を着た女子二人が、こちらに視線を送り、何か話していたようだった。
「あの人かっこいい。」
「ねー。ビジュアル系?卒業生かなぁ。」
その会話が聞こえて少し笑えてきた。
「私、これからバイトなの。」
「そう。だったら、歩きながら話そうっか。」
「窓」までは正門をくぐった方が早い。ここからなら学校をぐるっと回らなければいけないから、ちょっとだけ遠回りになる。この距離で何が聞けるのかわからないし、彼も急に呼び出したから何かを話したいのだと思う。こんな短い時間で何がはなせるだろう。単刀直入に聞かないといけないのだろうか。
「「椿」を辞めることが決定したよ。」
「そう。でもその入れ墨は消せないわね。」
「普段は喪服だから、見えることはないよ。それに……結婚してる姉の旦那さんが、こっちに戻ってくる。だから僕はそれを手伝うようになった。母さんは父さんの介護があるしね。」
「大変ね。」
「……最近、母さんの周りが騒がしくてね。」
「騒がしい?」
「そう。蓬さんがこの間から病院に出入りしている。母さんに話を聞きたいらしい。」
「お母さんに聞きたい話があるって言うの?」
「そうだね。どうやら僕のことのようだ。」
「……竹彦君のこと?」
「そう。本当に蓬さんの息子なのかってね。」
竹彦のお母さんは見たことが一度だけある。風に吹かれたら飛んでいきそうな儚げな人だと思った。だけど私に微笑みかけた表情は、とても柔らかで綺麗だと思った。
「……蓬さんの奥さんには子供がいない。そしてその愛人にも子供がいないと言われていた。だけど蓬さんはその辺に関しては淡泊な人だと言われてる。」
「それは嘘ね。」
「どうして?」
「一度、襲われそうになったから。」
「え?もしかして本当に正月の時に言っていたデートを本当にしたの?」
「えぇ。色んな事がわかった。でもその代償は少し大きかったけれど。」
「……やっぱりヤクザなんかと関わりを持つもんじゃないね。」
彼は少し笑う。
「竹彦君。私もあなたに聞きたいことがあるの。」
「何かな。」
「あなたがどうして高杉組が坂本組と抗争が激しくなるって事を知っていたの?」
「「椿」だからだよ。」
「違う。」
思わず足を止めた。そして先に行った彼をまっすぐと見据えた。
「私たちが二年生の頃、あなたは匠君と話をしていた。高杉組の抗争のことを。どうして一般人の、ましてや高校生のあなたが知っているの?」
「……桜さん。」
彼の表情は変わらない。微笑んだままだった。
「葬儀屋とヤクザは仲良くならないといけないんだよ。表に出せない葬儀もしないといけないからね。」
「……それだけで?」
「あの時期は、抗争が激しくなるかもしれないと言う噂があった。だから蓬さんはうちに何人か来るかもしれないと言いに来たんだ。僕はそれを見てた。」
確かにそれだとつじつまが合う。そのとき蓬さんと竹彦が会っていたら、彼とも顔を見るかもしれないのだから。
「……そう。」
取り越し苦労だったのかもしれない。だけどその不安は何だろう。もやもやとする。
「あなたのところにも高杉組が?」
「うちには来ない。この辺は坂本組の傘下だしね。……でも君が行こうとしているところは高杉組の傘下だ。柊さんもそこへ行くのだろう?」
「えぇ。」
「彼みたいな人は、喉から手がでるほど欲しいだろうね。噂で聞いた。葵さんも、それから……僕は直接会ったかわからないけれど、茅さんという人のこともね。」
「誰から?まだ古参の人がいるのかしら。」
「菊音さんだよ。」
「あぁ。彼はまだ繋がりがあると言ってたわね。椿を育成していると言ってた。」
その言葉に、今度は竹彦が足を止めた。
「どうしたの?」
「桜さん。その話は誰から?」
「え?菊音さんのこと?」
「確かに菊音さんは、椿の育成もしている。だけどそれは裏向きだ。表向きはただのクラブのオーナー。僕だって、繁華街で出会ったら「虹」の隣だから顔見知りって言うことにしてあるのに。」
