302 / 355
二年目
302
しおりを挟む
駐車場に車を止めて降り立ったのは、海が見えるお寺だった。その中に入っていくと、掃除をしていた男に声をかけられた。
「芹沢さん。」
丸刈りにしているし、お坊さんがよく着るような作務衣を着ているところを見ると、ここの住職さんといったところだろうか。
「いつもお世話になります。」
かなり高齢のお坊さんだからか、蓬さんは素直に頭を下げている。
「今日はどうしました。この間挨拶にきましたよね。」
「えぇ。ちょっと彼に紹介したい人がいましてね。」
「ほう。お嬢さんは、芹沢さんの娘ですか。」
「いいえ。私の弟分の嫁になるそうで。」
するとそのお坊さんは顔をくしゃくしゃにさせて笑顔になる。
「あなたの弟分というと、背の高い男ですかな。」
「えぇ。」
「あの子は幸薄い子でした。そうですか。今は幸せにやっているのですね。」
「もっと幸せになれることもあるでしょうに、それを拒否していますよ。」
「欲を出してはいけません。全てが逃げますからな。」
「……。」
蓬さんは何か言いたげだったが、少し会話をした後に寺の裏へ歩いていった。
そこからさらに歩いていったところにお墓が整然と並んでいる。その中の一つに、彼は釈迦木を添えた。そして手を合わせる。私もそれにならい手を合わせた。
墓石には藤堂家と書かれてある。
「蓬さん。この人は?」
「私の直接の部下になる。藤堂という男の墓だ。」
「藤堂って……。」
「そう。百合の愛人の相手。そして、柊と芙蓉の父親というわけだ。」
「……そうでしたか。」
「背が高い男だった。がたいもよくて、いい鉄砲玉だった。女を売って力を付けたうちの組だったが、どうしてもそう言った力は弱かった。あいつはそう言った意味では使える奴だった。」
あまり頭のいい人間ではなかったようだった。
だが人間的な魅力のある男で、女が尽きることはなかった。その中の一人が百合さんであり、百合さんは暴力を振るわれても彼について行っていた。
「うちの組は分家だ。坂本組という大きな組織の一つであり、のれん分けをしたのがうちの組。立ち上げたとき四人の主たるものがいた。」
一人は蓬さん。上の組は蓬さんを中心にやっていけばいいと思っていた。そしてその下にいたのは、相馬(葵さんや蓮さんの実の父親)、菊音(クラブのオーナー)そして榎田という男だった。
いずれは坂本組を独立して、自分でやっていこう。蓬さんはずっとそう思っていた。
だがある日。蓬さんはある噂を聞いた。藤堂が愛人の一人に隠し子がいると言う噂。そしてもうその子供は十歳になるという。
愛人は気の弱い女で藤堂の言いなりだった。藤堂はその子供に手を挙げ、施設に入っていると言う。
様子を見に行った時だった。その十歳ほどの子供が施設長らしい男を刺したのを見る。
その時、彼はこの子供はモノになると判断した。それが柊さんだった。
彼は自分の子供のように、そして弟のように、柊を可愛がった。しかしそれに反発したのが藤堂だった。
「どうして柊を?私の子供ですよ。」
「それがどうした。人間らしい生活もさせていない奴に、父親の権利があるとは思えないが。」
蓬さんには狙いがあった。柊を椿にさせ、その参謀にすること。そうすれば、女に頼らなくても肉体的な強さ燃えることができるという狙い。しかしそれを知っているのは、相馬さん、菊音さん、榎田さんだけだった。
だが榎田さんはその自由に選ばせない、そのやり方に疑問をずっと持っていた。蓬さんはいい意味でも悪い意味でもワンマンだったのだ。意見を聞かず、自分の信じたようにやっていく。そのやり方に榎田さんは不満を持っていた。
そこで榎田さんは、菊音さんと相馬さんと相談して、柊にまっとうな道を歩ませようと思い、組を抜け出したのだ。
しかし榎田さんの思惑は失敗に終わる。
結果柊さんをおいて、榎田さんだけが逃げてしまった。
そこからいろんな事が狂いだした。
生長した柊に藤堂が刺され死んだ。そして相馬さんが堅気になりコーヒー豆を作りたいと南の島へ行き、菊音さんも堅気になると、クラブを作った。
どんどんと自分の手のものがいなくなる感じがした。
そして自分が苦労して作った椿も、どんどんといなくなっていく。柊すら戻りたくないという始末だ。
「何が間違っていたのだろうな。」
そう言った蓬さんの横顔は、思ったよりも老けているように見えた。痩せた体。年の割にあるしわ。
「全てはさっき和尚さんがいったことでしょう。」
「何を言っていたかな。」
「欲を出したら全てが逃げる。」
その言葉に彼はふっと笑った。
「そうかもしれないな。しかし……こうしてお前はやってきてくれた。」
「……。」
「榎田の娘だ。」
「……私の父ですか?」
「あぁ。北の地に行くと見せかけて、近くに潜んでいたらしいな。そして、胡桃と出会いお前を産んだ。お前は……あいつの唯一の忘れ形見か。」
「死んでいるのですか。」
「あぁ。昨年な。気がついたときには手のつけられないガンだったらしい。」
「……そうでしたか。」
「墓参りでもするか?」
「いいえ。もう他人でしょう。一度も顔を見たことのない父親になんか会っても、感動もしませんよ。」
「はたしてそうだろうか。」
蓬さんは立ち上がると、私の肩を抱いて墓地を降りた。
そして車に乗り込むと、また彼は車を走らせた。
何をしたいのかわからない。こんな昔のことを私に聞かせて、柊さんが戻ると思っているのだろうか。
走らせた車のサイドミラーには、かすかに赤い車が写っていた。その車に彼は気がついているのだろうか。
「芹沢さん。」
丸刈りにしているし、お坊さんがよく着るような作務衣を着ているところを見ると、ここの住職さんといったところだろうか。
「いつもお世話になります。」
かなり高齢のお坊さんだからか、蓬さんは素直に頭を下げている。
「今日はどうしました。この間挨拶にきましたよね。」
