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二年目
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着替えを終えて、私は松秋さんが開けてくれたドアから外に出る。するとそこにいた人たちがわあっと声を上げた。
そう言う格好をしている人は他にもいるけれど、どうして私はこんなに注目されるのだろう。視線が痛い。
「すいません。写真撮っていいですか。」
片隅には白く何もない壁もあり、そこの前で写真を撮ることが出来る。壁の前に立つと、フラッシュをたかれ写真を撮られる。しかし……どんな表情をすればいいんだろう。
「もう終わり。」
携帯電話を持った茅さんが近づいてきて、私の手を引く。彼も着替えているけれど、あまり代わり映えがしないようだ。銀鼠の着流しを着ていているけれど、入れ墨が見え隠れしているのが見えるとどうにもチンピラとかヤクザっぽい感じにみえる。
茅さんは私をカウンターの席に座らせる。
「遊女ですか。」
カウンターに入ってきた松秋さんに、葵さんが聞いた。
「前に着物を着せたときは老けて見えたからな。大人っぽくするつもりが裏目に出た。だったら、水揚げしたばっかりの遊女にしたかった。」
「ははっ。実際は水揚げなんて……あいてっ!」
ぽんと茅さんの頭を叩く。こんなところで自分のそう言うことを言われたくなかった。
「浮かない顔をしてますね。」
「え?」
葵さんが気がついて、私を見た。
「……ちょっと……色々あって。」
茅さんは頭をさすりながら、松秋さんの方をみる。しかし松秋さんは知らん顔をして、お茶をすすった。
「あー。煙草も、アルコールも、コーヒーも飲めないなんて、超不便。」
「一年は我慢しなさいね。」
「どうせその後も飲めねぇじゃん。」
妊娠しているという松秋さんは、文句を言いながらも嬉しそうだった。それは梅子さんも一緒のように見える。
だけど茅さんにはそんなことは関係ない。ぐいぐいと聞いてくる。
「お前、こいつに何言ったんだよ。」
すると松秋さんはコップを置いて、知らん顔をしながら葵さんが受けたオーダーをこなし始めた。代わりに葵さんはカウンターから出てきて、私の隣に座る。
「桜ちゃん。」
カウンターに入り、梅子さんは私に声をかけてきた。
「はい。」
「松秋が言ったのはあくまで噂。あなたはあなたの幸せを考えればいいの。」
「……そうですか。」
「噂に流されちゃだめ。これからは私たちもいないところに行くんだったら、もっと人をよく見て。信用する人のことだけを信じたらいいの。」
その言葉に松秋さんは不服そうに言った。
「俺が嘘ついたみたいじゃねぇか。」
「嘘じゃないわ。噂でしょ?」
「俺はそれが真実なら、今日来る蓬さんに聞いてみればいいって言っただけだ。」
蓬さんという言葉に、茅さんも葵さんも顔を見合わせた。
「蓬が来るのかよ。」
「えぇ。奥の席。予約席にしておいてくれてて、連絡が何日か前にあったわ。」
「まずいな。」
「あぁ。隣には柊がいる。あいつまだ何も知らないんだろう?」
たぶん、葵さんも茅さんも「噂」について知っているんだろう。そしてきっと二人とも、私の様子がおかしいことにその「噂」が原因だと感じ取ったらしい。
「桜。お前、蓬が何をしているのか知っているのか?」
「それについて話した。」
その言葉に松秋さんの方に茅さんが向かっていこうと席を立つ。すると葵さんがそれを止めた。
「やめておけ。茅。」
「葵。」
「いずれこいつの耳にはいることだ。早く話しておいた方がいいだろう。」
確かに話を後から聞かされるより、早い時点で知っていた方がいいかもしれない。それの方がショックが少ない。
「あたしが話せって言ったのよ。」
梅子さんはそう言ってコーヒーを一口飲んだ。
「何で……。」
