夜の声

神崎

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二年目

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 ちょうどお昼時だからだろうか。蓬さんは海辺にあるカフェへ連れてきた。カフェと言っても食事もさせるらしく、人が沢山いた。
「芹沢さん。」
 そこにいたのは蓬さんの歳くらいだろうか、丸い、中年太りのおばさんが出てきた。どこにでも行るような恰幅のいい人だ。
「久しぶりだな。竹田さん。」
「えぇ。二階、空いてますよ。食事はどうしますか。」
「後でいただこう。」
 あまりいらないことの言わない人だ。私が後ろからついてきても「誰ですか」とは聞かない。
 入り口近くの階段を上がり、竹田さんという人は電気をつけてくれた。そこは普通のカフェのテーブルが並ぶ空間に見えた。
 しかし異質だったのは、壁に多くの絵が飾られている。その一つ一つを私は見ていると、一つの絵に目を留めた。
「桜……。」
 この桜は、私が幼い頃に母の上にいた男の背中に彫っていたものと同じに見えた。
「……やはり目を留めたか。」
「この桜は……。」
「榎田は、彫り師でな。私の墨も、榎田が彫ったものが数点ある。そして榎田は、彫る前にデザインをするのに絵を描く。それがこれだ。」
「……私、この桜を見たことがあるんです。母さんの上で……。」
「それが榎田だ。榎田は桜を、相馬は牡丹を、私は竹、菊音は……椿だ。」
「菊音さんが椿?」
「あぁ。あいつは椿を育成する立場にいたから、椿の木を掘って欲しいといわれたそうだ。この絵か。」
「……近くにいたんですね。父は……。」
「私に見つからないように、じっと身を潜めながらお前を見守っていたらしい。」
「……。」
 桜の名前の意味。私は考えたこともなかった。きっと母さんはこの人の入れ墨から、私の名前を付けたのだ。それだけ愛していたのだ。
「絵が苦手でした。絵の具の匂いをさせた男がくると、母さんが泣いていたから。」
「嬉しかったんだろう。」
「そういう意味だったんですね。」
 すると向こうの階段から水を持ってきた女性が、笑いながら私たちに声をかける。
「あら、あら、そんなところで。どうぞ。お座りになって。」
「うん。竹田さん。食事をもらう。桜。ここは魚がうまい。」
「そうですか。」
 姿を見たことのない父親。それが初めてこんな形で出会うとは思っても見なかった。
 きっと母さんはこの榎田という男に心底惚れていたのだろう。きっと私が今柊さんしか見ていないように。

 食事をした後、どこに行くか告げられずに車に乗せられた。そして細い道、くねくねした道、そういったところを通っていく。
 サイドミラーの赤い車の影が、見えなくなりそうだ。
「どこへ行くんですか。」
 さすがに不安になる。すると蓬さんはフロントミラーをちらりと見た。
「さすがに巻いたか。」
「……何をですか?」
「着いてきている車があった。目障りだったから振り切ったのだが。」
 茅さんたちではないと思っているのだろうか。
「狙われている人も多いんでしょうね。」
「あぁ。うなるほど敵はいる。」
「怖いですね。」
「上っ面だな。」
「えぇ。これから縁もなくなるでしょうし。」
「ヤクザの娘が何を言っている。」
 確かにそうだ。ヤクザの娘なのだ。でも直接関係はないのだ。
「恨まれるようなことはしたくありませんね。」
「生きていれば恨みは買う。綺麗事をいうな。」
 そういって彼は煙草に火をつけた。そしてウィンカーを出す。それは山の中にあるホテルだった。
「何を考えてるんですか?」
「……これから話したいことは内密にしたいことだ。つけている奴らにも知られたくはない。」
 やはりばれていたのか。私はバッグを持ってまま、その中にある携帯電話に連絡を取ろうかと思った。しかし彼はそれを感じ、私のバッグを素早く取り上げて、その中に手を入れた。
「ちょ……何しているんですか。」
 すると彼は携帯電話を取り出して、電源を切った。そして私にそのバックを放り投げる。
「GPSなんかで居場所を知られたくはない。」
 それもばれてたか。くそ。隙がないな。この人。

 部屋は最上階の部屋だった。と言ってもそんなに高級ホテルではないので、そこまで広いとは感じない。だけどベランダに温泉がある。ベッドもキングサイズだった。何人でも寝れそうだ。
 蓬さんはスーツの上を脱ぐと、ソファの上に置いた。それを見て、私はハンガーに掛ける。
「しわになりますよ。」
「妻のようなことをいうんだな。お前は。」
「……優しい奥様ですね。」
「あぁ。私はいろんな噂があるようだが、私は滅多なことでは手を出すことはない。」
 あー。だったらこの間の大晦日は滅多なことだったのかな。
「そうでしたか。」
 嫌みの一つでもいいたかったけど、怒りを買ってもこんな密室で何をされるかわからないしな。私もジャンパーを脱ぐとハンガーに掛けた。
「さて、本題にはいるか。」
「本題?」
 今までのが前振りだっていうの?だったらほかに何を言われるんだろう。
「……情報が漏れている。そして情報が錯綜し、尾ひれが付いている。お前の母を利用して、私が本家へ行くという噂だ。」
「噂でしたか。」
「おそらくうちのものが流している。が、現役のものではないことはだいたいわかる。」
「……現役の人がそんなことをすれば、痛い目を見るのは自分ですからね。」
「と言うことは、引退した誰か。と言うことかもしれない。そしてあの町にいる引退した誰か、というのは数が限られてくる。」
「柊は違う。」
「だが一番奴が臭い。一日のうち連絡が取れない時間があるだろう。」
「それは……。」
 ラジオの仕事をしているから。でもそれは言えない。言ってはいけないといわれているのだから。
「何か心当たりがあるのか。」
「どっちにしても柊がそんなことをするはずはない。彼は……あなたの世界をいやがっていたから。」
「……たとえば、菊音と繋がりがあるとか。」
 確かにSyuとして菊音さんと繋がりがあるのは事実なのだ。
「図星か。隠し事は苦手だな。桜。あいつによく似ている。」
 可笑しそうに笑い、蓬さんは私の頬に手を伸ばした。
「化粧をしているのか。」
「触らないでください。」
 手をふりほどき、私は立ち上がろうとした。しかし彼は私の手を引く。
「滅多なことでは手を出さないとおっしゃっていましたよね。」
「滅多なことだろう?」
 ぞっとした。こんな父親と同じくらいの歳の人に何かをされるというのが、恐怖だった。
「桜。目をつぶれ。」
「つぶれば何かするでしょう?」
 すると彼は立ち上がって、私の耳元に近づいた。
「桜。」
 力が抜けそうになり、私は蓬さんの手に捕まった。その声が柊さんに似ているから。その様子に可笑しそうに、蓬さんは笑った。
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