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二年目
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写真でしか見れなかったと、柊さんは少し拗ねていたのが印象的だった。それでも酒が入って、機嫌を直している。単純なものだ。
茅さんはそのまま知り合いに連絡をして、夜明けまで飲むらしい。葵さんは次の日また朝早くでないといけないからと言って、私が出てきたときにはもういなかった。
「どこに行くっていってた?」
「……瑠璃さんのところに蓮さんと行くっていってた。もう生きている間は最後かもしれないって。」
「そっか。」
帰り道は誰もいなかった。初詣を終えてさっさと帰った人、このまま夜明けまで飲み明かす人ときっちり分かれて、この時間にはもう繁華街を過ぎると人がいないようだ。
竹彦も「虹」を出たのは同じタイミングだったけれど、私たちが行くところとは別のところへ歩いていった。柊さんに言わせると組がある建物の方へ向かっていったらしい。
私たちは手を繋いで歩いている。もう咎める人はいない。パトカーが通ったけれど、通り過ぎただけ。それだけもう私も未成年に見えないのかもしれない。
「……今日ね……。」
「どうした?」
「蓬さんが「虹」に来たわ。」
「……蓬さんが?」
私は戸惑いながらも全てを話した。母さんのこと。私たちのこと。そしてデートをすれば、私の望むようにしてやると言うこと。
話し終わると、彼は少し黙ってしまった。
「……蓬さんがそんなことを言ったのか。」
「えぇ。」
「前からお前を誘っていたな。そのたびにお前が拒否していたと思っていたが……。本気で言っていたとはな。お前はどうしたい?」
手を出さない。というのは本気にしていいのだろうか。わからない。だけど彼を見上げると心配そうに私を見ていた。
「蓬さんの言うことを私たちは全て拒否した。だからこんなに突っかかってくるのだと思う。だから一度、言うことを聞くべきなんじゃないかって思うわ。」
「一つ許せば、二つ許そうとするだろう。そういう奴だ。だが……俺が知っている蓬さんは、みんなの言っているものと印象が違うと思う。」
「……えぇ。私もそう思った。」
「それを確かめたいんじゃないのか。」
「うん。でも……あなた以外の人と寝たくはないわ。」
「そうなれば噛み切れ。」
「売られるかもしれないわ。」
「そうしたらどんなことをしてでもお前を見つけだす。」
ぞっとした。何をしてでもという言葉に。
「本当にしそうで怖いわ。」
駅はもう閉まっている。なので駅を通って向こうの通りにはいけない。だから行くのは、ホテル街。年末だろうと年始だろうと、ここは明るい。昼間はひっそりとしているのに。
「百合がいなくなって薬の密輸が難しくなった。おそらく、今は薬を密輸できる相手を捜しているところだろう。だからお前を薬漬けにするのはたぶん難しい。」
「……薬漬けにして売る。それが彼らの資金源だったでしょうにね。」
「それだけではないから。」
「後は何があるの?」
「……言っても仕方ないだろう。」
彼はホテルの前で足を止めた。「空き」があるようだ。
「どうしたの?」
「正直、行かせたくない。俺もあの人のところに戻る気はない。戻ればお前も危険な目に遭うし、何より……もうあぁいう世界で人が傷つくのは見たくない。」
「柊。」
「関係を持たないのが一番いいと思う。だからあの場所へ行こうと誘った。」
「静かに暮らしたいと思ったのにね。」
「でも……あっちに行っても一緒か。」
「え?」
「俺の噂はほかの組にも知れ渡っている。当然、○×市にも組が関与しているところがあるから、そこに入れようととしている噂もあるらしい。」
「……柊。」
一度でも入ったら抜けるのは難しい世界らしい。特に、彼のような肉弾戦に強い人は、なおさら目を付けられやすいのだろう。
「怖いか?」
その言葉に私は首を横に振った。
「あなたがいてくれれば。」
「桜。」
私は彼の手の両手を握った。そして彼の胸にもたれ掛かる。
「柊。話をしてきてもいい?」
本当は怖かった。何をされるのか、どこに連れて行かされるのかわからないから。
それを感じて、彼は私の体を抱きしめた。
「部屋に行きたい。」
「まだ何もできないわ。」
「それだけが目的じゃない。お前を感じながら寝たい。」
