夜の声

神崎

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二年目

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 神社から帰ってくると、みんな思い思いにお酒を飲んだりして過ごしていた。しかしコスプレを脱いでしまおうという人も中にはいる。もう帰ろうとしているのだろうか。
 茅さんは帰ってくるなり更衣室へ逃げ込んだのだから、よっぽどいやだったのかもしれない。葵さんはその格好のまま、ウィスキーを楽しんでいるように見える。
「着物は苦しくないですか?」
 葵さんは飲んでもあまり変わらないようで、多少頬が赤くなっているだけだった。でもこの人、飲むと大胆になるからな。気をつけないと。
「案外平気なものですね。」
「すぐに脱ぐと思いましたよ。」
「柊が見たいと言っていたので。見せ終わったら速攻で脱ぎます。」
 その言葉に彼は少し眉をひそめたが、いつもの笑顔になった。
「……そうですね。神社で会わなかったのですか?」
「上を着ていたし。」
「しかし……松秋さんもしゃれた着物を選びますね。着物の柄を背負っているようだ。」
「私もそう思いました。」
「……蓬さんは何かいいましたか?」
 たぶんそれが一番聞きたかったのだろう。でもそれを隠すつもりもない。
「デートに誘われました。」
「またですか。飽きないですねぇ。彼も。」
 そうか。葵さんは蓬さんが私をしつこくデートに誘っているのを知っているんだった。驚きもしない。
「彼には聞きたいことがあります。真実を聞きます。」
「柊が止めますよ。私も止めます。彼とデートをしてはいけない。あなたの操の危機です。」
 この人はどの口が言ってるのかね。
「しかし真実を知るには、そうしないといけない気がします。それに……。」
「胡桃さんのことが気になりますか。」
「……はい。」
「彼女らは結婚という枠を越えてきっと一緒になりますよ。柊はきっと結婚にこだわっているのかもしれませんが。」
「柊が?」
 それが少し意外だった。
「彼は温かい家庭を知らないし、母親にも父親にも抱きしめられたことはない。だからそう言う家庭を作りたいと思ってるんじゃないですか。」
「……私と?」
「えぇ。意外でしたけどね。あなたのような人を選ぶのは。」
 温かい家庭というのは、私にもあまり縁がなかったかもしれない。でも私には母さんがいた。
 一人で食事をするのが寂しいとか、一人で寝るのが寂しいとか、そんなことは言えなかった。そして母さんがたまに帰ってきたと思ったら、母さんは知らない男の下で喘いでいた。私を抱きしめるときは、母さんから知らない男の匂いをさせているときだけだったから。
 でも柊さんは違う。そもそも縁がなかった。だから抱きしめられることや、抱きしめることに抵抗があった。そう思えてくる。
「桜さん。」
 不意に声をかけられる。振り向くとそこには竹彦がまだ女装姿でいた。
「そろそろ帰らないとまずくないかな。一時くらいになると警察の目も厳しくなるよ。」
 確かにそうかもしれない。全部みたいと言っていた柊さんの願いは届かなかった。
「あ、でも……ごめん。悪いけど竹彦君。写真を一枚撮ってくれないかしら。」
「いいよ。見せたいの?」
「うん。来てくれるって言ってたけど、結局間に合わなかったから。せめて写真で。」
 出てきたときと同じところに立つと、彼は私の携帯電話を手にした。そして写真を撮る。
「ありがとう。」
「一人で脱げる?」
「あぁ。そうね。松秋さんに頼もうかな。」
「今、手が放せないみたいだから、僕で良かったら脱がせようか?」
「え?」
「大丈夫だよ。長襦袢まで脱げば自分で脱げるから。」
 肌を見せないなら大丈夫かな。
「じゃあ、お願いしようかな。」
 前に浴衣を着付けてもらったこともある彼だ。たぶん脱がせることも出来るし、着付けることも出来るんだろう。
 更衣室に入ると、私はかごの中に携帯電話をいれた。そして手際よく、竹彦は帯をほどいた。帯の結び目は前にある。これが花魁だの、遊女だのいわれた理由だろう。
「なんか難しい結び方してるね。」
「大丈夫?」
「パズルみたいだ。」
 器用に帯をほどいていく。そしてふっと腰回りが楽になった。
「楽になったわ。」
「良かったね。さっきからどうも顔色が悪いように見えたから。」
「あ……。気がついてた?」
「そうだね。君のことだから。」
 化粧をしている目が、私を見下ろす。カラーコンタクトをいれているのだろう。青く光っている気がした。
 その視線から逃げるようにわざと視線をそらせた。
「着物クリーニングに出さないとね。どれくらいするのかな。」
「見積もりによると思うけど、安いところだったらたぶん何万もしないと思うけど。」
「そんな変なところに出せないわ。」
「でもこの着物自体、そんなに高いものじゃないよ。」
「そうなの?」
「うん。梅子さんたちは、こういった着物とかは古着屋さんで安く買いたたくんだ。着物も二千円くらいだろうと思うよ。」
「そんなに安くすむの?」
 意外だった。高そうに見えるけれど、そんな値段で買えるなんて。
 赤い長襦袢を取られて、最初にメイクをしたところに連れて行かされる。そしてコットンに浸したメイク落としで丁寧にメイクを落としていく。
「目、閉じてくれる?結構アイメイクしてるみたいだから。」
「やだな。なんか目が別人になるんじゃないかしら。」
「そこまでひどくないよ。」
 先に落としてくれた口紅。早く落として欲しかった。蓬さんがした痕跡を落としたくて。
「桜さん。」
 不意に名前を呼ばれて、つい目を開けた。すると竹彦君が思ったよりも近くにいて驚いてしまう。
「何?」
「ごめん。ちょっと……。久しぶりに会えたから……。」
「あなたも知っているんでしょう?私がこれからどうするのかって……。」
「うん。」
「だったら手を出さないで。」
 その声が聞こえていたのかわからない。だけど彼は私の肩に手を伸ばしてきた。
「竹彦君……。」
「桜さん。僕……。」
 そのとき、更衣室をノックされた。ドア一枚越しで声が聞こえる。
「桜さん。柊さんが来たわ。竹彦。帯を解くの難しい?松秋がちょっと難しく結んだっていってたから。」
 私は彼の体を押しのける。
「もうすぐ出ます。ちょっと待たせておいてください。」
「そう。」
 私はうつむくと彼を見上げた。
「柊が来たわ。」
「そうみたいだね。残念だ。」
 そう言って彼は私の頭に手を伸ばす。そしてゴムをとくと、髪がぱらりと肩に落ちた。
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