夜の声

神崎

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二年目

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 店の中がわっと騒がしくなったのは、竹彦が出てきたからだった。竹彦は背中の大きくあいた黒いワンピースを着ていて、肩にある牡丹の入れ墨もよく見えていた。
「あいつ、椿になったのか。」
「でも綺麗よね。ウィッグをかぶっていなくても、女性にも男性にも見える。」
 大きくあいた背中は、無駄のない筋肉が見えている。それがこの一年、彼の努力の成果なのだろう。
「女装じゃないものがいい。でも男にも見えない方がいいって言ってたわ。」
 梅子さんはそう言って、彼を見ていた。
「……男でも女でもない……。」
「そう……ですか。」
「性癖は変えられないもの。男も女も好きにはなれないって言うスタンスは変えようがないわ。だから男でも女でもないものなんでしょ?でも結果は男にも女にも目を引くような容姿になったわね。」
 どうしてそう言っていた割には、こんな私のことが好きなんだろう。わからない。どこがいいのか未だにわからない。
「……そろそろ時間ね。さて、初詣としゃれ込みましょう。」
 梅子さんはそう言って私に着物用のコートみたいなものを手渡してくれた。肩が寒かったのでちょうどいい。
 茅さんも竹彦と一緒に戻ってきたみたいだったけど、不機嫌そうに酒を飲んでいた。
「行きますか?」
 そんな彼に葵さんが聞くと、茅さんは立ち上がる。
「柊がいないなら、守れるやつは限られるだろ?行く。」
「そうですか。しかし……。」
「んだよ。」
「あなたと桜さんが並んだら、女衒と遊女のように見えると思ったんですよ。」
 女衒?すると梅子さんは笑いながら言った。
「あら。やだ。そんなつもりじゃなかったのよ。」
「じゃあ何だよ?」
「遊女と間男。」
「かわんねぇよ。」
 漫才のようなやりとりをした後、私たちは外に出ていった。松秋さんはここに残るらしい。寒い外に出れば体に触るかもしれないという、梅子さんの気遣いからだった。それに行かないという人も多い。その中に葵さんもいた。

 表に出ると、否応なしに注目を浴びた。チャイナドレスを着た人や、海賊の格好をした人がその辺を歩いているのだ。注目は浴びるだろう。
 ちらりと隣のビルをみる。しかしイベントはきっと今からが盛り上がるのだろう。柊さんが出てくるわけがない。少しうつむき加減であるいていると、茅さんが声をかけてきた。
「うつむくな。」
「え?」
「マジで女衒に見えるから。」
 はんてんを着ている彼は、その格好で来ることに抵抗がなかったとは言い切れないだろう。だけど我慢して隣にいるのだ。
「……何を言われた?」
「蓬さんから?そうね。デートの誘いかしら。」
「茶化すな。本当のことを言えよ。」
「本当よ。あなたは竹彦君と何を話したの?」
「別に……。」
 彼もまた本当のことを言わない。隠しているのかもしれない。隠し事があれば、人と人の間に溝が生まれる。茅さんの間にも溝が生まれるのかもしれない。
「母さんが結婚するかもしれない。」
「樒さんとか?へぇ。」
「結婚するためには、柊と別れるか、柊と一緒に組に入れと言われたわ。」
「お前、ヤクザの女になる気か?」
 その言葉に私は少し吹きだした。
「違うわ。私には組の奥事をして欲しいと、春からずっと言われていること。」
「……柊はヤクザになんかならないだろう。百合のことで懲りている。簡単に人を切るような奴らだ。お前だって住ぐ切られるかも知れない。」
「そうね。どんな世界なのか、私には想像もつかない。でもそれがイヤなら、一度蓬さんとデートをしろと言われたわ。」
「……柊が許さないだろう。」
「全てを拒否するのは、どうなのかしらね。」
「おい。まさか……。」
「後は柊と相談する。デートは奥事をして欲しいと言われていたときより前に言われてたの。しつこいくらいにね。」
 茅さんは止めようとしていたのかもしれない。だけど柊さんの言う蓬さんと、その他の人が言う蓬さんのイメージはあまりにもかけ離れている。それは女性関係のことだ。
 柊さんが言う蓬さんのイメージは妻しか見ていない、実直な人というイメージだ。だが他の人は愛人が数人いて、実際竹彦は彼の愛人の子供だという。それは本当なのだろうか。
 そして私が幼い頃見た、あの桜の入れ墨。あれが蓬さんだったのか。未だにその証明は出来ていないのだから。

 神社にたどり着くと、向日葵はいなかったけれど数人の友達の姿を見た。だけど私だと気がつかないらしく、「綺麗だねぇ」と声を上げるだけ。
 本気で別人なんだな。そう思いながら本殿の前で順番がくるまで待った。そのとき鐘の音が聞こえる。除夜の鐘だ。今年が終わる。
 暗い空の下。私はきっとここで迎える正月はもう最後なのだろうと、思っていた。そのときだった。肩にひんやりとした手が置かれた。
「ひゃっ!」
 思わず声がでて、他の人が何だ何だとこちらを見た。
「そんなに驚くな。」
「あ……Syu。」
 まだSyuの姿だった。柊とはいえないが、彼は髪を下ろしたままサングラスだったからそう言う名前で呼ばないといけないのだろう。
「綺麗な格好だ。花魁か?」
「そうみたい。まだ上を着てるから、着物の柄は見えないわね。」
「後で店にも寄る。それまで待ってろ。」
「うん。」
 そのとき周りがわっと騒がしくなった。日が変わったらしい。
「今年もよろしく。」
「えぇ。よろしくお願いします。」
 中にはキスをしてお祝いする人もいた。だけどそれはさすがに恥ずかしくて出来ない。
「……後でな。」
「うん。」
 少し離れたところに茅さんがいた。茅さんは心配そうに私を見ていたような気がする。彼は全てを知っているから。
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