「私もそう思ってた。」
外でそんなことをするものじゃない。ましてやこんな場末のホテルの前でするなんて、このままホテルの中に入っていくカップルのようだ。
それでもいい。
今はこの温もりを感じていたかったから。
その日の早朝。私たちは柊の運転するバイクに乗り込んだ。厚着をしても、顔なんかはさらされているからとても寒い。だけど体は彼の温もりを感じた。
去年も来た海。相変わらず初日の出をみようと、多くの人が集まってきている。駐輪場に柊さんがバイクを止めると、隣に止めた髭の男が声をかけてきた。
「古いバイクだね。型も珍しい。」
「えぇ。動かなかったんですけど、動かせるようにしました。」
「エンストしないかい?」
「たまに。」
こうやって声をかけられる人は多い。
そんなとき、私は話しについていけないので自動販売機の側へ行く。コーヒーを買おうとして小銭入れを取り出した。そしてコインを取り出そうとしたとき、思わず小銭を落としてしまった。手がかじかんでいたらしい。
「あぁ。しまった。」
小銭を拾い集めようとしたとき、向かいにいた人が小銭を集めてくれた。
「すいません。ありがとうございます。」
手渡してくれたその人は、蓬さんだった。
「蓬さん……。」
「今年もよろしく。」
「はい。よろしくお願いします。」
お願いされたくないけどね。と心の中でつぶやく。
「金は合ってるか?」
「はい。」
「柊は一緒か?」
「えぇ。そこに。」
振り返り、彼は少し笑う。柊さんはたぶん話しかけられた男の人と、バイクの話で盛り上がっているようだった。
「桜。夕べの話はどうなった?奴とは話をしたのか。」
「……えぇ。」
「断るつもりか?だから二人で仲良くこんなところに来ているのか?」
「彼も納得済みのことです。」
「……。」
「蓬さん。三日まで「窓」は休みです。なので三日だったら予定が空いてます。それ以降であれば、「窓」の仕事が始まるまでに帰していただけますか?」
その言葉は意外だったのだろう。彼は少し気後れしたような表情をしていたが、すぐに表情を緩めた。
「三日はうちも本家まだ行っていると思うからな。それ以降にしよう。後で連絡を入れる。」
そう言って彼は財布をとりだして、自動販売機にコインを入れる。
「じゃあ、また。」
私の頭にぽんと手を乗せて、そして彼は向こうへ行ってしまった。
茅さんはそのまま知り合いに連絡をして、夜明けまで飲むらしい。葵さんは次の日また朝早くでないといけないからと言って、私が出てきたときにはもういなかった。
「どこに行くっていってた?」
「……瑠璃さんのところに蓮さんと行くっていってた。もう生きている間は最後かもしれないって。」
「そっか。」
帰り道は誰もいなかった。初詣を終えてさっさと帰った人、このまま夜明けまで飲み明かす人ときっちり分かれて、この時間にはもう繁華街を過ぎると人がいないようだ。
竹彦も「虹」を出たのは同じタイミングだったけれど、私たちが行くところとは別のところへ歩いていった。柊さんに言わせると組がある建物の方へ向かっていったらしい。
私たちは手を繋いで歩いている。もう咎める人はいない。パトカーが通ったけれど、通り過ぎただけ。それだけもう私も未成年に見えないのかもしれない。
「……今日ね……。」
「どうした?」
「蓬さんが「虹」に来たわ。」
「……蓬さんが?」
私は戸惑いながらも全てを話した。母さんのこと。私たちのこと。そしてデートをすれば、私の望むようにしてやると言うこと。
話し終わると、彼は少し黙ってしまった。
「……蓬さんがそんなことを言ったのか。」
「えぇ。」
「前からお前を誘っていたな。そのたびにお前が拒否していたと思っていたが……。本気で言っていたとはな。お前はどうしたい?」
手を出さない。というのは本気にしていいのだろうか。わからない。だけど彼を見上げると心配そうに私を見ていた。
「蓬さんの言うことを私たちは全て拒否した。だからこんなに突っかかってくるのだと思う。だから一度、言うことを聞くべきなんじゃないかって思うわ。」
「一つ許せば、二つ許そうとするだろう。そういう奴だ。だが……俺が知っている蓬さんは、みんなの言っているものと印象が違うと思う。」
「……えぇ。私もそう思った。」
「それを確かめたいんじゃないのか。」
「うん。でも……あなた以外の人と寝たくはないわ。」
「そうなれば噛み切れ。」
「売られるかもしれないわ。」