「今まで転びそうになったら支えてくれる人が沢山いて、それで母親を犠牲にして臭いものには蓋をして、幸せになろうなんて甘すぎるわ。」
心が痛んだ。そうかもしれない。私が柊さんを疑ったとき、側には誰かがいた。茅さんも葵さんも、私に好意を寄せているのを利用し、そして彼らを押し退けて柊さんと一緒になる。
そんなことが許されるはずがない。
「好都合よ。蓬さんが来るんだったら、あなた自身で話を付けることが出来るでしょ?もう大人なんだから。」
「はい。」
その言葉に茅さんは心配そうに私をみる。その様子に、松秋さんが呆れていった。
「お前も過保護だな。」
「んだと?」
「やめて。茅さん。」
カウンターを乗り越えようとした彼を止める。
「妊婦さんなんだから。」
その言葉はさらに二人を驚かせた。
お茶をもらってしばらく雑談をしていた。二十三時。もう時間的にほかのお客さんは来ないのだろう。温かな空気と、音楽が流れる空間で、私は少し緊張していたのかもしれない。
そのときふっと部屋の空気が冷たくなった。ドアが開いたらしい。振り返るとそこには、竹彦の姿があった。そしてその後ろには蓬さんの姿がある。黒いコートを着て長めのマフラーをしている彼は、その職の人にあったことがない人でも一目で堅気ではないことを想像させるだろう。
「奥の席へどうぞ。」
竹彦はこちらをちらりと見て、蓬さんに少し何かを言う。そして奥の更衣室へ入っていった。蓬さんは奥の予約席に座ると、梅子さんが温かなおしぼりを持って行く。
「仮装大会だな。」
「えぇ。」
「お前の仮装は、スカーレットか。」
「そうですよ。映画から出てきたようでしょ?何を飲まれますか?いつものでよろしくて?」
「あぁ。」
「すぐお持ちします。」
いつの間にか茅さんは席を立っていた。そして更衣室へ入っていったらしい。おそらく竹彦に話があるのだろう。
殴られたり、殴ったりしなければいいのだけど。
そして私はいつその場へ行けばいいのか、頭の中を回転させていた。きっと蓬さんは私に気がついていない。
そう言う格好をしている人は他にもいるけれど、どうして私はこんなに注目されるのだろう。視線が痛い。
「すいません。写真撮っていいですか。」
片隅には白く何もない壁もあり、そこの前で写真を撮ることが出来る。壁の前に立つと、フラッシュをたかれ写真を撮られる。しかし……どんな表情をすればいいんだろう。
「もう終わり。」
携帯電話を持った茅さんが近づいてきて、私の手を引く。彼も着替えているけれど、あまり代わり映えがしないようだ。銀鼠の着流しを着ていているけれど、入れ墨が見え隠れしているのが見えるとどうにもチンピラとかヤクザっぽい感じにみえる。
茅さんは私をカウンターの席に座らせる。
「遊女ですか。」
カウンターに入ってきた松秋さんに、葵さんが聞いた。
「前に着物を着せたときは老けて見えたからな。大人っぽくするつもりが裏目に出た。だったら、水揚げしたばっかりの遊女にしたかった。」
「ははっ。実際は水揚げなんて……あいてっ!」
ぽんと茅さんの頭を叩く。こんなところで自分のそう言うことを言われたくなかった。
「浮かない顔をしてますね。」
「え?」
葵さんが気がついて、私を見た。
「……ちょっと……色々あって。」
茅さんは頭をさすりながら、松秋さんの方をみる。しかし松秋さんは知らん顔をして、お茶をすすった。
「あー。煙草も、アルコールも、コーヒーも飲めないなんて、超不便。」
「一年は我慢しなさいね。」
「どうせその後も飲めねぇじゃん。」
妊娠しているという松秋さんは、文句を言いながらも嬉しそうだった。それは梅子さんも一緒のように見える。
だけど茅さんにはそんなことは関係ない。ぐいぐいと聞いてくる。
「お前、こいつに何言ったんだよ。」