そんな話になっていたのか。
「桜さん。君はどこまで知っているの?蓬さんが何を話したんだ。」
「……あなたが本当に蓬さんの息子だと、蓬さんは信じてるのかしら。」
きっと柊さんも茅さんも、誰も信じていない。だったら竹彦は、誰の息子なんだろう。
「お母さんから蓬さんの息子だと言われた。私生児で産んだのは、彼に妻がいるからだって……。」
「……蓬さんが無精子症でも?」
これは私の母さんが言ってたことだった。蓬さんが愛人を作ってもその愛人を抱かないのは、彼に子供ができないからだった。
「……そこまで君は知っているんだね。」
「えぇ。」
「だったら僕は誰の子供だろう。あのとき、蓬さんの側にいたのは相馬さん、藤堂さん、菊音さん、榎田さん。このうちの誰かだと思わない?」
「……誰かわかったんでしょう?だからあなたは「椿」を離れる。」
「それだけじゃないよ。」
彼はそういって私の手に触れようとしてきた。だけど私はそれを拒否するように振り払う。その行動に、彼は苦笑いを浮かべた。
「「椿」を辞めれば、僕は彼らと同じステージに上がることができる。そう思うよ。」
「……そのときは私は違う場所にいる。」
「本当にいれるかどうかわからないけどね。」
そういうと、彼はその曲がり角に立った。
「コーヒーを飲んでいきたいけど、今日はまた行かないといけないところがあるんだ。」
「そう。また連絡するわ。」
「わかった。これからは連絡が取れるようになるかもしれないね。」
そういって竹彦は来た道を帰って行く。
榎田というのは、私の父だという。もう死んだ。去年のことだった。母さんからその話は一言も話すことはなかった。
そして今、私はその自販機の前で竹彦といる。金色の髪は黒に戻り、短く切られていた。耳も見える限り二、三個ピアスが開いてるだけ。普通の高校生に戻ったようにも見える。だけど彼は一年前よりも背が伸びて男らしくなった。目線は同じ位だったのに、今は見上げるくらいある。
「正月以来かな。」
「えぇ。久しぶりと言うほど久しぶりでもないわね。」
「制服を着るのも、もうそんなに時間はないって事だね。」
彼は少し微笑んで、私を見下ろす。同じ制服を着た女子二人が、こちらに視線を送り、何か話していたようだった。
「あの人かっこいい。」
「ねー。ビジュアル系?卒業生かなぁ。」
その会話が聞こえて少し笑えてきた。
「私、これからバイトなの。」
「そう。だったら、歩きながら話そうっか。」
「窓」までは正門をくぐった方が早い。ここからなら学校をぐるっと回らなければいけないから、ちょっとだけ遠回りになる。この距離で何が聞けるのかわからないし、彼も急に呼び出したから何かを話したいのだと思う。こんな短い時間で何がはなせるだろう。単刀直入に聞かないといけないのだろうか。
「「椿」を辞めることが決定したよ。」
「そう。でもその入れ墨は消せないわね。」
「普段は喪服だから、見えることはないよ。それに……結婚してる姉の旦那さんが、こっちに戻ってくる。だから僕はそれを手伝うようになった。母さんは父さんの介護があるしね。」
「大変ね。」
「……最近、母さんの周りが騒がしくてね。」
「騒がしい?」
「そう。蓬さんがこの間から病院に出入りしている。母さんに話を聞きたいらしい。」
「お母さんに聞きたい話があるって言うの?」
「そうだね。どうやら僕のことのようだ。」
「……竹彦君のこと?」
「そう。本当に蓬さんの息子なのかってね。」
竹彦のお母さんは見たことが一度だけある。風に吹かれたら飛んでいきそうな儚げな人だと思った。だけど私に微笑みかけた表情は、とても柔らかで綺麗だと思った。
「……蓬さんの奥さんには子供がいない。そしてその愛人にも子供がいないと言われていた。だけど蓬さんはその辺に関しては淡泊な人だと言われてる。」
「それは嘘ね。」
「どうして?」
「一度、襲われそうになったから。」
「え?もしかして本当に正月の時に言っていたデートを本当にしたの?」
