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二年目
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保冷剤がないと言って、茅さんは家に上がり込んできた。ソファに座り、煙草に火をつける。
「痛くないの?」
「いてぇよ。あー。あいつにあんな殴られるの久しぶりだな。」
保冷剤を取り出してそれをタオルでくるんだ。そしてソファに座っている茅さんにそれを渡した。
「結局何も聞き出せなかったわね。」
「……よっぽど言いたくねぇのか。」
「それに今日は少し機嫌が悪かったから。」
「あぁ。芙蓉のことだろう?よっぽどうまが合わなかったんだろうな。」
「まぁね。」
その理由は何となくわかる。ぐいぐいと聞きたい芙蓉さんと、人との距離感を大事にしている葵さんだ。あまり合わないかもしれない。ましてや葵さんが大事にしているコーヒーの技術を、芙蓉さんに教えることはないかもしれない。
「不思議な飲み物だわ。」
「何が?」
「コーヒー。こんなに奥が深いと思わなかった。豆の一つ、焙煎だけでも違うなんて。」
「もっと簡単だとでも思っていたのか。」
「……そうね。少なくとも、こんなに携わるとは思ってなかったわ。」
茅さんはちらりと時計を見る。そしてため息をついた。
「柊は?」
「菊音さんの所に行ってる。菊音さんはきっと葵さんよりも難しい人ね。聞き出すのが大変みたい。」
「あいつ、自分の正体を言わないで聞こうとしてんだろ?何年かかってもでる訳ねぇ。のんびりしてる暇はねぇのにな。」
ぼやぼやしていたら、蓬さんからせっつかれるだろう。せめて春までは何とかしなければ。
「なぁ。」
「何?」
彼は煙草を消して、立っている私の方を見る。
「俺の部屋に来ないか。」
「は?何で?」
速攻で答えた私に、茅さんは少し笑った。
「そんなに速攻で言うなよ。バカかよ。」
「そんな腫れた顔で言われてもね。熱、出るかもよ。」
「もう出てんのかもな。」
「本当に?」
彼はそういって自分の手で額に触れた。
「自分じゃわかんないわよ。体温計。持ってくるから。」
「触って。」
たぶん柊さんなら迷わずに額に手をかざしただろう。だけど出来ない。きっと茅さんはその手を引いてくるだろうから。私はテレビのしたにある救急箱の中から体温計をとりだした。
そして彼の元へ持ってこようとしたときだった。
彼はいつの間にか私の後ろに立っていた。そしてしゃがみ込んで、私の体を後ろから抱きしめる。
「や……。」
「熱い?」
「熱いわ。だから離して。」
「熱出たか?なぁ。触って。」
そのとき玄関の鍵が開く音がした。その音が彼にも聞こえたのだろう。ぱっと私を離した。
「……茅。」
ばつが悪そうに彼は頭をかいた。
「どうした。その顔は。」
「葵にやられた。」
「お前が何かしたんだろう。」
「あのなぁ。俺だってそんなに喧嘩っ早くねぇよ。葵から聞き出そうとしたらやられたんだ。」
「……そうか。で、どうしてここにいる?」
柊さんは不機嫌そうに、茅さんの前に立った。やだな。柊さんもなんか怒っているように見えるから。
「保冷剤がなかったんだよ。こんな顔で会社いけるか。」
「こけたというのには、無理があるか。桜。」
今度は私の方を見る。
「今日は何もされていないのか。」
「何もされていない。あのさ……いつも何かしてるように見えるの?」
その言葉に柊さんは不機嫌そうに、ソファに座った。
「二十代はまだ猿だ。」
「あんたもそうだったろ?」
茅さんの言葉にも刺がある。ぴりっとした雰囲気に、私は思わず手から体温計を落としてしまった。
「ごめん。」
それを拾い上げて、救急箱にしまった。
「桜。今日は俺の家に来い。」
「……。」
「どうした。悪いのか?」
「明日から学校で……。」
「……俺だって明日は仕事だ。」
拒否したいのに。今日は眠りたいのに、どうしてこんなに強引なんだろう。
「お前さ、菊音となんかあったのか?」
「……。」
きっと図星だ。彼はポケットから煙草を取り出した。そして煙の向こうで、彼は表情を変えずに私を見る。
「お前の母親のことだ。」
「母さんの?」
「お母さんは、金を稼ぐために何でもした。蓬さんの愛人にでもなれば、生活は出来ないことはないだろうと。」
「……。」
「実際誰とでも寝たし、菊音とも寝たことがあるらしい。だからお前もそうなんだろうとな。茅も、葵も、それから……竹彦もきっと寝ているとな。」
「……柊。あなたそんなこと信じてるの?」
手が震える。その手を握り力を入れた。
「強引にすれば、体を開く。緩い股の持ち主だ。そんな奴に惚れて、大変だなと。」
その言葉は聞き覚えがある。私は、一気に手の震えが止まった。そして茅さんと顔を見合わせる。
「どうした。何かあったのか。」
「……間違いねぇな。」
「えぇ。」
「何があった?お前らも何が?まさか、また茅と?」
私はソファに座り込み、彼の体に自分の体を寄せた。
「おい。桜。茅の前で……。」
「気にしねぇよ。それに今はそれを気にする時じゃねぇ。」
「掴めたわ。ありがとう柊。」
「何?」
