夜の声

神崎

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二年目

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 夜十一時。電気を消してヘッドフォンをつけるそしてラジオをつけた。椿さんの声が、耳の側で響く。夜の闇に良く合っている声だと思う。そして柊さんによく似ている声は、耳元でささやかれているようで嬉しかった。
 ゆっくりした女性の声。この局もきっと発表されて十年はたっている曲だ。
 そのときヘッドフォンから流れる曲が急に止まった。あれ?ヘッドフォンをはずして、ラジオの方をみる。そこには茅さんがいた。
「何?」
「こんなラジオを番組を聞いてるんだな。同じ趣味のヤツいねぇだろ?」
「ほっといて。」
「でも懐かしい曲だな。」
 そういって彼はその曲に耳を澄ませた。

”REIRAで「風になる」でした。次のメッセージは……。”

「前にも聞いたことがあるけど、この声、柊に似てるな。」
「……でもこの音源を流している仕事をしているのよ。椿さん自体は、気難しい人だって言ってたわ。」
「……気難しいね……。で、お前その柊の言葉信じてるの?」
「そんな嘘を付いて彼に何のメリットがあるかしら。」
「……メリットねぇ。」
 茅さんは私の隣に座ると、メッセージに耳を傾けた。そして曲が流れる。今度は洋楽だった。
「俺、あまり音楽は興味がないけど、この曲は知ってる。」
「外国で聞いたの?」
「あぁ。どこだったか。ヨーロッパの方だったかな。きらびやかでみんな洗練してるイメージがあったけど、夜になれば違う顔が見えるところだった。」
 違う顔。その答えに私は少し黙ってしまった。きっと違う顔というのはこの国の違う顔じゃない。私が予想しないようなことなのだ。

”それでは今宵はこの辺で。みなさん、良い夢を。”

「キザなヤツだな。柊からそんな言葉が聞けるとは思えねぇ。別人だろうな。」
 ラジオを消そうと茅さんは手を伸ばした。そしてラジオの音が消えると、静寂の世界が襲ってくる。この辺は通りからも離れているから、いつも静かなのだ。
「柊はいつ帰ってくる?」
「いつもだったら一時か二時ね。」
「二時間か。なぁ。俺の部屋こねぇ?」
「行かない。もう寝るわ。」
「はえぇな。ババアかよ。」
 無視するように私は棚から一冊の本を取りだした。そしてベッドの上でそれを広げる。
「桜。」
 そういって彼はページをめくる私の手を握り、その手の甲に口付けた。
「やめて。」
 邪険にそれを振り払い、茅さんを見上げた。
「こんな事をしたらやりにくくなるわ。」
「お前のこと好きなんだよ。」
「知ってる。でも私は柊のことが好きよ。あなたじゃない。」
 すると茅さんは私の肩に手を置いてきた。
「知ってんだろ?俺の手も、俺の体も。」
「……もう寝ないから。」
「気持ちはそうでも、体は覚えてるだろ?気持ちよさそうにあえいでいたのを覚えてる。」
 肩に追い立てを振り払い、私は彼を見上げた。
「指示?」
「指示?何の?」
「蓬さんが言ってた。私と寝ろと、指示したって。」
「あぁ。もう関係ねぇよ。俺は俺の意志でお前と寝たい。」
「違うと思う。」
 その言葉に彼の表情が変わった。
「蓬さんの指示ではなかったら……百合さんの指示なんでしょう?」
「百合の?」
「えぇ。さっきの藤堂先生の言葉でわかった。あなたたち兄弟は、きっと百合さんに逆らえないのね。そして百合さんは……蓬さんに逆らえない何かがある。」
「俺が蓬と何かあるって言うのか?」
 私はゆっくりうなづくと、本を脇に置いて彼から少し距離を置いた。
「……蓬さんはあなたにはまだ繋がりがあるって言っていた。あなたはまだ手を切れていないのよ。そして柊をまた組に戻そうとしている。」
「……。」
「だから私と寝たいという言葉は、とても信憑性がないのよ。」
 茅さんの視線が私から逸れた。
 真実を言っているのかもしれない。だから彼は私から視線をそらせた。
「桜。その話は誰から?」
「今まで聞いたことをまとめただけよ。誰からでもないわ。」
「……桜。」
 そういって彼は私の手首を素早く掴むと、自分の方に引き寄せた。私は倒れるように彼の胸に抱きしめられる。
「や……。ちょっと……。」
 思わず彼を押し退けた。だけどその表情はいつもと違う。おどけたような感じではなかった。
「確かに百合の指示もあった。だけど、今は違う。俺は、俺の意志でお前と寝たい。柊から奪ってやりたい。俺だけのものにしたい。」
「ならない。」
「桜。」
「私は柊のものだから。」
 すると彼は私の首に掛かっているその鎖に手をかけた。
「いたっ!」
 首のあたりでちくっとした感触があった。ぶちっという音がして、首からすっと鎖が抜ける。
「もろい鎖だな。お前の鎖は。」
 床に指輪が転げ落ちる音がした。そして彼は私の左手の薬指に冷たいものをはめる。
「八号だったもんな。」
「いらない。私には……。」
「桜。俺のこと好きなんだろう?柊と同じくらい好きなんだろう?」
 違う。同時に二人の人を好きになるはずはない。私は……柊さんしか見ていないのだ。
「好き。」
 彼はそういって私の肩に手をかけて、体を押し倒した。
「やだ。んっ……。」
 柊さんと寝ているベッドで、茅さんは私の唇に唇を重ねてきた。舌で唇を割り、水の音が響いた。
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