夜の声

神崎

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二年目

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 茅さんはここ数日、本社や○×市へ行っていたりして家で見ていなかった。だから一緒に住みだして、こうして二人でいるのは初めてかもしれない。
「何か食べる?」
「何か出来るのか?」
「凝ったものは出来ないけどご飯あるし、焼き飯くらいなら出来るわ。」
「じゃあ、それでいい。」
 茅さんは暖房をつける。ずいぶん部屋が綺麗になった。柊さんが几帳面なせいで、茅さんが一人で住んでいた時とは雲泥の差だ。
 だけど彼が一人でいる部屋はどうなっているのか。恐ろしい。
「そういや、お前料理できるって言ってたな。」
「食べたこともあるくせに。」
 エプロンをつけると、冷蔵庫から材料を取り出した。ネギ、ハム、タマネギなんかを取り出して、ついでにスープでも作るかと鍋を取り出す。
「何?」
 煙草を片手に私のしていることをじっと見ている茅さん。なんかやりにくい。
「柊の分は?」
「彼は食べていったの。仕事とクラブの間に時間があるから。」
「用意していったのか。」
「朝ね。」
「偉い早く起きてんなと思ったら、そんなこともしてたのか。」
 と言ってもあまり凝ったものはしていない。それに彼も料理は出来ない人ではないし、火を加えるくらいはするから。
「そんなに見なくても毒なんか入れないわ。」
「手際いいなと思ってさ。いい奥さんになるよ。」
「それはどうも。」
 誉められたのか。何かバカにされた気もするけど。まぁいいや。
「俺の奥さんになる?」
「ならないわよ。何言ってんの?」
 お湯が沸いてきて、わかめとキノコ類を入れた。鶏ガラスープとこしょうを入れて塩で味を整えて完成。
 そしてフライパンに火をつける。
「結構本気なんだけどな。」
「迷惑。」
 するとキッチンに茅さんが入ってくる。そして腰のあたりに手をのばしてきた。
「柊なんか、捨ててやれよ。」
「邪魔なんだけど。用意しなくていいのかしら。」
 その言葉に彼は苦笑いをして手を引っ込めた。

 食事を終えると、茅さんはお風呂にはいる。私はキッチンを片づけると、片隅にある瓶に手を伸ばした。そこにはコーヒー豆が入っている。
「……。」
 明日飲み頃のコーヒー豆だ。私で焙煎した、コーヒー豆。誰にも習わなかった、自分の焙煎具合の豆。これが吉とでるか。凶とでるか。
 何度か自分なりのコーヒー豆を焙煎してみた。だけどどれもいまいちだと思う。納得しない。
「……。」
 でもこういうのを繰り返してみんな自分の好きな焙煎を見つけたのだ。
「どうだろうなぁ。」
 そういって私はその瓶をまたしまった。そして部屋に戻ろうとしたとき、茅さんがタオルを持ってこっちを見ている。
「何?びっくりしたわ。」
「風呂はいれば?」
「うん。ありがとう。」
「そのコーヒー豆は、お前が焙煎したのか。」
「うん。今まで瑠璃さんや葵さんにいわれて焙煎してみたけれど、自分なりの好きな味もあると思って。」
「飲もうぜ。」
「明日くらいまで寝かせたいの。」
「だったら明日飲もうぜ。」
「失敗かもしれないわ。」
「他人の意見も必要だろ?」
「それはそうだけど……。」
 だけど人の意見に左右されやすい私だ。きっと茅さんが駄目といったら駄目になるかもしれないし、自分が納得していないのに美味しいといわれたらそうかもしれないって思うかもしれない。
「明日、夜にでも飲もうぜ。」
「……ううん。やっぱりやめとく。」
「何で?」
「私がまず飲んで納得しないといけないと思うから。」
 すると茅さんは笑いながらいう。
「自覚はあったのか。人の意見に左右されやすいってこと。」
「……。」
「この国ではいいとこかもしれないけど、もっと自分をもてよ。それ、じゃあうまかったら飲ませてくれよ。」
「わかった。」
 茅さんの後ろ。そこには柊さんがいつの間にか立っていた。
「帰ってたの?」
「あぁ。」
「どうしたんだ。存在感全くなかったぞ。」
「別に……。疲れてるのかもしれないな。」
「さっき、茅さんがお風呂入ったの。先に入る?」
 そう聞くと柊さんは茅さんを押し退けて、私をまるで荷物のように抱え上げた。
「何?」
「いいだろ?別に。こいつに遠慮しなくてもいいんだし。」
 そういって彼は私を脱衣所に連れて行った。
「どうしたんだ。」
 茅さんもやってくると、入り口で柊さんに聞く。
「……お前、俺とこいつが風呂に入ってるところでも見たいのか?」
「そんな趣味はねぇよ。でも……強引すぎないか?」
 こんな時の柊さんを良く知っている。何か機嫌が悪いときだ。
「やきもちだ。」
 思わず声に出してしまった。すると柊さんはこちらを見て、頭を抱えた。
「お前なぁ。」
「何だよ。お前、やきもち焼いてんのか。バカだな。」
「うるさい。昨日までいなかったヤツが、俺のいたところにいればやきもちくらい焼くだろう?」
 茅さんは笑いながら、脱衣所のドアを閉めた。
「バーカ。柊バカ。」
「てめぇ。」
 柊さんもそのドアを開けて彼を追いかけていった。
「子供じゃないんだから、やめて。」
 何か……さらに疲れた。ため息をついて、私はとりあえず部屋に下着を取りに行った。
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