私は彼の首に手を回し、軽くキスをした。その行動に彼の頬が赤くなる。
「見せつけんな。バカ。」
茅さんはそういって不機嫌そうにポケットから煙草を取り出した。
「痛くないの?」
「いてぇよ。あー。あいつにあんな殴られるの久しぶりだな。」
保冷剤を取り出してそれをタオルでくるんだ。そしてソファに座っている茅さんにそれを渡した。
「結局何も聞き出せなかったわね。」
「……よっぽど言いたくねぇのか。」
「それに今日は少し機嫌が悪かったから。」
「あぁ。芙蓉のことだろう?よっぽどうまが合わなかったんだろうな。」
「まぁね。」
その理由は何となくわかる。ぐいぐいと聞きたい芙蓉さんと、人との距離感を大事にしている葵さんだ。あまり合わないかもしれない。ましてや葵さんが大事にしているコーヒーの技術を、芙蓉さんに教えることはないかもしれない。
「不思議な飲み物だわ。」
「何が?」
「コーヒー。こんなに奥が深いと思わなかった。豆の一つ、焙煎だけでも違うなんて。」
「もっと簡単だとでも思っていたのか。」
「……そうね。少なくとも、こんなに携わるとは思ってなかったわ。」
茅さんはちらりと時計を見る。そしてため息をついた。
「柊は?」
「菊音さんの所に行ってる。菊音さんはきっと葵さんよりも難しい人ね。聞き出すのが大変みたい。」
「あいつ、自分の正体を言わないで聞こうとしてんだろ?何年かかってもでる訳ねぇ。のんびりしてる暇はねぇのにな。」
ぼやぼやしていたら、蓬さんからせっつかれるだろう。せめて春までは何とかしなければ。
「なぁ。」
「何?」
彼は煙草を消して、立っている私の方を見る。
「俺の部屋に来ないか。」
「は?何で?」
速攻で答えた私に、茅さんは少し笑った。
「そんなに速攻で言うなよ。バカかよ。」
「そんな腫れた顔で言われてもね。熱、出るかもよ。」
「もう出てんのかもな。」
「本当に?」
彼はそういって自分の手で額に触れた。
「自分じゃわかんないわよ。体温計。持ってくるから。」
「触って。」
たぶん柊さんなら迷わずに額に手をかざしただろう。だけど出来ない。きっと茅さんはその手を引いてくるだろうから。私はテレビのしたにある救急箱の中から体温計をとりだした。
そして彼の元へ持ってこようとしたときだった。
彼はいつの間にか私の後ろに立っていた。そしてしゃがみ込んで、私の体を後ろから抱きしめる。
「や……。」
「熱い?」
「熱いわ。だから離して。」
「熱出たか?なぁ。触って。」
そのとき玄関の鍵が開く音がした。その音が彼にも聞こえたのだろう。ぱっと私を離した。
「……茅。」
ばつが悪そうに彼は頭をかいた。
「どうした。その顔は。」
「葵にやられた。」
「お前が何かしたんだろう。」
「あのなぁ。俺だってそんなに喧嘩っ早くねぇよ。葵から聞き出そうとしたらやられたんだ。」
「……そうか。で、どうしてここにいる?」
柊さんは不機嫌そうに、茅さんの前に立った。やだな。柊さんもなんか怒っているように見えるから。
「保冷剤がなかったんだよ。こんな顔で会社いけるか。」
「こけたというのには、無理があるか。桜。」
今度は私の方を見る。
「今日は何もされていないのか。」
「何もされていない。あのさ……いつも何かしてるように見えるの?」
その言葉に柊さんは不機嫌そうに、ソファに座った。
「二十代はまだ猿だ。」
「あんたもそうだったろ?」
茅さんの言葉にも刺がある。ぴりっとした雰囲気に、私は思わず手から体温計を落としてしまった。
「ごめん。」
それを拾い上げて、救急箱にしまった。
「桜。今日は俺の家に来い。」
「……。」
「どうした。悪いのか?」
「明日から学校で……。」
「……俺だって明日は仕事だ。」
拒否したいのに。今日は眠りたいのに、どうしてこんなに強引なんだろう。
「お前さ、菊音となんかあったのか?」
「……。」
きっと図星だ。彼はポケットから煙草を取り出した。そして煙の向こうで、彼は表情を変えずに私を見る。
「お前の母親のことだ。」
「母さんの?」
「お母さんは、金を稼ぐために何でもした。蓬さんの愛人にでもなれば、生活は出来ないことはないだろうと。」
「……。」
「実際誰とでも寝たし、菊音とも寝たことがあるらしい。だからお前もそうなんだろうとな。茅も、葵も、それから……竹彦もきっと寝ているとな。」
「……柊。あなたそんなこと信じてるの?」
手が震える。その手を握り力を入れた。
「強引にすれば、体を開く。緩い股の持ち主だ。そんな奴に惚れて、大変だなと。」
その言葉は聞き覚えがある。私は、一気に手の震えが止まった。そして茅さんと顔を見合わせる。
「どうした。何かあったのか。」
「……間違いねぇな。」
「えぇ。」
「何があった?お前らも何が?まさか、また茅と?」
私はソファに座り込み、彼の体に自分の体を寄せた。
「おい。桜。茅の前で……。」
「気にしねぇよ。それに今はそれを気にする時じゃねぇ。」
「掴めたわ。ありがとう柊。」
「何?」
私は彼の首に手を回し、軽くキスをした。その行動に彼の頬が赤くなる。
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