夜の声

神崎

文字の大きさ
上 下
300 / 355
二年目

300

しおりを挟む
 写真でしか見れなかったと、柊さんは少し拗ねていたのが印象的だった。それでも酒が入って、機嫌を直している。単純なものだ。
 茅さんはそのまま知り合いに連絡をして、夜明けまで飲むらしい。葵さんは次の日また朝早くでないといけないからと言って、私が出てきたときにはもういなかった。
「どこに行くっていってた?」
「……瑠璃さんのところに蓮さんと行くっていってた。もう生きている間は最後かもしれないって。」
「そっか。」
 帰り道は誰もいなかった。初詣を終えてさっさと帰った人、このまま夜明けまで飲み明かす人ときっちり分かれて、この時間にはもう繁華街を過ぎると人がいないようだ。
 竹彦も「虹」を出たのは同じタイミングだったけれど、私たちが行くところとは別のところへ歩いていった。柊さんに言わせると組がある建物の方へ向かっていったらしい。
 私たちは手を繋いで歩いている。もう咎める人はいない。パトカーが通ったけれど、通り過ぎただけ。それだけもう私も未成年に見えないのかもしれない。
「……今日ね……。」
「どうした?」
「蓬さんが「虹」に来たわ。」
「……蓬さんが?」
 私は戸惑いながらも全てを話した。母さんのこと。私たちのこと。そしてデートをすれば、私の望むようにしてやると言うこと。
 話し終わると、彼は少し黙ってしまった。
「……蓬さんがそんなことを言ったのか。」
「えぇ。」
「前からお前を誘っていたな。そのたびにお前が拒否していたと思っていたが……。本気で言っていたとはな。お前はどうしたい?」
 手を出さない。というのは本気にしていいのだろうか。わからない。だけど彼を見上げると心配そうに私を見ていた。
「蓬さんの言うことを私たちは全て拒否した。だからこんなに突っかかってくるのだと思う。だから一度、言うことを聞くべきなんじゃないかって思うわ。」
「一つ許せば、二つ許そうとするだろう。そういう奴だ。だが……俺が知っている蓬さんは、みんなの言っているものと印象が違うと思う。」
「……えぇ。私もそう思った。」
「それを確かめたいんじゃないのか。」
「うん。でも……あなた以外の人と寝たくはないわ。」
「そうなれば噛み切れ。」
「売られるかもしれないわ。」
「そうしたらどんなことをしてでもお前を見つけだす。」
 ぞっとした。何をしてでもという言葉に。
「本当にしそうで怖いわ。」
 駅はもう閉まっている。なので駅を通って向こうの通りにはいけない。だから行くのは、ホテル街。年末だろうと年始だろうと、ここは明るい。昼間はひっそりとしているのに。
「百合がいなくなって薬の密輸が難しくなった。おそらく、今は薬を密輸できる相手を捜しているところだろう。だからお前を薬漬けにするのはたぶん難しい。」
「……薬漬けにして売る。それが彼らの資金源だったでしょうにね。」
「それだけではないから。」
「後は何があるの?」
「……言っても仕方ないだろう。」
 彼はホテルの前で足を止めた。「空き」があるようだ。
「どうしたの?」
「正直、行かせたくない。俺もあの人のところに戻る気はない。戻ればお前も危険な目に遭うし、何より……もうあぁいう世界で人が傷つくのは見たくない。」
「柊。」
「関係を持たないのが一番いいと思う。だからあの場所へ行こうと誘った。」
「静かに暮らしたいと思ったのにね。」
「でも……あっちに行っても一緒か。」
「え?」
「俺の噂はほかの組にも知れ渡っている。当然、○×市にも組が関与しているところがあるから、そこに入れようととしている噂もあるらしい。」
「……柊。」
 一度でも入ったら抜けるのは難しい世界らしい。特に、彼のような肉弾戦に強い人は、なおさら目を付けられやすいのだろう。
「怖いか?」
 その言葉に私は首を横に振った。
「あなたがいてくれれば。」
「桜。」
 私は彼の手の両手を握った。そして彼の胸にもたれ掛かる。
「柊。話をしてきてもいい?」
 本当は怖かった。何をされるのか、どこに連れて行かされるのかわからないから。
 それを感じて、彼は私の体を抱きしめた。
「部屋に行きたい。」
「まだ何もできないわ。」
「それだけが目的じゃない。お前を感じながら寝たい。」
「私もそう思ってた。」
 外でそんなことをするものじゃない。ましてやこんな場末のホテルの前でするなんて、このままホテルの中に入っていくカップルのようだ。
 それでもいい。
 今はこの温もりを感じていたかったから。

 その日の早朝。私たちは柊の運転するバイクに乗り込んだ。厚着をしても、顔なんかはさらされているからとても寒い。だけど体は彼の温もりを感じた。
 去年も来た海。相変わらず初日の出をみようと、多くの人が集まってきている。駐輪場に柊さんがバイクを止めると、隣に止めた髭の男が声をかけてきた。
「古いバイクだね。型も珍しい。」
「えぇ。動かなかったんですけど、動かせるようにしました。」
「エンストしないかい?」
「たまに。」
 こうやって声をかけられる人は多い。
 そんなとき、私は話しについていけないので自動販売機の側へ行く。コーヒーを買おうとして小銭入れを取り出した。そしてコインを取り出そうとしたとき、思わず小銭を落としてしまった。手がかじかんでいたらしい。
「あぁ。しまった。」
 小銭を拾い集めようとしたとき、向かいにいた人が小銭を集めてくれた。
「すいません。ありがとうございます。」
 手渡してくれたその人は、蓬さんだった。
「蓬さん……。」
「今年もよろしく。」
「はい。よろしくお願いします。」
 お願いされたくないけどね。と心の中でつぶやく。
「金は合ってるか?」
「はい。」
「柊は一緒か?」
「えぇ。そこに。」
 振り返り、彼は少し笑う。柊さんはたぶん話しかけられた男の人と、バイクの話で盛り上がっているようだった。
「桜。夕べの話はどうなった?奴とは話をしたのか。」
「……えぇ。」
「断るつもりか?だから二人で仲良くこんなところに来ているのか?」
「彼も納得済みのことです。」
「……。」
「蓬さん。三日まで「窓」は休みです。なので三日だったら予定が空いてます。それ以降であれば、「窓」の仕事が始まるまでに帰していただけますか?」
 その言葉は意外だったのだろう。彼は少し気後れしたような表情をしていたが、すぐに表情を緩めた。
「三日はうちも本家まだ行っていると思うからな。それ以降にしよう。後で連絡を入れる。」
 そう言って彼は財布をとりだして、自動販売機にコインを入れる。
「じゃあ、また。」
 私の頭にぽんと手を乗せて、そして彼は向こうへ行ってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...