「そうしたらどんなことをしてでもお前を見つけだす。」
ぞっとした。何をしてでもという言葉に。
「本当にしそうで怖いわ。」
駅はもう閉まっている。なので駅を通って向こうの通りにはいけない。だから行くのは、ホテル街。年末だろうと年始だろうと、ここは明るい。昼間はひっそりとしているのに。
「百合がいなくなって薬の密輸が難しくなった。おそらく、今は薬を密輸できる相手を捜しているところだろう。だからお前を薬漬けにするのはたぶん難しい。」
「……薬漬けにして売る。それが彼らの資金源だったでしょうにね。」
「それだけではないから。」
「後は何があるの?」
「……言っても仕方ないだろう。」
彼はホテルの前で足を止めた。「空き」があるようだ。
「どうしたの?」
「正直、行かせたくない。俺もあの人のところに戻る気はない。戻ればお前も危険な目に遭うし、何より……もうあぁいう世界で人が傷つくのは見たくない。」
「柊。」
「関係を持たないのが一番いいと思う。だからあの場所へ行こうと誘った。」
「静かに暮らしたいと思ったのにね。」
「でも……あっちに行っても一緒か。」
「え?」
「俺の噂はほかの組にも知れ渡っている。当然、○×市にも組が関与しているところがあるから、そこに入れようととしている噂もあるらしい。」
「……柊。」
一度でも入ったら抜けるのは難しい世界らしい。特に、彼のような肉弾戦に強い人は、なおさら目を付けられやすいのだろう。
「怖いか?」
その言葉に私は首を横に振った。
「あなたがいてくれれば。」
「桜。」
私は彼の手の両手を握った。そして彼の胸にもたれ掛かる。
「柊。話をしてきてもいい?」
本当は怖かった。何をされるのか、どこに連れて行かされるのかわからないから。
それを感じて、彼は私の体を抱きしめた。
「部屋に行きたい。」
「まだ何もできないわ。」
「それだけが目的じゃない。お前を感じながら寝たい。」
「私もそう思ってた。」
外でそんなことをするものじゃない。ましてやこんな場末のホテルの前でするなんて、このままホテルの中に入っていくカップルのようだ。
それでもいい。
今はこの温もりを感じていたかったから。
その日の早朝。私たちは柊の運転するバイクに乗り込んだ。厚着をしても、顔なんかはさらされているからとても寒い。だけど体は彼の温もりを感じた。
去年も来た海。相変わらず初日の出をみようと、多くの人が集まってきている。駐輪場に柊さんがバイクを止めると、隣に止めた髭の男が声をかけてきた。
「古いバイクだね。型も珍しい。」
「えぇ。動かなかったんですけど、動かせるようにしました。」
「エンストしないかい?」
「たまに。」
こうやって声をかけられる人は多い。
そんなとき、私は話しについていけないので自動販売機の側へ行く。コーヒーを買おうとして小銭入れを取り出した。そしてコインを取り出そうとしたとき、思わず小銭を落としてしまった。手がかじかんでいたらしい。
「あぁ。しまった。」
小銭を拾い集めようとしたとき、向かいにいた人が小銭を集めてくれた。
「すいません。ありがとうございます。」
手渡してくれたその人は、蓬さんだった。
「蓬さん……。」
「今年もよろしく。」
「はい。よろしくお願いします。」
お願いされたくないけどね。と心の中でつぶやく。
「金は合ってるか?」
「はい。」
「柊は一緒か?」
「えぇ。そこに。」
振り返り、彼は少し笑う。柊さんはたぶん話しかけられた男の人と、バイクの話で盛り上がっているようだった。
「桜。夕べの話はどうなった?奴とは話をしたのか。」
「……えぇ。」
「断るつもりか?だから二人で仲良くこんなところに来ているのか?」
「彼も納得済みのことです。」
「……。」
「蓬さん。三日まで「窓」は休みです。なので三日だったら予定が空いてます。それ以降であれば、「窓」の仕事が始まるまでに帰していただけますか?」
その言葉は意外だったのだろう。彼は少し気後れしたような表情をしていたが、すぐに表情を緩めた。
「三日はうちも本家まだ行っていると思うからな。それ以降にしよう。後で連絡を入れる。」
そう言って彼は財布をとりだして、自動販売機にコインを入れる。
「じゃあ、また。」
私の頭にぽんと手を乗せて、そして彼は向こうへ行ってしまった。
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