夜の声

神崎

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二年目

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 正月の前に車の中も綺麗にしたのだろう。ゴミ一つ無かった。茅さんは運転席に座る。横には芙蓉さん。後ろの席に柊さんと私が乗り込んだ。
 柊さんは私の手をずっと握っていた。温かい手がありがたい。
「バイトは?」
「今から行けばちょうどいいと思うから。直接送ってくれる?」
「あぁ。日曜日なのに忙しいな。お前。」
「……瑠璃さんのところには行かなくて良かったのか?」
「……今日は来ないで欲しいっていわれたから。」
 瑠璃さんはこのところ調子が悪いようで、店も休みがちになっているらしい。覚悟をしておいた方がいいと言った葵さんの言葉が、心に残る。
「それにしても、元椿の中にスパイねぇ。」
「情報がダダ漏れしてると言うことだった。それにもと椿とは限らない。気質になった組の奴かもしれない。」
「堅気になった奴が情報を自由に操れるとは思えねぇな。そんな事したら、簀巻きにされて消されるに決まってる。」
「消す?」
 私が声を上げると、柊さんは目だけで私を見る。
「気にするな。お前には関係ない世界のことだ。」
 柊さんってこういうところあるよな。お前には関係ないみたいな。でもまぁこの場合は、知らなくてもいいことかもしれないけど。
「椿の方が可能性は高いように思える。」
「……そういえばさ、お前、ラジオの関係の仕事もしてんだって言ってたな。」
 椿さんのラジオのことか。
「あぁ。」
「どこでそんなつて捕まえたんだ。」
「菊音さんから紹介された。元々葵がしていたことだが、店が忙しくなって俺にお鉢が回ってきたこと。」
「菊音さんね……。あの人まだ組に顔を出してるらしいな。」
「椿の育成をしているらしい。ジゴロのこともだが、あの人の腕っ節は今でも健在だし。」
 菊音さんか。その人については私もちょっと思うことがあった。
「……菊音さんって、柊のことをSyuって呼んでたわね。それから蓮見さんも。」
「あぁ。面倒だからSyuの名前で通している。柊の姿ではずいぶん菊音さんには会っていないな。」
 あくまできらきらした世界の人はSyuであり、普段の柊さんは学校の用務員だというスタンスを変えたくないらしい。
「菊音さんならわかるかな。」
「……知ってたとしても菊音さんは何も言わないだろう。あの人はまだ蓬さんと繋がりがあるし。」
 するとずっと黙っていた芙蓉さんが声を上げた。
「ねぇ。さっきから誰の話してるの?」
「おめぇには関係ねぇよ。」
 ぶーっと頬を膨らませてた。しかし私は芙蓉さんに声をかける。
「芙蓉さん。」
「何?」
「百合さんって、こっちの国に来たとき蓬さん以外に誰か会ってた?」
「うーんと……桔梗叔父さん。」
 それはたぶん柊さんに似せた藤堂先生だろう。別にもうそれについては責めるつもりはない。
「後はこの間、母さんがこの人に薬を渡していたって言ってた人。」
 私は柊さんと顔を見合わせた。
「それって……葵さん?」
「葵さんって人?うん。その人かなぁ。ほら背高くて、笑顔の人。でも目の奥笑ってない怖い人。」
 そういうイメージなのか。
「何の話をしてたのかわかるか?」
「母さん、その葵さんって人に会ったらいつも機嫌悪かった。いっつも言ってたのはね、「逃がしてくれたのはありがたいけど、もう関わらない方がいい」って。」
 葵さんと何かあったのかな。
「……桜。今から葵のところに行くだろ?」
 茅さんの言葉に、柊さんの握っている手の力が強くなった。茅さんの意志が伝わってきたからだろう。
「えぇ。」
「百合のことをそれとなく聞けないか。」
「それとなくなんて、こいつに出来るわけないだろう?ストレートに聞いてもはぐらかされるに決まっている。じゃなければ……。」
 私の方をみる。その視線は心配そうだった。
「何?桜ちゃん。その葵さんって人にも迫られてるの?」
 振り返って芙蓉さんがきらきらした目で見てくる。歳が下でもこういう話題は好きなんだな。
「何度こいつが襲われそうになったか、知らないのか。」
「知ってるよ。何度か見た。だけどそういうことも含めて、蓬は俺らに探るように依頼したんじゃないのか。」
 確かにそうだ。使えるものは何でも使おうとしている彼らだ。女を使って情報を探るのは、当たり前なのだろう。
「……桜。お前はそれが出来ると思うか?女を使って情報を得ることなど、お前には出来そうにないと思うけどな。」
 何度もはぐらかされて、そのたびに襲われそうになって、私にはそういうことが出来ないことは柊さんは良く知っている。話したくないと思っているのだろうし、私も離れたくない。だけど、それをしなければ何も進まない。
「……そうね。難しいと思う。だけど……そうしなければ何も進まないのかもしれない。」
「桜。」
「柊は、Syuの姿のままだったら菊音さんに話が聞けるんじゃない?私は葵さんに話が聞ける。」
 信号が赤になり、車を止めた茅さんがニヤリと笑ったのが見える。
「どっちにも失敗すればただですまねぇな。仕方ねぇ。柊。お前そのラジオの仕事をするときに、菊音に会うことがあるのか?」
「ラジオじゃなくてクラブに行ったときだな。」
「だったらそのとき聞けばいい。桜は……俺がついてやる。」
「茅。」
「二十一時くらいに店に行く。」
 こういう時の茅さんは頼りになる。だけど柊さんは不安そうだ。それに肝心なときに守ってやれない歯がゆさもあるのかもしれない。
「柊は大丈夫なの?」
「いざとなれば逃げることは出来る。お前も逃げろよ。」
「うん。」
「茅は切り札だ。あまり頼るな。こいつだって、お前を狙っているんだから。」
「……。」
「まぁな。手ぇ出していいんなら、いつでも……。」
 柊さんの長い足が、茅さんの座席を蹴った。
「お前、この座席も高ぇんだよ。なんかあったら弁償しろよ。」
「それだけのことをしただろう。」
 その会話に芙蓉さんは可笑しそうに笑ったいた。
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