夜の声

神崎

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二年目

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 木曜日は「窓」が休みだ。私は学校が終わると、軽く買い物をして家に帰って行った。
 冷えた部屋を暖めるようにエアコンのスイッチを入れる。そして買ってきた食材を冷蔵庫に入れた。
 そして着替えようと部屋に戻ろうとしたときだった。部屋のドアが開いた。そこには柊さんがいる。
「お帰り。」
「ただいま。」
 作業着と上に防寒着を着ている。薄着をいつもしているみたいだけど、今日は寒かったからかな。
「今日も出る?」
「あぁ。悪いな。いつも用意させて。」
「いいの。何時までに出ればいい?」
「クラブの方にも行くから、八時には出たい。」
「わかった。じゃあ、早めに用意するわ。」
 そういって私は部屋へ行き、コートを脱ごうとしたときだった。柊さんが部屋に入ってくる。
「どうしたの?」
「そんなに急がなくてもいいと思ってな。まだ五時だし、俺も手伝うし。」
「え?」
 彼はそういって私の唇に指をはわせた。そして唇にキスをする。
「んっ……。」
 手を首に回し、背伸びをして彼に近づいていった。
「何で?」
 彼に抱きしめられながら、私は彼の方を向いた。
「せっかく一緒にいるのに、触れられないだろう?」
「これからそういうことが多くなるんじゃないのかしら。でも私はあなたにしか触れられたくないの。……言ったでしょう?誰に抱かれても、あなたしか見てないわ。」
「……桜。そんなことを言ったら、欲しくなる。」
 彼はぎゅっと体を抱き、そして少し体を離すと体を抱き抱えられる。
「したい。」
「……いいの?」
 答えの代わりに、彼は私の唇にキスをしようと顔を近づけてきた。そのときだった。
「ただいまっ。と。あれ?あったけぇな。エアコン付いてんのに、誰もいねぇのかよ。」
 茅さんの声が聞こえた。
「くそ。あいつ今日早いな。」
「諦めましょうか。今日は。」
「あぁ。くそ。一緒に住んでんのに、一度も触れてないな。」
 柊さんは文句を一つ言って、体を起こして部屋を出ていった。

 三人で食事をするのはあまりない機会だった。シチューでもしようかと思ったけれど、せっかくだから鍋がしたいと鶏肉で水炊きをした。
「お、うまそうだな。」
「好きなのよ。水炊きって。」
 白菜やネギを入れた水炊きは、滅多に食べれるものじゃない。大体、私は一人で食事をすることが多かった。だから鍋自体がそんなに経験がない。
「飲みたくなるぜ。」
「一人でどうぞ。」
「つきあってくれねぇのかよ。」
「私はお酒飲めないし、柊はこの後用事があるもの。」
 私はそういって、一度取り出した鶏肉をまた鍋の中に戻した。柊さんは相変わらず不機嫌そうに、新聞を読んでいた。
「……リリーが載ってるな。」
「あぁ。裁判に今日行ってきたから。」
「この場にいたの?」
「うん。だから今日は休んだんだよ。」
 身内と言える人が少ない。だから茅さんは無理にでも菖蒲さんの裁判へ行ったのだろうか。
「一審は、執行猶予付いた。まぁ。初犯だし、それくらいだろうなと思った。」
「菖蒲さんの様子はどうたったの?」
「しょげてた。精神的にも参ってるみたいでさ。全く、百合に比べたら全然違うな。」
 百合さんの裁判は、近々行われる。だけど堂々としたものだという。こういうことがあるのだろうと予想していたようだ。
「出来た。ポン酢と、ごまだれと、どっちがいい?」
「どっちでも。」
「じゃあ、どっちも出そうかな。テーブル拭いて。」
「俺が?」
「立ってるからよ。さっさと拭いて。」
 濡れた布巾を茅さんに渡すと、彼は渋々テーブルを拭いていた。
「お前ら、いつから敬語じゃなかったっか?」
「は?」
「確か最初に会ったときは敬語だったと思うんだがな。」
 新聞を畳み、柊さんはこちらを見る。
「俺がそっちの方がいいって言ったんだよ。歳が上だからって偉くもねぇ。年上で偉そぶってるやつの方が腹立つわ。」
 茅さんらしい。私は鍋敷きをテーブルに置くと、鍋を取りに行った。
「俺に敬語を使わなくなるまで一年かかったというのにな。夏頃に会って、もうそんなに親しくなるとは。」
「そんなことで嫉妬しないで。」
 鍋をテーブルの上に置くと、ふたを開けた。ふわんと湯気が立ち上る。
「美味しそうだな。」
 取り皿を持ってくると、三人で鍋をつついた。
「でもさ、柊はこいつに手を出したのって結構早かったんだろ?」
 ぐっ。食べてた白菜が喉に詰まりそうになった。苦しくて、思わずお茶に手が伸びる。
「くるし……。」
「大丈夫か?」
 お茶を手渡してくれて、私はやっと楽になった。
「確かに早かったな。」
「強引だったもの。」
 涙が出てきてティッシュで押さえる。
「珍しいよ。こいつがそんなことをするなんて。」
 すると柊さんは表情を変えずに言う。
「それだけ最初から気に入っていた。」
「んだよ。のろけか?」
 茅さんは少し笑いながら、お茶を飲んだ。

 柊さんは食事を終えると、部屋に戻ってジャンパーを手にした。
「もう行くの?」
「あぁ。お前、夜更かしするな。すぐ寝ろよ。」
「ラジオを聞いて寝るわ。」
 頭を撫でて、柊さんは玄関へ向かう。それに私も習って玄関へ向かう。靴を履いて、私の方を見る。
「茅に気をつけろよ。本当は一緒にいさせたくない。」
「そうね。あなたも気をつけて。」
「俺も?俺はおっさんだ。」
「母さんがいつか言ってたわ。あなたは自分が思うよりもいい男なんだって。私もそう思うわ。」
「お互いだな。」
 彼はそういって私の唇にキスをして、出て行った。冷たい風はジャンパーだけでしのげるのだろうか。バイクだけではさらに寒いだろうに。
 そう思いながら、私はまた部屋に戻ろうとした。そのとき入り口に茅さんが着替えを持って立っている。
「お風呂?」
「あぁ……案外堪えるな。」
「え?」
「目の前でキスされちゃあな。」
「あぁ……ごめんなさいね。見せつけるような真似をしちゃって。」
「別に。俺もするから。」
 そういって彼は私の手を引くと、顔を近づけてきた。
「やめて。」
 肩を押して、それを拒否した。しかし彼はその手を握りあげて、私の唇にキスをしてくる。彼のキスは深く、舌を差し込んできた。
「間接キスか。」
「やめてよ。」
「好き。」
「こういうのやめて。」
「好き。」
 そういって彼は私の体を抱きしめてきた。
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