すると松秋さんはコップを置いて、知らん顔をしながら葵さんが受けたオーダーをこなし始めた。代わりに葵さんはカウンターから出てきて、私の隣に座る。
「桜ちゃん。」
カウンターに入り、梅子さんは私に声をかけてきた。
「はい。」
「松秋が言ったのはあくまで噂。あなたはあなたの幸せを考えればいいの。」
「……そうですか。」
「噂に流されちゃだめ。これからは私たちもいないところに行くんだったら、もっと人をよく見て。信用する人のことだけを信じたらいいの。」
その言葉に松秋さんは不服そうに言った。
「俺が嘘ついたみたいじゃねぇか。」
「嘘じゃないわ。噂でしょ?」
「俺はそれが真実なら、今日来る蓬さんに聞いてみればいいって言っただけだ。」
蓬さんという言葉に、茅さんも葵さんも顔を見合わせた。
「蓬が来るのかよ。」
「えぇ。奥の席。予約席にしておいてくれてて、連絡が何日か前にあったわ。」
「まずいな。」
「あぁ。隣には柊がいる。あいつまだ何も知らないんだろう?」
たぶん、葵さんも茅さんも「噂」について知っているんだろう。そしてきっと二人とも、私の様子がおかしいことにその「噂」が原因だと感じ取ったらしい。
「桜。お前、蓬が何をしているのか知っているのか?」
「それについて話した。」
その言葉に松秋さんの方に茅さんが向かっていこうと席を立つ。すると葵さんがそれを止めた。
「やめておけ。茅。」
「葵。」
「いずれこいつの耳にはいることだ。早く話しておいた方がいいだろう。」
確かに話を後から聞かされるより、早い時点で知っていた方がいいかもしれない。それの方がショックが少ない。
「あたしが話せって言ったのよ。」
梅子さんはそう言ってコーヒーを一口飲んだ。
「何で……。」
「今まで転びそうになったら支えてくれる人が沢山いて、それで母親を犠牲にして臭いものには蓋をして、幸せになろうなんて甘すぎるわ。」
心が痛んだ。そうかもしれない。私が柊さんを疑ったとき、側には誰かがいた。茅さんも葵さんも、私に好意を寄せているのを利用し、そして彼らを押し退けて柊さんと一緒になる。
そんなことが許されるはずがない。
「好都合よ。蓬さんが来るんだったら、あなた自身で話を付けることが出来るでしょ?もう大人なんだから。」
「はい。」
その言葉に茅さんは心配そうに私をみる。その様子に、松秋さんが呆れていった。
「お前も過保護だな。」
「んだと?」
「やめて。茅さん。」
カウンターを乗り越えようとした彼を止める。
「妊婦さんなんだから。」
その言葉はさらに二人を驚かせた。
お茶をもらってしばらく雑談をしていた。二十三時。もう時間的にほかのお客さんは来ないのだろう。温かな空気と、音楽が流れる空間で、私は少し緊張していたのかもしれない。
そのときふっと部屋の空気が冷たくなった。ドアが開いたらしい。振り返るとそこには、竹彦の姿があった。そしてその後ろには蓬さんの姿がある。黒いコートを着て長めのマフラーをしている彼は、その職の人にあったことがない人でも一目で堅気ではないことを想像させるだろう。
「奥の席へどうぞ。」
竹彦はこちらをちらりと見て、蓬さんに少し何かを言う。そして奥の更衣室へ入っていった。蓬さんは奥の予約席に座ると、梅子さんが温かなおしぼりを持って行く。
「仮装大会だな。」
「えぇ。」
「お前の仮装は、スカーレットか。」
「そうですよ。映画から出てきたようでしょ?何を飲まれますか?いつものでよろしくて?」
「あぁ。」
「すぐお持ちします。」
いつの間にか茅さんは席を立っていた。そして更衣室へ入っていったらしい。おそらく竹彦に話があるのだろう。
殴られたり、殴ったりしなければいいのだけど。
そして私はいつその場へ行けばいいのか、頭の中を回転させていた。きっと蓬さんは私に気がついていない。
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