夜の声

神崎

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二年目

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 葵さんは私を見据えたまま、表情を変えなかった。黙ったまま私たちはずっとお互いを見ている。余裕があるのか、それとも無いのか、それもわからない。だけど怯えるわけにはいかない。真実を聞くために。
「百合は、南米にずっといました。そして私はこの国にずっといます。国外にはずっと出ていません。パスポートの有効期限はずっと前にきれてしまいましたしね。」
「……百合さんがこの国に来ていたとしたら?」
 その言葉に彼の表情がわずかに変わった。
「芙蓉さんにでも聞きましたか?あの子の証言はあまり当てにならない。警察もそういっていました。」
「しかし渡航履歴を調べればわかる。」
 芙蓉さんのパスポートを見れば一目瞭然だ。彼女は南米に行ったとしても、この国に来たとしても、どちらにも印が残っているはずだ。百合さんは彼女をカモフラージュでこの国に来ていたのだから。
「……そこまでして真実を知りたいですか?」
「想像でものは言えます。でもそれが真実だという証拠はありません。」
「口は割りません。もし割るとすれば、あなたと引き替えです。」
「私と?」
「えぇ。心までは手に入らないかもしれませんが、体は手に入れることが出来ます。今日はあなたは誰と寝たんですか?」
「いやな言い方ですね。」
 まるで股が緩いみたいな言い方だ。
「茅としたんでしょう?柊が茅を警戒し始めたから。私の方まで手が回らないようだ。」
 彼はそういって私の手に触れ、布巾を手にした。カウンターに置くと、彼はその手で私の手に触れてくる。
「やめてください。」
 その手を振り払い、横を向く。
「強引なのが好きでしたね。」
「そのやり方は蓬さんのやり方ですか?」
 蓬さんの名前で彼の動きが止まった。真実に近づいているのかもしれない。時計をちらりとみる。皮肉にも一年前私が送ったその時計が目に留まった。もう時間的には茅さんが外にいるだろう。
 かといって彼を頼ることは出来ない。出来るなら自分で聞き出したいのだ。自分がすると言ったことなのだから。
「どうして蓬さんの名前がでるのですか。確かに店を一件経営すれば彼とのつながりが必要な場合もある。ですが、以前にも言ったように夜に経営している店ではありません。彼との繋がりはそれほど深くはありませんよ。」
「昔は繋がりがあったでしょう。」
「椿の時はね。ですが……そうですね。あなたには一つ真実を伝えましょう。」
「……何ですか?」
「私が椿に入ったのは、柊を狙うためでした。早く死ねばいいのにと思っていたから。」
「……死ねばいいのにって思ったのに、どうして友人であるんですか。」
「友人であれば、彼に隙が生まれるからです。全てを奪ったあいつの全てを奪う。そう思ったから椿に入ったんです。そしてそれは百合も同じ考えでしたよ。」
 葵さんの目はまた冷たく光った気がする。

 着替えを終えて表に出てくると、葵さんはいつものように生豆の選定をしていた。ため息をついて、私をみる。
「……桜さん。」
「何ですか。」
「外にいる人にもよろしく言っておいてください。私はまだ真実を話せないと。」
「……。」
 ばれていた。でもなるべく表情を変えないふりをした。
「何のことですか。」
「……まぁいいです。また明日。」
 私はそう言われながら、外にでた。するとその側には茅さんがいる。煙草を吹かしながら、私を待っていたようだった。
「よう。」
「……中に入らなかったのね。」
「あぁ。」
 店を離れて、大通りにでる。それまで私たちは何も話さなかった。店に近ければ葵さんにばれると思ったから。
 コンビニの前ほどにやってきて、彼は少しため息をついた。
「隙がねぇな。」
「前からよ。今更ながら、どうやったら真実を割り出されるかわからない。」
「あいつは読めない奴だからな。おっと、ちょっと煙草買ってくる。お前、何かいるか?」
「そうね。ちょっと中に入るわ。」
 コンビニの中に入り、雑誌の棚を見た。特にコンビニに用事があるわけじゃないけれど、あそこで一人で待っていても仕方ないと思ったのだ。
 相変わらずゴシップのネタのようにリリーについての記事が、週刊誌をにぎわせている。どうやら菖蒲さんの性癖にまでたどり着いた記者もいるらしく、それがおもしろおかしく書かれているようだ。
 こんな事まで書かれる世界なのだ。
 きっともう菖蒲さんはこの世界にもう入れない。でも彼女はきっと歌い続ける。歌だけが好きだと言っていたから。
 その向かいの棚をみる。絆創膏やタオル、たぶんそんなに売れないだろうと言うものも、所狭しとおいてある。そして二種類分のコンドーム。こんなものをここで買うとき、店員はどんな顔をするのだろう。カップルで買えば「あぁ。今からヤるんだ」とか思うのかな。
 まぁ、そんなこと気にしないでさっさとレジ袋に入れてしまうかもしれないけど。
「お前、なんか買わないの?」
 煙草を買い終わった茅さんが後ろから声をかけた。
「別に……何もいらないかな。」
「みかん売ってねぇかな。」
「コンビニには売ってないわよ。みかんゼリーとかならあるけど。」
「冬はこたつでみかんが食べたい。」
「そんなものなのかしら。」
「お前この国にいる割には、あまりそういうことにがつがつしないんだな。」
「昔は、一人だったから。」
 冬のテレビのCMを昔、一人で見ていた。
 家族がこたつに入っていてお母さんがシチューを持ってくる。子供たちが「美味しいね」というと、お母さんとお父さんが顔を見合わせて笑う。そんな感じのCM。
 そんな家族はいない。私はそのCMが流れる度に、テレビを消した。次第にテレビを見なくなり、今は母さんが情報収集のためにつけるだけ。一人ではみない。
「三人になるつもりはないのか。」
「三人?」
「お前と、俺と、柊と……。」
「何であなたがいるのよ。」
 彼は少し笑いながら、棚にあったみかんゼリーを二つ手に持つとまたレジへ向かった。
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