「えぇ。色んな事がわかった。でもその代償は少し大きかったけれど。」
「……やっぱりヤクザなんかと関わりを持つもんじゃないね。」
彼は少し笑う。
「竹彦君。私もあなたに聞きたいことがあるの。」
「何かな。」
「あなたがどうして高杉組が坂本組と抗争が激しくなるって事を知っていたの?」
「「椿」だからだよ。」
「違う。」
思わず足を止めた。そして先に行った彼をまっすぐと見据えた。
「私たちが二年生の頃、あなたは匠君と話をしていた。高杉組の抗争のことを。どうして一般人の、ましてや高校生のあなたが知っているの?」
「……桜さん。」
彼の表情は変わらない。微笑んだままだった。
「葬儀屋とヤクザは仲良くならないといけないんだよ。表に出せない葬儀もしないといけないからね。」
「……それだけで?」
「あの時期は、抗争が激しくなるかもしれないと言う噂があった。だから蓬さんはうちに何人か来るかもしれないと言いに来たんだ。僕はそれを見てた。」
確かにそれだとつじつまが合う。そのとき蓬さんと竹彦が会っていたら、彼とも顔を見るかもしれないのだから。
「……そう。」
取り越し苦労だったのかもしれない。だけどその不安は何だろう。もやもやとする。
「あなたのところにも高杉組が?」
「うちには来ない。この辺は坂本組の傘下だしね。……でも君が行こうとしているところは高杉組の傘下だ。柊さんもそこへ行くのだろう?」
「えぇ。」
「彼みたいな人は、喉から手がでるほど欲しいだろうね。噂で聞いた。葵さんも、それから……僕は直接会ったかわからないけれど、茅さんという人のこともね。」
「誰から?まだ古参の人がいるのかしら。」
「菊音さんだよ。」
「あぁ。彼はまだ繋がりがあると言ってたわね。椿を育成していると言ってた。」
その言葉に、今度は竹彦が足を止めた。
「どうしたの?」
「桜さん。その話は誰から?」
「え?菊音さんのこと?」
「確かに菊音さんは、椿の育成もしている。だけどそれは裏向きだ。表向きはただのクラブのオーナー。僕だって、繁華街で出会ったら「虹」の隣だから顔見知りって言うことにしてあるのに。」
そんな話になっていたのか。
「桜さん。君はどこまで知っているの?蓬さんが何を話したんだ。」
「……あなたが本当に蓬さんの息子だと、蓬さんは信じてるのかしら。」
きっと柊さんも茅さんも、誰も信じていない。だったら竹彦は、誰の息子なんだろう。
「お母さんから蓬さんの息子だと言われた。私生児で産んだのは、彼に妻がいるからだって……。」
「……蓬さんが無精子症でも?」
これは私の母さんが言ってたことだった。蓬さんが愛人を作ってもその愛人を抱かないのは、彼に子供ができないからだった。
「……そこまで君は知っているんだね。」
「えぇ。」
「だったら僕は誰の子供だろう。あのとき、蓬さんの側にいたのは相馬さん、藤堂さん、菊音さん、榎田さん。このうちの誰かだと思わない?」
「……誰かわかったんでしょう?だからあなたは「椿」を離れる。」
「それだけじゃないよ。」
彼はそういって私の手に触れようとしてきた。だけど私はそれを拒否するように振り払う。その行動に、彼は苦笑いを浮かべた。
「「椿」を辞めれば、僕は彼らと同じステージに上がることができる。そう思うよ。」
「……そのときは私は違う場所にいる。」
「本当にいれるかどうかわからないけどね。」
そういうと、彼はその曲がり角に立った。
「コーヒーを飲んでいきたいけど、今日はまた行かないといけないところがあるんだ。」
「そう。また連絡するわ。」
「わかった。これからは連絡が取れるようになるかもしれないね。」
そういって竹彦は来た道を帰って行く。
榎田というのは、私の父だという。もう死んだ。去年のことだった。母さんからその話は一言も話すことはなかった。
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