「えぇ。ちょっと彼に紹介したい人がいましてね。」
「ほう。お嬢さんは、芹沢さんの娘ですか。」
「いいえ。私の弟分の嫁になるそうで。」
するとそのお坊さんは顔をくしゃくしゃにさせて笑顔になる。
「あなたの弟分というと、背の高い男ですかな。」
「えぇ。」
「あの子は幸薄い子でした。そうですか。今は幸せにやっているのですね。」
「もっと幸せになれることもあるでしょうに、それを拒否していますよ。」
「欲を出してはいけません。全てが逃げますからな。」
「……。」
蓬さんは何か言いたげだったが、少し会話をした後に寺の裏へ歩いていった。
そこからさらに歩いていったところにお墓が整然と並んでいる。その中の一つに、彼は釈迦木を添えた。そして手を合わせる。私もそれにならい手を合わせた。
墓石には藤堂家と書かれてある。
「蓬さん。この人は?」
「私の直接の部下になる。藤堂という男の墓だ。」
「藤堂って……。」
「そう。百合の愛人の相手。そして、柊と芙蓉の父親というわけだ。」
「……そうでしたか。」
「背が高い男だった。がたいもよくて、いい鉄砲玉だった。女を売って力を付けたうちの組だったが、どうしてもそう言った力は弱かった。あいつはそう言った意味では使える奴だった。」
あまり頭のいい人間ではなかったようだった。
だが人間的な魅力のある男で、女が尽きることはなかった。その中の一人が百合さんであり、百合さんは暴力を振るわれても彼について行っていた。
「うちの組は分家だ。坂本組という大きな組織の一つであり、のれん分けをしたのがうちの組。立ち上げたとき四人の主たるものがいた。」
一人は蓬さん。上の組は蓬さんを中心にやっていけばいいと思っていた。そしてその下にいたのは、相馬(葵さんや蓮さんの実の父親)、菊音(クラブのオーナー)そして榎田という男だった。
いずれは坂本組を独立して、自分でやっていこう。蓬さんはずっとそう思っていた。
だがある日。蓬さんはある噂を聞いた。藤堂が愛人の一人に隠し子がいると言う噂。そしてもうその子供は十歳になるという。
愛人は気の弱い女で藤堂の言いなりだった。藤堂はその子供に手を挙げ、施設に入っていると言う。
様子を見に行った時だった。その十歳ほどの子供が施設長らしい男を刺したのを見る。
その時、彼はこの子供はモノになると判断した。それが柊さんだった。
彼は自分の子供のように、そして弟のように、柊を可愛がった。しかしそれに反発したのが藤堂だった。
「どうして柊を?私の子供ですよ。」
「それがどうした。人間らしい生活もさせていない奴に、父親の権利があるとは思えないが。」
蓬さんには狙いがあった。柊を椿にさせ、その参謀にすること。そうすれば、女に頼らなくても肉体的な強さ燃えることができるという狙い。しかしそれを知っているのは、相馬さん、菊音さん、榎田さんだけだった。
だが榎田さんはその自由に選ばせない、そのやり方に疑問をずっと持っていた。蓬さんはいい意味でも悪い意味でもワンマンだったのだ。意見を聞かず、自分の信じたようにやっていく。そのやり方に榎田さんは不満を持っていた。
そこで榎田さんは、菊音さんと相馬さんと相談して、柊にまっとうな道を歩ませようと思い、組を抜け出したのだ。
しかし榎田さんの思惑は失敗に終わる。
結果柊さんをおいて、榎田さんだけが逃げてしまった。
そこからいろんな事が狂いだした。
生長した柊に藤堂が刺され死んだ。そして相馬さんが堅気になりコーヒー豆を作りたいと南の島へ行き、菊音さんも堅気になると、クラブを作った。
どんどんと自分の手のものがいなくなる感じがした。
そして自分が苦労して作った椿も、どんどんといなくなっていく。柊すら戻りたくないという始末だ。
「何が間違っていたのだろうな。」
そう言った蓬さんの横顔は、思ったよりも老けているように見えた。痩せた体。年の割にあるしわ。
「全てはさっき和尚さんがいったことでしょう。」
「何を言っていたかな。」
「欲を出したら全てが逃げる。」
その言葉に彼はふっと笑った。
「そうかもしれないな。しかし……こうしてお前はやってきてくれた。」
「……。」
「榎田の娘だ。」
「……私の父ですか?」
「あぁ。北の地に行くと見せかけて、近くに潜んでいたらしいな。そして、胡桃と出会いお前を産んだ。お前は……あいつの唯一の忘れ形見か。」
「死んでいるのですか。」
「あぁ。昨年な。気がついたときには手のつけられないガンだったらしい。」
「……そうでしたか。」
「墓参りでもするか?」
「いいえ。もう他人でしょう。一度も顔を見たことのない父親になんか会っても、感動もしませんよ。」
「はたしてそうだろうか。」
蓬さんは立ち上がると、私の肩を抱いて墓地を降りた。
そして車に乗り込むと、また彼は車を走らせた。
何をしたいのかわからない。こんな昔のことを私に聞かせて、柊さんが戻ると思っているのだろうか。
走らせた車のサイドミラーには、かすかに赤い車が写っていた。その車に彼は気がついているのだろうか。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。
イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。
きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。
そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……?
※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。
※他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる